「パンを取り感謝の祈りをささげ        深見祥弘牧師

July 25, 2020

                        <今週の聖句>

「今日で十四日もの間、皆さんは不安のうちに全く何も食べずに、過ごしてきました。だから、どうぞ何か食べてください。生き延びるために必要だからです。あなたがたの頭から髪の毛一本もなくなることはありません。」

こう言ってパウロは、一同の前でパンを取って神に感謝の祈りをささげてから、それを裂いて食べ始めた。               (使徒言行録27章33~35節)

        

 「パンを取り感謝の祈りをささげ」     深見祥弘

 先週22日(木)から、「GO TO トラベル」キャンペーンが始まりました。政府が、コロナによって打撃を受けている観光に関わる様々な業種の方々を支援するために、1兆3千億円の予算で実施するものです。当初の予定を前倒ししてこれを始めようとしたところ、東京はじめ全国でコロナの感染が急増し、東京を事業から除外したり、高齢者や若者の団体旅行での利用を控えるよう呼びかけるなどしたことによって、混乱を生じさせることとなりました。

 

今朝のみ言葉は使徒言行録27章です。ここには、パウロを乗せたロ-マ行きの船が暴風に襲われ漂流難破した時のことが書かれています。パウロは、第三伝道旅行中、各地の教会からエルサレム教会を支援する献金を募り、これをもってエルサレムを訪れました。到着後、パウロはヤコブたちのすすめで誓願を立てている者四人と神殿に詣でることになりました。パウロが誓願者たちの頭を剃る費用を出すことで(敬虔をあらわす行為)、律法をおろそかにする者という人々のパウロに対する評判を払拭しようとしたのです。ところがアジア州から神殿に来ていたユダヤ人たちが、パウロと四人を見て誤解し、パウロが異邦人を神殿に連れ込み、神殿を汚したと言って騒動を起こしました。パウロは人々に殺されそうになりましたが、ロ-マの守備隊に保護され、カイサリアにいたロ-マ総督フェリクスのもとに置かれることになりました。しかし、フェリクスは審理をすることなくパウロを拘留し、二年後に新総督フェストゥスが着任することとなりました。フェストゥスが着任挨拶のためエルサレムを訪れると、ユダヤ教指導者たちは、パウロについて早く判決を出すように要求しました。総督は彼らにカイサリアに来て訴えをするよう命じ、裁判を行いました。フェストゥスはこの裁判を通じて、問題になっているのはユダヤ人の宗教に関することで、ロ-マの法では何の罪もないことを知りました。彼は、パウロにエルサレムで宗教裁判を受けてはどうかと勧めましたが、パウロはそれを拒み、ロ-マ市民の特権を行使し皇帝に上訴することを申し出ました。パウロは、これを機会にロ-マに行き、皇帝はじめ人々に福音を宣べ伝えたいと願ったのです。

 イタリア行が決まると、パウロと数人の囚人は、百人隊長ユリウスに引き渡されました。パウロたちは、沿岸を航路とする船に乗り込みカイサリアを出港、キプロス島の東を北上し、そこから西にキリキア州、パンフィリア州の沖を進み、リキア州のミラに入港しました。 

彼らはそこで、イタリア行の大型船に乗り換えました。この船は、276名の人と穀物を乗せてエジプト・アレクサンドリアを出港し、ミラを経由してイタリアに向かう船でした。パウロたちを乗せたこの大型船は、ミラを出港し小アジアの沖を通ってクニドスに入港の予定でしたが、荒れた天候で入港できず、そこから南下してクレタ島の東側サルモネ岬を回って、ラサヤの町の近くの「良い港」にいかりを下ろしました。地中海は、9月中旬より荒れた天候の日が多くなるため、通常11月から3月まで航海を中断していました。この時すでに、9月末から10月にかけて行われる「断食日」(贖罪日)も過ぎていたのです。船長と船主は、西に数時間行ったフェニクスの港で冬を越そうと考えましたが、パウロはここに留まるように進言しました。しかし囚人であるパウロの意見など聞かれるはずもなく、船は出港したのです。間もなく、彼らは突風に襲われ、暴風の中漂流を始めました。嵐により幾日も幾日も太陽や星が見えず、自分たちがどこにいるのかもわかりませんでした。人々が、もうだめかもしれないと絶望の思いに満たされるようになった時、パウロがこのように話し励ましました。「これからのことを告げます。私たちは必ずどこかの島に打ち上げられます。船は失うことになりますが、この船に乗っている皆さんの内、だれ一人として命を失う者はいません。昨夜、わたしが仕え、礼拝する神の天使が、わたしのそばに立ってこう言いました。『パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。神は一緒に航海しているすべての者を、あなたに任せてくださったのだから元気を出しなさい』と。」アドリア海を漂流し14日目の夜、船員たちは、しだいに水深が浅くなり陸地に近づいていることに気づきました。夜が明けるとパウロは、人々に食事をするようにすすめ、彼らが十分に食事をして元気を回復すると、船を軽くするために穀物を投げ捨てさせて、船を陸地につけるための準備をしました。漂着地はどこであるかわかりませんでしたが、砂浜のある入江が見えたので船を乗り入れることにしました。しかし、砂浜の手前の浅瀬にぶつかって船首が動けなくなり、船尾に激しい波を受けたため船は壊れてしまいました。人々は皆海に投げ出されましたが、パウロが告げた通り、全員無事に上陸を果たすことができました。彼らが上陸したのは、マルタ島でした。クレタ島から約900キロも流されて、この島に漂着したのでした。パウロたちは、この島で冬を過ごし、冬の間この島に停泊していた別の大型船に乗りこんで、イタリアに向かうこととなりました。

