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2020.8.30聖霊降臨節第14主日

 〈今 週 の 聖 句 >

 「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。」  (ルカによる福音書15章4節)

 「見失われていた羊」 仁村 真司教師

< 今 週 の 聖 句 >

 「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。」       (ルカによる福音書15章4節)

 

「見失われていた羊」       仁村 真司

 1)

 前回、イエスのたとえ話は難しい話ではない、話の筋・内容は大抵は単純で分かりやすい。けれども、実際にはそんなことはしない、現実ではありえない話・・と私たちには思えるので、何のことなのか、何をたとえているのか、いろいろ考えてみてもピッタリと来るものがない、納得出来ない。それで訳が分からなくなると言いました。

 今回は、そういうイエスのたとえ話の代表例と言ってもいいかもしれませんが、百匹の羊の内の一匹がいなくなったら、見つけるまで捜しに行くというたとえ話について、改めて考えてみることにします。

 この話の訳の分からなさは九十九匹をその場に残してまでも一匹を捜しに行く、「九十九匹よりも一匹」ということです。

 マタイ福音書(18章12-14節)とルカ福音書(15章4-7節)がそれぞれにこのたとえ話を伝えていますが、一匹の羊がいなくなった事情について、マタイは「一匹が迷い出た」、ルカは「一匹を見失った」としています。

 また、九十九匹を残しておく所は、マタイでは「山」です。ルカでは、新共同訳でも口語訳でも「野原」になっていますが、普通に訳せば「荒れ野」です。荒れ野であれ山であれ、野獣などがいて、羊たちをそのままにして残しておくには大変危険な所です。

 2)

 マタイ福音書では、「迷い出た一匹の羊」とは教会の信者の中で「罪を犯した人」、つまり教会の主張と違うことを言ったり行ったりして、自分から出て行ってしまった人のことと考えられます。マタイ福音書の中心は「山上の説教」(5~7章)です。九十九匹が残される「山」とは危険な所を意味するのではなく、神とつながる場所を現していて、教会から離れてしまった人を見捨てないで、立ち戻らせなさいという話になっています。

 「迷い出た一匹の羊」を連れ戻さなければ、一人でも欠けていれば、教会は“100”ではない、“完全”・“全体”ではないということです。

 ルカ福音書では、たとえ話の後にイエスが「・・このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある」と言ったことになっています(7節)。

 ルカの前提には、全ての人は悔い改めが必要な罪人であるという考えがありますから、「悔い改める必要のない九十九人」とは、本当はそうではないのに自分は正しい人(義人)だと思い込んでいる人たちのことです。

 世の殆どは悔い改め、キリスト教徒になる意思のない人たちであるが、百人の内の一人は見つけ出されてキリスト教徒になる。ルカ福音書の「見失われた一匹の羊」とは、悔い改めてキリスト教徒になる人のことです。

 マタイ福音書、ルカ福音書、それぞれに「一匹」を捜しに行くもっともな理由・根拠が示されていると思いますが、「九十九匹をその場に残してまでも一匹を捜しに行く」という、たとえ話の元々の強烈さ、迫力はなくなってしまっているような気がします。

 もう一つ、このたとえ話を伝えている文書があります。1945年にエジプトで発見された「トマスによる福音書」には以下のように記されています。

  イエスが言った、「御国は百匹の羊を持つ羊飼いのようなものである。

 それらの中の一匹、最大の羊が迷い出た。その人は九十九匹を残しても、

 それを見つけるまで、一匹を捜した。彼は苦しみの果てに羊に言った、

 『私は九十九匹以上にお前を愛する』と。」(トマス107:1~2)

 トマス福音書は、このたとえ話を人間の内面での出来事として捉えているような気がします。「迷い出た(最大の)一匹」とは、人が本来の自分である(本来の自分を取り戻す)ために欠くことができない何かを現しているのではないかと思います。

 イエスが「九十九匹よりも一匹」ということで、人間の内面について語ったとは考えられませんが、トマス福音書の「迷い出た羊」の物語からは一種独特の迫力が感じられます。

 3)

 さて、一匹の羊がいなくなったのは、マタイ福音書とトマス福音書では「一匹が迷い出た」から、ルカ福音書では「一匹を見失った」からです。

 どちらが元々だったのかは分かりませんが、「迷い出た」のだとしても、「一匹」が迷い出たのはその前に、他の「九十九匹」と一緒にいる時に、既に見失われていたからだと考えられます。

 見失われ迷い出たのなら、見失った人が捜しに行くのは当然です。しかし、イエスが「捜しに行き見つけたら、九十九匹よりもその一匹のことで喜ぶだろう」と言う「一匹」とは、いなくなっても気づかれない、だれも見失ったとは思わない、だから捜そうともしない、そもそも「百匹の内の一匹」とはされていなかった人たちのことではないかと思います。

