「安らぎの教会」          深見祥弘牧師

May 04, 2019

<今週の聖句>

わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎが得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。

(マタイによる福音書11章29~30節)

「安らぎの教会」          深見祥弘

 教会創立118周年を迎えました。創立記念礼拝毎に、教会の歴史を共に学んでいますが、本日は、1933年~1938年の教会についてお話いたします。1929年10月、ニュ-ヨ-ク株式市場の大暴落にはじまる世界恐慌は、我国にも多大の影響を及ぼし、都市部では企業の倒産等によって失職者が満ち、農山漁村部では荒廃と窮乏が激化しました。この状況にもかかわらず政界・財界は腐敗し、これをうけて軍部が台頭、1937年日中戦争の勃発、38年国家総動員法の成立に至ります。この時代状況の中、教会は近江ミッションとの一体化により教会員が急増、1937年には組会制度が始まりました。しかしその教会員の多くが徴兵招集されるようになりました。またキリスト教に対する国家の干渉が厳しくなり、1934年「近江ミッション」は、名称を「近江兄弟社」に変更します。さらに、1938年には、これまで近江ミッションが開拓伝道してきた県内各地の基督教会館(米原、愛知川、能登川、八日市、武佐、近江療養院チャペル、野田、水口、堅田、今津)を教会とし、八幡教会の支教会として委ねることになりました。これらは、国家によるキリスト教に対する迫害の防衛策として行われたことでした。

 「わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」(11:30)

「軛」とは、二頭の牛をつなぐために用いる道具です。私とキリストが共に荷なうキリストの軛は、これを負う私のために調整され、過重な負担を迫り支配しようとする世の軛から私を解放し、愛のうちに歩ませてくださいます。このようにキリストのもとに来る者、キリストと共に歩む者には、安らぎが備えられるのです。今年度、教会は、「安らぎの教会」を標語として歩みます。

「楽園にいる」     深見祥弘牧師

May 11, 2019

<今週の聖句>

女はエリヤに言った。「今わたしは分かりました。あなたはまことに神の人です。あなたの口にある主の言葉は真実です。」(列王記上17章24節)

「母の告白」           深見祥弘

 5月第2日曜日は、「母の日」です。今朝は旧約聖書に登場する預言者エリヤを助けた一人の母親についてお話します。

北王国イスラエルの王アハブ(在位BC874~853年)は、偶像礼拝を国民に勧めました。主は王のもとに預言者エリヤを遣わして悔い改めを求め、干ばつの襲来を告げさせました。また、エリヤにケリト川のほとりに身を隠すように命じ、川の水が涸れると、異邦人の地サレプタに行くよう命じました。エリヤは、そこで一人息子をもつやもめに出会いました。その地も干ばつに襲われ、彼女はわずかに残った小麦粉と油で、息子と最後の食事をしようと薪を拾っているところでした。エリヤが女に水と小さなパン菓子を願うと、彼女は「あなたの神、主は生きておられます」と答えて求めに応じました。その後、彼女には、尽きることなく粉と油が与えられたのでした。しかし、喜びもつかの間、彼女の一人息子は、病気で死んでしまいました。「あなたはわたしに罪を思い起させ、息子を死なせるためにこられたのですか」と問う彼女から息子を受け取ると、エリヤはその子を階上の部屋の寝台に寝かせ、自らの身を3度重ねて祈りました。すると、息子は生き返り、喜んだ母親は「あなたの口にある主の言葉は真実です。」と告白しました。

 説教題を「母の告白」としました。サレプタの母親が、最初に告白したのは「生きているイスラエルの人々の主」でした。飢饉から救われたのは、救いのおこぼれを頂いたからだと思っていました。しかし彼女の一人息子が亡くなった時、主はまことの神の人・エリヤによって、息子を復活させてくださいました。その時彼女は、「今わたしは分かりました」と言って、主が異邦人である自分たちにとっても主であることを喜び、信仰を告白したのでした。

「キリストは甦らされた」    仁村 真司教師

May 18, 2019

< 今 週 の 聖 句 >

 「死者の復活がなければ、キリストも復活しなかったはずです。そして、キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です。」 (コリントの信徒への手紙一15章13~14節)

          「 キリストは甦らされた 」     仁村 真司

 パウロはコリントの信徒への手紙一15章で、イエス・キリストの復活と死者の復活を結び付けて論じています。

 12節に「キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたの中にある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか」、続く13節には「死者の復活がなければ、キリストも復活しなかったはずです」とあります。パウロはキリストが復活したことを根拠にして死者の復活があると主張しています。コリントの教会の人たちがキリストの復活は信じていると考えているようです。

 このことは、「最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えた」(3節)・「あなたがたはこのように信じたのでした」(11節)等からも窺うことが出来ますが、それでは何故既に伝えていて、既に信じられているはずのキリストの復活について、また書き記しているのでしょう(3~8節)。

 そして、「キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です」(14節)「しかし、実際イエスは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。」(20節)とも書いています。

 パウロはイエス・キリストの復活をどのように受け止めていたのか、パウロは「キリストは復活した」、「キリストは甦らされた」と言うことによって何を伝えようとしているのか・・・。これらのことについて考えて行きます。

「失われたものを捜すイエス」     深見 祥弘牧師

May 25, 2019

<今週の聖句>

イエスは言われた。「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」

(ルカによる福音書19章9~10節)

「失われたものを捜すイエス」      深見祥弘

 ユダヤの国エリコの町に徴税人の頭でザアカイという人がいました。当時、ユダヤの国はロ-マ帝国の支配下にありましたので、税はユダヤを苦しめるロ-マに納められました。そこで人々は、ユダヤ人でありながら徴税の仕事をするザアカイを差別していました。さて、過ぎ越しの祭りが近づいたある日、ザアカイは、イエスがエリコの町を通過しエルサレムに向かうことを知り、一目見ようと通りに出ました。彼は、イエスが自分と同じように差別されている人の家を訪れ食事をしたり、病気の人を癒したりして、人々に「この方こそ救い主だ」と言われているのを知っていたからです。通りに出ると、すでに人垣ができていて、背の低いザアカイはイエスを見ることができません。そこで彼は先回りをし、いちじく桑の木に登りました。やがてイエスがそこに来ると、「今日はぜひあなたの家に泊まりたい。」と言われました。ザアカイはイエスを家に案内すると、「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施し、だまし取ったものは四倍にして返します」と悔い改めを告白しました。差別されていたザアカイは、これまでお金こそ自分を守り救うものと考え、人々から不正に徴税をし、私腹を肥やしていました。イエスは、この告白を聞くと、「今日、救いがこの家を訪れた。」と言い、とても喜ばれました。

 私たちは、本来主のもので、救いを約束されたものです。ところが私たちは、ある時主のもとを離れ、主以外のものに救いをもとめて迷い出てしまいました。主は、そんな私たちを捜し、まことの救いと安らぎ与えてくださるのです。主を信じる私たちは、主がおられる教会で立ち帰りを告白し、救いの約束と祝福の祈りをいただいて、新しい週の歩みを始めるのです。

 

Please reload

© OMI HACHIMAN CHURCH. All rights reserved. W.M.ヴォーリズが愛した教会