 

パウロは、嵐の中絶望する人々に、生き延びるために必要だからと食事を勧め、「頭から髪の毛一本もなくなることはありません」と励ましました。またパンを取って神に感謝の祈りをささげてから、それを裂いて食べました。このことは、イエスがかつて人々に語られた言葉やパンを分け与えられて、皆が満たされた出来事を思い起こさせます。イエスはかつて「五羽の雀が二アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、神がお忘れになるようなことはない。それどころか、あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えている。恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」(ルカ12:6~7)と話されました。マタイ福音書(10:29)には、「二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか」とあります。二羽で一アサリオンならば、四羽で二アサリオンとなりますが、ルカ福音書には五羽で二アサリオンと書かれています。ということは、一羽はおまけということになります。イエスは、おまけの雀でも神はお忘れになることはない、まして人間であるあなたがたをお忘れになることはないと言っておられるのです。イエスは、五千人を五つのパンと二匹の魚で養われたとき、また弟子たちとの最後の晩餐のとき、そして復活後二人の者とエマオで食事をしたときに、パンを取り感謝の祈りをささげてお渡しになられました。これは、イエスが人々と共におられ、必要とするすべてを与えられることをあらわしています。このことからパウロは、この嵐のただ中にあっても、イエスが共にいてくださって守りと養いが与えられ、たとえ亡くなったとしても復活の命をいただくことができるという確信に立つことができたのです。

 

私たちの人生はよく旅に譬えられます。また船は教会を象徴すると言われます。教会につらなることを赦され、神の都を目指して航海する私たちにおいても、ときとして嵐に襲われ、これに翻弄されることがあります。しかし、その船(教会)に主イエスが共にいてくださいますので、私たちは恐れながらも主の守りと養いと復活の命の確信をいただき、闇の中に光を見出す者に変えられます。主イエスが共にいて神の都をめざす「GO TO トラベル」は、私たち一人ひとりによく配慮された喜びの旅なのです。

「『不正な』管理人」 仁村 真司教師

July 18, 2020

< 今 週 の 聖 句 >

 「そうだ、こうしょう。管理の仕事をやめさせられても、自分を家に迎えてくれるような者たちを作ればいいのだ。」  (ルカ福音書16章4節)

 

「 『不正な』管理人  」      仁村 真司

 1)

 今回は「不正な管理人」と呼ばれているたとえ話について考えます。

 イエスのたとえ話は難しい言葉で語られた難しい話ではありません。百匹の羊の内の一匹がいなくなったら、九十九匹を危険な所に残していなくなった一匹を捜しに行く(マタイ18章12―14節・ルカ15章4―7節)、ぶどう園で朝早くから一日中働いた人も夕方から働いた人も同じだけ賃金を貰う(マタイ20章1-15節)・・・。このような話の筋、内容は単純明快です。

 ただ、現実にはそんなことはしない、まずありえない話なので(と私たちには思えるので)何のことだろう、何のたとえだろうといろいろ考えてみてもピッタリと来ない、納得出来ない・・それで訳が分からなくなります。

 もっとも、今の私たちにとって働いた時間に関係なく同じだけ賃金をもらえるという「ぶどう園の労働者」のたとえ話は、全く訳が分からないということもないと思います。

 “コロナ禍”と言われる状況の中で、仕事がなくなったり出来なくなって生活が苦しくなっている人が沢山います。仕事があってもなくても、してもしなくても、同じように必要なものが得られて一日の終わりにホッと出来ればいいなあと思う、あるいはそういう社会でなければならないと考えるのは、特に突飛なことでも過激なことでもないと思います。

 「不正な管理人」のたとえ話も話の筋は大変わかり易いのですが、話の終わり、8節前半の「主人は、この不正な管理人の抜け目のないやり方をほめた」という所で突然訳が分からなくなります。不正な行いをした人が褒められて終わりです。後から罰が当たるという話ではありません。イエスはこのたとえ話によって何を示そうとしているのでしょうか?