 例えば、「徴税人や娼婦」。イエスはこのような人たちこそが神の国に入ると断言しています(マタイ21章31節)。あるいは「神の国はあなたがたのものである」と語りかけた「貧しい人々」(ルカ6章20節)。この世の宗教者たちや大多数の人たち(「九十九匹」)が最も神の国から遠いと見なしていた、貧しさや差別のため律法に従って(“正しく”)生きることなど到底出来るはずもなく「罪人」とされていた人たちです。

 「九十九匹よりも一匹」とは、これらの人たちを見ないで、いないことにして、と言うことは、「一匹」をどんなに踏み付けても、「一匹」からどれだけ奪っても、全く意に介さない、そうして成り立っている秩序・社会、そのような現実に対する言葉だと思います。

 今の私たちが「九十九匹よりも一匹」に戸惑う、訳が分からなくなるのは、多くの場合「九十九匹も一匹も大切」と考えるのが普通になっていて、「九十九匹よりも一匹」も「一匹よりも九十九匹」も、どちらも極論、暴論だと思えることもあるからだと思います。

 ここまで見て来た中ではマタイ福音書の「(教会は)九十九人では、一人でも欠けていれば、“完全”・“全体”ではない」という受け止め方が、多分一番納得出来て、受け入れやすいと思いますが、これも簡単に言えば「九十九匹も一匹も大切」ということです。

 では、「九十九匹も一匹も大切」が普通になっている私たちに、「百匹もみんな大切」が“正論”とされる今の時代に、イエスは「九十九匹よりも一匹」とはもう言わないのか。「九十九匹をその場に残してまでも一匹を捜しに行く」というのは、かってイエスが語った、過去の物語なのか・・。

 そうではないと思います。私たちは、「九十九匹も1匹も大切」と漠然と思ってはいても、「百匹」全てを見てはいません。私たちの狭い心がどうしても届かない所にいる人たちがいます。また、見ようとすれば見えるのに見ていない、いつの間にか目を逸らしている現実があります。その中で虐げられ、傷つけられ、苦しみ悲しんでいる人たちがいます。

 この物語は、イエスが見失われ迷い出るしかなかった人たちを探し出すという話ではありません。捜し出すも何も、見つけ出す何も、イエスはいつもこれらの人たちと一緒にいます。

 イエスは今も私たちに「見失っているのだから、見ていなかったのだから、捜しに行くのが普通、当たり前」、「九十九匹よりも一匹」と言っていると思います。

 私たちが見失っていた「一匹の羊」の所にイエスはいます。私たちはイエス・キリストのいる所に導びかれているということです。

2020.8.23聖霊降臨節第13主日

<今週の聖句>

では、知恵はどこに見いだされるのか 分別はどこにあるのか。・・その道を

知っているのは神。神こそ、その場所を知っておられる。

(ヨブ記28章12、23節) 

「知恵はどこに見いだされるのか」     深見祥弘牧師

                <今週の聖句>

では、知恵はどこに見いだされるのか 分別はどこにあるのか。・・その道を

知っているのは神。神こそ、その場所を知っておられる。

(ヨブ記28章12、23節) 

「知恵はどこに見いだされるか」      深見祥弘

 今年の夏は、コロナによってお盆休みに故郷にもどれなかった人、家族と休日を過ごすことのできなかった人が多くおられます。私事ですが、先月東京にいる娘のところに男の子が与えられました。今夏赤ちゃんが生まれると聞いた数か月前、夏休みは孫を見に行こうと計画しましたが、これはかないませんでした。また和歌山にいる高齢の両親のもとに戻ることも難しい状態です。 そして、7月の豪雨によって被災された方々のことも思います。猛暑により、被災された人々や復旧の作業にたずさわる方々は、熱中症にも気を配らなければならず、きっとお疲れがでていることでしょう。家族や親しい人々と楽しく会食する日の来ることを、困っている人々がいれば駆けつけてお手伝いできる日の来ることを心から願います。

 

今朝のみ言葉は、旧約聖書ヨブ記です。ウツの地(パレスチナ東方地域・エドム)にヨブという人がいました。彼は、律法を守り行う人で、神を畏れ、悪を避けて暮らしていました。7人の息子と3人の娘がおり、多くの使用人や家畜をもつ人でした。7人の息子たちは、それぞれ順番に自分の家で宴会を用意し、未婚の3姉妹を招きました。またヨブは、宴会が一巡りする8日目の朝には、息子たちを呼び寄せて、彼らのために聖別の祈りといけにえを献げました。

 さてある日、天上の主のもとに神の使いたちが集まり、サタンも来ました。主はサタンに「お前はどこから来た」と問うと、サタンは「地上を巡回しておりました」と答えました。主は「お前はわたしの僕ヨブに気づいたか。地上に彼ほどの者はいまい。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きている」と言われると、「ヨブが、利益もないのに神を敬うでしょうか。御手を伸ばして彼の財産に触れてごらんなさい。面と向かってあなたを呪うにちがいありません」とサタンが答えました。主はサタンに「それでは、お前のいいようにしてみるがよい。ただし彼には、手を出すな」と言われました。

その日は長男の家で宴会が開かれていました。ヨブは自らの家にいましたが、そこにシェバ人に牛とろばが略奪され、牧童たちが殺されたとの知らせが届きました。また、天から火が降って羊と羊飼いが焼け死んだとの知らせ、カルデヤ人がらくだの群れを奪っていき、牧童たちが殺されたとの知らせが届きました。さらに長男の家が大風によって倒れ、7人の息子と3人の娘が、亡くなったとの知らせも届きました。ヨブは地に伏して「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」と言いました。ヨブに臨んだ第一の試練です。

次にサタンが「手を伸ばして彼の骨と肉に触れてごらんなさい。面と向かってあなたを呪うにちがいありません」と言うと、主はそれを許しました。サタンはヨブに全身のひどい皮膚病をあたえました。ヨブが痒みのために素焼きのかけらで体中をかきむしるのを見て、妻が「神を呪って、死ぬ方がましでしょう」と言うと、「わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか」と言って、この第二の試練でも罪を犯すことはありませんでした。

 そんなヨブがはじめて自分の生まれた日を呪ったのは、3人の友人が来て7日間何も言わずに一緒にちり灰の中に座ってくれたときでした。友人たちは、自らの誕生を呪うヨブに、何か隠れて犯した罪があるにちがいないと言いました。しかしヨブは自らを省みて、この苦難が与えられるような罪を犯したとはどうしても考えることができませんでした。若き哲学者エリフも来て、その苦難はヨブに対する教育的な配慮であると言いましたが、これも受け入れることができませんでした。

 ついにヨブは、直接に神と向き合うこととなりました。「神にわたしの潔白を知っていただきたい。」(31:6)というヨブの思いに対し、主はヨブに言われました。「これは何者か。知識もないのに、言葉を重ねて 神の経綸を暗くするとは。」(38:2) そして「全能者と言い争う者よ、引き下がるのか。神を責めたてる者よ、答えるがよい」(40:2)と問われると、ヨブは、「わたしは軽々しくものを申しました。わたしはこの口に手を置きます」(40:4)と答えたのでした。ヨブはこの時はじめて、自分が神に対して、自らの正しさを主張する小さな神になっていたことに気づかされたのです。

 

  ヨブ記28章は、「知恵の賛歌」です。ヨブ記をはじめ、箴言、コヘレトの言葉は、知恵文学と呼ばれますが、箴言1章7節に「主を畏れることは知恵の初め」、ヨブ記28章28節にも「主を畏れ敬うこと、それが知恵」とあります。つまり神の知恵は、人間の知恵を増し加えることによって見出されるのではなく、神の前に謙虚になることで見出すことができるのです。

金、銀、鉄、銅、これらは、鉱夫が地中深く坑道をほり、その身を吊り下げて闇の中で捜し、これを掘り出し精錬してつくります。そのようにして貴重な金属や宝石を捜し出すのです。では、知恵(ホクマ-)、分別(ビ-ナ)は、どこにあり、どのようにして捜し出すのでしょうか。知恵のありかを知っているのは、神のみです。箴言には、知恵は神のもとにあると書かれています。知恵は万物の創造に先立って神のもとにあり、擬人化し創造の業に参与したと記されています。「わたしは知恵。・・大地も野も、地上の最初の塵もまだ造られていなかった。わたしはそこにいた」(箴言8:12、26~27) ヨブ記はこの神の知恵(神の意志)を讃えるのです。

  新約聖書では、その神の知恵がキリストにおいて具現化したとします。「初めに言があった。言は神と共にあった。・・・言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」(ヨハネ1:1、14)  キリストも御自分を神の知恵と自覚しておられました。マタイ福音書には「人の子が来て、飲み食いすると、『見ろ、大食漢で大酒飲みだ。徴税人や罪人の仲間だ』と言う。しかし、知恵の正しさは、その働きによって証明される」(11:19)とあります。さらにパウロは「ユダヤ人であろうがギリシャ人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。」(Ⅰコリント1:24)と語っています。パウロが宣べ伝えた神の知恵とは、十字架のキリストでありました。罪のないキリスト自らが、ご自分の正しさを主張せず「口に手を置き」、人々の罪(自分を正しいと主張する)を背負って滅ぼし、贖ってくださいました。キリストの十字架、これこそが世の何物にも代えがたい神の知恵、どうしても捜し出さなければならない宝物なのです。

 

 ヨブは、自らに臨んできた災いや友人たちとの議論、そして神との対話により、神の知恵の片鱗(十字架)に触れることができました。「では、知恵はどこに見いだされるのか。分別はどこにあるのか。人間はそれが備えられた場を知らない。それは命あるものの地には見いだされない。・・その道を知っているのは神。神こそ、その場所を知っておられる」のです。神の知恵に生きる者は、たとえ苦難の中にあっても、言いつくし得ないほどの平安と希望にいきることができます。 ヨブ記はハッピ-エンドのお話です。ヨブは後に、失った財産の二倍をいただき、亡くした子と同じ数だけの息子や娘が与えられ、その生涯は140年の長寿でありました。なによりも幸いなことは、兄弟姉妹や知人たちがこぞって彼のもとを訪れ、食事を共にし、主が下されたすべての災いについて、いたわり合い、慰め合うことができたことでした。(42:10~17) 私たちもコロナ禍にあって様々な困難を経験しておりますが、神の知恵に生きることで平安をいただき、来る日には共に食事をし、いたわり慰め合うことのできることを信じます。

2020.8.16 聖霊降臨節第12主日

  <今週の聖句>

イエスは言われた。「わたしの時はまだ来ていない。しかし、あなたがたの時はいつも備えられている。」               

(ヨハネによる福音書7章6節) 

「わたしの時はまだ来ていない」

      深見祥弘牧師

                       <今週の聖句>

イエスは言われた。「わたしの時はまだ来ていない。しかし、あなたがたの時はいつも備えられている。」                (ヨハネによる福音書7章6節) 

「わたしの時はまだ来ていない」      深見祥弘

 8月9日(日)、長崎で行われた平和祈念式典でカトリック教徒の深堀繁美さん(89)が、被爆者を代表して「平和への誓い」をされました。深堀さんは、

長崎に原爆が投下された1945年、旧制中学3年生で、神父になるために大浦天主堂に併設されていた羅典(ラテン)神学校で生活をしていました。8月9日は、勤労動員で飽の浦町の造船所(爆心地から3.4キロ)で働いていました。突然強い光と大きな音に襲われ、とっさに床に伏せ、その後工場内のトンネルに逃げ込みました。夕方、トンネルを出て神学校に帰りました。翌日、爆心地近くの実家に戻ることが許されましたが、途中、真っ黒になった人の山が川を埋め尽くす光景を目にしました。大きく崩れた浦上天主堂の裏手にあった実家は爆風で壊れ、2人の姉と弟、妹を失いました。何のけがもない人が次々に亡くなっていくのを目の当たりにし、次は自分ではないかという恐怖感をずっと持ち続けておられました。当時浦上のカトリック信徒約1万2千人中、8千5百人が亡くなりました。 深堀さんは被爆の記憶を継承するため、原爆で瓦解した旧浦上天主堂から発見された「被爆マリア像」の公開に尽力し、2005年浦上天主堂南側に像を安置する「被爆マリア小聖堂」が完成した後も、長年被爆体験を講演し世界に原爆の非人道性を訴えてきました。昨年11月には、長崎を訪れたフランシスコ教皇と共に、爆心地公園において原爆犠牲者に献花をしました。「核兵器はなくさなければならない。平和な世界を実現するには、すべての人の参加が必要」という教皇の呼びかけに応えて、若い人たちに平和のバトンを渡すための働きをしておられます。「平和への誓い」の結びで深堀さんは、このように語られました。「私は89歳を過ぎました。被爆者にはもう限られた時間しかありません。今年、被爆から75年が経過し、被爆者が一人また一人といなくなる中にあって、私は、『核兵器はなくさなければならない』という教皇のメッセ-ジを糧に、『長崎を最後の被爆地に』との思いを訴え続けていくことを決意し、『平和への誓い』といたします。」

 

 今朝の御言葉は、ヨハネによる福音書7章です。仮庵祭が近づく頃、イエスの弟たち(ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモン)が、イエスにエルサレムに上り、救い主であることを示すように勧めました。しかし、イエスは「わたしの時はまだ来ていない」と言ってそれを退けました。イエスの弟たちは、なぜエルサレム行きを勧めたのでしょうか。それは過日、イエスがカファルナウムの会堂で人々に「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。」(6:54)と話したからです。これまでイエスを信じ従ってきた人々(広い意味での弟子)は、この言葉を聞いて、「実にひどい話だ」と言い、多くがイエスのもとから離れていきました。12弟子たちは、この時離れませんでしたが、イスカリオテのユダには裏切りの思いがあり、イエスも気づいておりました。

イエスはその後も、ガリラヤを巡り、働きをなさいました。仮庵祭が近づく頃、イエスの弟たちが、イエスに多くの人々が集まるユダヤのエルサレムに行き、はっきりと自分が救い主であることを示しなさいと勧めたのですが、それは、離れていった弟子たちを見返し、新たな弟子たちを獲得するためでした。ガリラヤで行なわれたイエスの業が、エルサレムでも行われるならば、イエスが救い主であることがわかるだろうという思いからでした。支持者を集め、王としてエルサレムに神の国を建てることを望んでいました。弟たちは、イエスに対する人々の思いにほころびが出始めているこの時が、最後のチャンスであると考えたのです。イエスはこの勧めに対して「わたしの時はまだ来ていない」と言われました。イエスは御自分のエルサレム行きが、受難と死を意味することを知っていました。そしてそれは、神の御計画であり従わなければならないことであると知っておられたのです。

 さて、そのように答えたイエスですが、弟たちがエルサレムに上った後、人目を避けつつエルサレムに出かけました。仮庵祭は、秋の収穫の祭りであり(収穫の間仮小屋に寝泊まりした)、またイスラエルの民がエジプトを脱出し、天幕に宿りながら荒れ野を旅し、約束の地を目指した出来事を語り継いでいくために行われました。ユダヤの人々の中には、メシヤと言われるイエスが、ガリラヤで働きをしていることを知っていて、この祭りに来て王として解放を与えてくれると期待する人々がいました。他方ユダヤの指導者たちは、イエスは律法を守らず神を冒涜する者と考え、エルサレムに来るならば殺そうと考えていました。というのも、イエスが以前祭りでエルサレムに来た時、安息日にベトザタの池で38年間病気であった人を癒したことがあったからです。指導者たちが安息日の規定を破っていると指摘すると、イエスは、「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ」(5:17)と答えられました。以来彼らは、自らを神の子とし、律法を守らないイエスを殺そうと機会を狙っていたのです。祭りも半ばになった頃、イエスは神殿の境内に現れ教えをされました。ユダヤ教の指導者たちがその教えを聞いて、「この人は、学問をしたわけでもないのに、どうして聖書をこんなによく知っているのだろう」と言うと、イエスは「わたしの教えは、自分の教えではなく、わたしをお遣わしになった方の教えである」と答えられました。

 

 さて、この話で疑問に思うことがあります。それはイエスが弟たちからエルサレム行きを勧められた時、「わたしの時はまだ来ていません」と答えたのに、弟たちが出発すると、人目を避け隠れるようにしてエルサレムに行かれたことです。ここから思い出すのは、カナの婚礼です。母マリアが祝宴の途中、イエスにぶどう酒がなくなったことを告げた時、「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません」(ヨハネ2:4)と答えられました。それにもかかわらず、イエスは水をぶどう酒に変える奇跡を行なっています。同様にイエスは、弟たちの勧めを退けながらも、エルサレムに出かけたのです。この疑問を解く鍵は、「わたしの時はまだ来ていません」という言葉にあるように思います。「わたしの時」とは、イエスが神の計画によって十字架に架けられる時のことです。ぶどう酒を求める母マリアに対しイエスは、十字架で血(ぶどう酒)を流す時はまだであると答えています。エルサレム行きを求める弟たちに対してイエスは、王としてエルサレムに行くのではなく、十字架に架けられために行くのだ、しかし今はその時ではないと告げているのです。しかし、イエスは十字架の前であっても、求められることを行っておられることにも気づかされます。イエスは「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ」(5:17)と言われたとおり、母が求めたぶどう酒を与え、捕らえられることを避けながらも弟たちが求めた神の教えを語ったのです。

 

 はじめに、深堀繁美さんのことをお話しました。深堀さんは、核兵器がなくなり、イエスが再臨されて、この世界にまことの平和を実現してくださる時を待っています。しかし深堀さんは、ただ待っているのではありません。教皇の「平和な世界を実現するためには、すべての人の参加が必要」との教えに応え、「長崎を最後の被爆地に」との思いをもって、この国の若い人たちや世界の人々に平和のバトンを渡すための働きをしておられるのです。被爆75年のこの時、そして89歳の今も変わらず続けておられます。私たちも、イエスの再臨の時を待ちつつ、平和のバトンを深堀さんから受け取り、次の世代に渡す働きを担ってゆきましょう。

2020.8.9 聖霊降臨節第11主日

<今週の聖句>

わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。(ヨハネによる福音書6章51節)

(ロ-マの信徒への手紙14章17節)

「わたしは命のパンである」深見祥弘牧師

<今週の聖句>

わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。(ヨハネによる福音書6章51節)

「わたしは命のパンである」        深見祥弘

 私はこれまで、信徒の方々から次のような経験を聞かせていただいたことがあります。ある年配の婦人信徒さんは、まだお子さんが小さい頃、そのお子さんの様子が急におかしくなって病院に行かれました。すると、すぐに手術をすることになったそうです。混乱と言い知れぬ不安の中、待合室に一人でいると、自分の内から次々と讃美歌が沸き上がってきて、手術の終わるまで、内なる声に合わせて讃美歌を歌っていたということでした。無事、お子さんの手術も終わり、その後元気を回復することができたということでした。

また、男性信徒の息子さん(信者ではない)からお聞きした話です。息子さんは子どもの頃、お父さんから「主の祈り」を覚えさせられました。お父さんの容態が悪くなって病院に付き添っていた時、また召された後の葬儀の時にも、息子さんは、「天にまします我らの父よ・・」という「主の祈り」が不思議に自分の内から湧き上がってきて、祈りをしていたということでした。

お話を伺う中で、神が、不安や恐れ悲しみの中におかれたお二人の心を、讃美歌や主の祈りによって、ご自分の方に開かせようとしておられたように思いました。あなたのそばには私が遣わしたイエス・キリストが一緒にいます、イエスはあなたの救い主で、永遠の命を持つ者です、と神が讃美と祈りで教え、イエス・キリストにすべてを委ねるようにと勧めておられたように思いました。

 

今朝のみ言葉は、ヨハネによる福音書6章です。ここには過越祭が近づいた頃、イエスが山に登り5つのパンと2匹の魚で5千人を養ったことと、湖の上を歩いて弟子たちの舟まで来たこと、そして「わたしは天から降って来たパンである」と人々に話されたことが書かれています。

これらの出来事は、イスラエルの民がかつて経験した出エジプトと荒野の旅を思い起させます。昔イスラエルの民は、エジプトで奴隷生活をしておりました。神は救いを求める叫びを聞き、災いがイスラエルの家を過越してエジプトの人々の家に及んでいる間に、民をエジプトから脱出させました。民は葦の海を歩いてわたり、シナイ山で神の言葉(十戒)をいただきました。約束の地カナンをめざす旅は40年に及び、民は荒れ野で飢え渇きに苦しみ、こんなことならエジプトにいたほうがよかった、とつぶやきました。それ以来、神は、天からの食物マンナを与えて民を養いました。また神は、その旅路において、昼は雲の柱、夜は火の柱としていつも民と共にあり導きました。けれどもモ-セと民は、旅の中での不信仰(つぶやき)によって途中で死に、約束の地に入ることをゆるされたのは、ヨシュアと民の子や孫たちだけでした。

この旧約聖書に記される救いの出来事は、神が遣わしたイエス・キリストによって、次のように成就いたします。イエスはまず、ご自分が神の小羊であると言われました。かつてイスラエルの民は、エジプトを出発する前に、家ごとに小羊を屠り、その血を家の入り口に塗り、食事をしてから出発しました。塗られた血は、災いが過ぎ越していくしるしとなりました。イエスが神の小羊として十字架に死なれたことで、人々のもとを災いが過越し、信じる者すべての救いが実現するのです。

次にイエスは、荒れた天候の中、湖を歩いて弟子たちの舟にやって来て、恐れる弟子たちに「わたしだ。恐れることはない。」と呼びかけられました。かつて神はモ-セに対して、「わたしはある。わたしはあるという者だ」(出エジプト3:14)といって御自分の名を紹介されました。この時のイエスの「わたしだ」は、直訳すると「わたしはある」となります。ここでイエスは、弟子たちに御自分が神であると名乗られたのでした。

さらにイエスは、御自分が神の言であることを教えています。かつてモ-セは、神よりシナイ山で神の言葉(十戒)をいただきました。神は、民がその戒めを守ることで悔い改めに導かれることを願いましたが、うまくいきませんでした。イエスは、御自分が新しい神の言葉(福音)であることを示されました。イエスは救い主であり共にいてくださる方である、このことを信じるだけで約束の地に導きいれていただけるのです。

最後にイエスは、「わたしは天から降って来たパンである」(41)と言われました。かつてイスラエルの民は、荒れ野を旅した時、神が与えるマンナによって養われました。聖書にはこう書かれています。主はモ-セに言われた。「見よ、わたしはあなたたちのために、天からパンを降らせる。民は出て行って、毎日必要な分だけ集める。・・・」(出エジプト16:4)「朝には宿営の周りに露が降りた。この降りた露が蒸発すると、見よ、荒れ野の地表を覆って薄くて壊れやすいものが大地の霜のように薄く残っていた。」(13) モ-セは彼らに言った。「これこそ、主があなたたちに食物として与えられたパンである。」(15) このことを受けてイエスは、自分が天から降って来たパンであり、これを食べる者は永遠の命をいただくことができると話されました。マンナを食べたイスラエルの民は荒れ野で死にましたが、このパンを食べる者は永遠の命を得ると教えられたのです。

 「わたしは天から降って来たパンである」(41)とイエスが語った時、人々はつぶやきました。「これはヨセフの息子のイエスではないか。我々はその父も母も知っている。どうして今、わたしは天から降って来たなどと言うのか。」(42)  そして人々は、「それでは、わたしたちが見てあなたを信じることができるように、どんなしるしを行ってくださいますか」(30)と言ってしるしを求めました。人々はしるしをもとめましたが、イエスは神の小羊として死なれることで、イスラエルの民がみることのできなかったことを実現し、しるしとされました。イエスは、御自分のところに来て命のパンを食べる者(信じる者・福音に聞く者)には、今を生きる力と永遠の命、そして約束の御国をお与えくださるお方なのです。

 

今朝の御言葉から私がいただいた命のパンは、「イエス・キリスト、インマヌエル、ア-メン」という言葉です。私は牧師として38年間働きをしてきました。イスラエルの民が毎日天からのパン・マンナをいただき、雲の柱・火の柱に導き守られながら約束の地を目指して旅をしたことを学びましたが、それは40年間でありました。私はあまり良い牧者ではありませんが、私自身が信仰者としていただいてきた命のパンとは、「イエス・キリスト、インマヌエル、ア-メン」というこの一言に尽きると思います。また、私がこれまで伝えてきたこと、これから伝えようとしていることもただ一つ、「イエス・キリスト、インマヌエル、ア-メン」、この福音であります。

 神から遣わされてきたイエスは、私の救い主(キリスト)です。イエス・キリストは私と共にいてくださいます(インマヌエル)、かつての私とも、今の私とも、これからの私とも、そして死の時も、召された後も、イエス・キリストは私と一緒にいてくださり、守りと命を与えてくださいます。このことは、本当のこと(ア-メン)、私の心からの信仰です。これがこの言葉の意味です。 

どうぞ皆さんもイエス・キリストより命のパンを受け取ってください。主は私たちが一人で聖書を読むこと、祈ること、讃美歌を歌うこと、教会で皆と共に御言葉に聞き、祈り、歌うことによって日々、命のパンを与えてくださいます。私たちは、時には、御言葉を読むことも祈ることもできなくなることがあるかもしれません。でもそうした時、私たちは自分の内に宿っている命のことばや賛美が生きたものとして語り歌いはじめることを経験いたします。どうぞこれからの日々、御言葉に励まされ生かされる幸いを体験してください。御言葉は、あなたに希望を与え、信じる人々の群れ(教会)に力をあたえるからです

2020.8.2平和聖日礼拝

<今週の聖句>

神の国は、飲み食いではなく、聖霊によって与えられる義と平和と喜びなのです。                

(ロ-マの信徒への手紙14章17節)

「平和を追い求めう」  深見祥弘牧師

                        <今週の聖句>

神の国は、飲み食いではなく、聖霊によって与えられる義と平和と喜びなのです。                 (ロ-マの信徒への手紙14章17節)

「平和を追い求めよう」        深見祥弘

 義父母から「近代日本キリスト教文学全集」(教文館)を譲り受け、少しずつ読み始めました。その中に有島武郎「一房の葡萄」がありました。このお話を簡単に紹介したいと思います。主人公の少年は、横浜に住み、西洋人ばかりが教師をする学校に通っていました。少年は絵を描くことが好きで、学校の行き帰りに見る、透き通るような藍色の海と白い帆前船の洋紅色(深紅色)に目を奪われました。しかし、少年の持っている絵具では、その色を出せません。級友ジムの絵具は舶来の上等なもので、とりわけ藍色と洋紅色は美しいものでした。ある日少年は、この二色の絵具を盗み、ジムたち級友にばれて、あこがれていた女の先生の前に突き出されました。先生は話を聞くと、少年を部屋に残し出て行きました。少年はそこでずっと泣いていました。先生が戻って来ると、少年に部屋の窓の外の葡萄の木から一房の葡萄を採って与えて、「そんなに悲しい顔をしないでよろしい。もうみんなは帰ってしまいましたから、あなたもお帰りなさい。そして、明日はどんなことがあっても学校に来なければいけませんよ。あなたの顔を見ないと、私は悲しく思いますよ。きっとですよ。」と言われました。少年は、みんなから「見ろ、泥棒の嘘つきの日本人が来た」と言われるだろうけれども、僕が行かなかったら先生はどれほど悲しく思われるだろうと思い、次の日、学校の門をくぐりました。門をくぐると待ちかまえていたようにジムがきて、少年の手を握り、まるで昨日のことは忘れてしまったかのように、先生の部屋に連れて行きました。先生は二人を見て、まずジムに「あなたはいい子、よく私の言ったことがわかってくれましたね。」と褒め、また窓の外の葡萄の木から一房の葡萄を採り、はさみで半分に切って二人に渡してくれたのでした。先生は、口では言いませんでしたが、少年に盗むことは悪いことだと教え、ジムにも人をなじることは同じように悪いことだと教えたのでした。

有島武郎は、キリスト教の一派クエ-カ-の教えを信奉し、教会とは距離をとりました。クエ-カ-派は、信仰は口で語るものではなく行為で示すもの、と教えますが、その教えがこの作品によくあらわされていると思います。ここに登場する先生はイエス・キリストであり、先生がくれた一房の葡萄はキリストの愛(赦しと平和、はじめの一房は罪の赦しを、次の一房は平和と和解)をあらわしているように読みました。

 

 今朝の御言葉は、ロ-マの信徒への手紙14章です。パウロは、教会に連なる兄弟姉妹が対立し裁き合うのを見て、互いに受け入れ合うことを勧めています。その対立の原因は、偶像に供えられた肉をめぐってでありました。コリントの町には女神アフロディテを祭る神殿があって、人々は女神に肉を供えました。供えられた肉は、神殿に来た人々の会食の食材となったり、神殿に仕える神官などに分配されましたが、一部の肉は市場に流出し、市販されている肉に混ぜ合わされて売られました。コリント教会の信徒の中には、この偶像に供えられた肉を食べることは、自分も偶像礼拝に参与したことになると考え、これを避けるために野菜だけを食べる者たちがいたのです。主にはユダヤ人キリスト者たちでした。これに対して、同じ教会の中には何を食べても良いと考える信徒もいました。この者たちは、全ては神によってつくられたものであるし、偶像の神と呼ばれるものも実は石や木、金属なのだから、それに供えられた肉を食べても問題ないと考えました。主に異邦人キリスト者でした。信徒たちは、それぞれ自分の考えの正しさを主張し、相手を厳しく批判し裁いていました。「肉を食べない人」は肉を食べる兄姉を不敬虔と言って裁きましたし、「肉を食べる人」は食べない兄姉を信仰の弱い人と言って軽蔑したのです。パウロは、神があなた方両者を受け入れ、神の僕としてくださっていることを心に留めなさいと勧めます。神がイエス・キリストの愛によって罪を赦し、あなた方を教会に受け入れてくださったのに、どうしてあなたがたは互いに裁き合うのかと戒めているのです。

また教会では、「肉の問題」だけでなく、「特別な日を守ることの問題」(ユダヤ教に由来する日)をめぐって、この日を重んじる人々とそうでない人々が互いに裁き合うということも起こっていました。パウロは「肉を食べる人も食べない人」も「特定の日を重んじる人とそうでない人」も、主イエスに愛され、教会に迎え入れていただいたことに感謝し「主のため」にそれらの行動があることを知ってほしいと語っています。またあなたがたはいずれ神の裁きの座の前に立たなければならないことを覚えてほしいとも言っています。あなたがたは預言者イザヤが預言しているように(イザヤ45:23、49:18)、生きておられる主に対し、あなたがたのすべての言動について説明しなければならない日がくるというのです。

 13節以下で、パウロは平和や互いの向上のために「つまずきとなるもの」や「妨げとなるもの」を兄弟のまえに置かないように決心しなさいと勧めました。パウロ自身は、偶像に供えられた肉を食べても汚れることはないと確信していました。なぜなら、かつてイエスが「外から人の身体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出て来るものが、人を汚すのである。」(マルコ7:15)と教えられたからです。しかし、パウロは「食物のことがわたしの兄弟をつまずかせるくらいなら、兄弟をつまずかせないために、わたしは今後決して肉を口にしません。」(Ⅰコリント8:13)と語っています。イエスは、御自分の正しさを主張して人を裁くのではなく、かえって罪ある人のために十字架に架けられ、その人に代わって裁きを受けてくださいました。ですからパウロも、意見を異にする兄姉をつまずかせ滅ぼしてしまうことなどできないのです。

イエス・キリストの愛の業によって「神の国」(神の支配)はすでに到来しています。それが教会です。イエス・キリストが与えてくださった愛が、神と人、人と人との間に義と平和と喜びを実現するのです。17、18節には「神の国は・・聖霊によって与えられる義と平和と喜びなのです。このようにしてキリストに仕える人は、神に喜ばれ、人々に信頼されます。だから、平和や互いの向上に役立つことを追い求めようではありませんか。」とあります。

教会はまさに、地上における義と平和と喜びを実践する実験場なのです。

 

 有島武郎は、教会は信仰を口では語るが、行為では示さないとして教会と距離をとりました。有島の生きた時代の教会がそうであった(もしくはそのように見えていた)ということですし、今もそのようであるかもしれません。でも、今朝私たちが示され確認したことは、次のことでした。まず、神はイエス・キリストの十字架の愛によって、互いに裁き合っていた人々を赦し、神の僕として下さいました。次に神は、神の国の有様を見せるために聖霊を与えて教会(信じる人々の群れ)を形づくり、ここに、義と平和と喜びを実現しようとしてくださっています。さらに聖霊は、キリストが教会に連なる兄姉のために死んでくださったことを思い起こさせ、考えが異なる兄姉をも受け入れ、ともに平和を追い求めるものとなるよう勧めてくださっています。

教会は、神のご計画の実現を確信し、世に対して義と平和と喜びを宣べ伝えつつ、ここに連なる兄姉の中に主の御旨を実現していくのです。今朝の御言葉には、明確な平和へのビジョンが示されていました。私たちは、この神の働きに参与するものとして招かれているのです。

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