 2)

 さて、たとえ話の筋はわかり易いとは言っても、この話が語られた状況と今の私たちの状況には、時間的にも地理的にもその他大きな隔たり、違いがあります。わからない所もあり、勘違いしている所もあるかもしれません。1~7節を少し丁寧に見てみましょう。

 「ある金持ち」・「主人」(1節)というのは大土地所有者です。こういう人は普段は現場にいない不在地主で、小作人からの年貢の徴収等現場の実務は管理人に任せていました。

 その管理人が財産を無駄遣いしていると告げ口する人がいて、主人は管理人を呼び付け「会計の報告を出しなさい。もう管理を任せておくわけにはいかない」と言います(2・3節)。

 そう言われて管理人は考えます。「どうしょうか。主人はわたしから管理の仕事を取り上げようとしている。土を掘る力もないし、物乞いをするのも恥ずかしい。そうだ、こうしょう。管理の仕事をやめさせられても、自分を家に迎えてくれるような者たちを作ればいいのだ。」(3・4節)

 そして、主人に借りがある者(小作人)を呼んで借金(お金ではなくて油や小麦ですが)の証文を書き換えさせて、借金の割引、デイスカウントをします。

 これは、自分が管理人を辞めさせられた後も小作人の負担が減るようにするためだと思います。

 おそらくこの人は以前から年貢や借金を(勿論主人に内緒で)割引きしたり棒引きしていて、それを「無駄遣いしている」(直訳は「ばらまいている」)と告げ口されたのだと思います。主人の財産を横領したりして自分の懐に入れていたのなら「無駄遣い」では済まされなかったはずです。

 この人は管理人として、主人の利益を増やすことや自分が利益を得ることよりも小作人の負担を減らすことに心を砕いていたようです。どうしてなのでしょう。

この人の管理人としての最後の仕事、小作人に証文を書き換えさせる、その内容を見てみます。一人目には、油百バトスの借りを五十バトスと書き換えさせ、二人目には小麦百コロスを八十コロスと書き換えさせます。

「油」というのはオリーブ油で、百バトスとは約三百六十リットル、金額にするとおよす千デナリになるそうです。千デナリというと、「ぶどう園の労働者」のたとえ話の一日分の賃金が一デナリですから、それで行くと日雇い労働者の約三年分の収入に相当します。小麦百コロスは金額にして二千五百デナリになるそうです。いずれも莫大な量、額です。

オリーブ油も小麦も小作人たちが収穫した作物です。小作人たちの借りになることも、況してその借りがこんなに膨れ上がることもないはずですが、そうなっているのは地主である主人が小作人に課している年貢がそもそも法外で、それが納められなければその分が主人からの貸し付けということになって、それにまた法外な利子がついて・・・ということが繰り返されていたからだと考えられます。

こうして、小作人たちは到底返せるはずのない負債を負わされ、汗水流して得た収穫の殆ど全てを持って行かれることになり、厳しい困窮の中で一生を送ることになります。

管理人はこのような小作人たちの窮状を見るに見かねて年貢や借金を棒引きしたり割引きしていたのだと思います。

3)

こう考えると、この管理人が不正なことをしていたとは思えません。雇っていた主人からすれば不正ですが、その主人が「この不正な管理人の抜け目のないやり方をほめた」というのも奇妙な話です。おそらくここは元々「主人」ではなく「主」、つまり「主イエスが管理人をほめた(管理人をほめる話をした)」ということだったと思います。

また、話の内容からしてイエスが「不正」と言うはずはないですから、ルカかそれ以前にこの話を伝えた人が管理人のしたことは不正だと思って、「不正な管理人」ということになったのではないかと思います。

勿論これは推測ですが、だとすると、罪人とされ社会から疎外されていた人たちや小作人のように社会の低い所・弱い立場に置かれていた貧しく虐げられていた人たちと一緒に生きたイエス・キリストを信じ、「主」として従おうとするキリスト者(全てではなかったとしても)が、そうとは気づかずにいつの間にか、たとえ話の「主人」と同じ感覚になっていた。そして、管理人を不正だと思い込んでしまったということになります。

たとえ話の管理人は、これとは反対にいつの間にか低い所・弱い立場に置かれた人たちの感覚に近づいて行ったのではないかと思います。

この人も、管理人として始めは主人に従い、主人のやり方・感覚が普通だと思っていたと思いますが、小作人たちと関わり、その現実を見て、主人がしていること、主人に従って自分がやっていることがとても普通だとは思えなくなった。

そして、年貢や借金を棒引きして小作人の負担を減らそうとして、管理人の職を失うことになるのですが、会計報告を捏造するなり書き換えるなりすることも出来たかもしれませんし、主人に言い訳したり謝ったりすれば、主人の下に留まることは出来たかもしれません。しかし、そんなことは一切考えずに、どうしたら小作人たちに受け入れてもらえるだろうか、そのことだけを考えます。

イエスが語ったのは、「不正な管理人」ではなく、「金持ちの主人の下を離れ、貧しい小作人たちの所に行こうとした管理人」のたとえ話だったのかもしれません。

「タビタ、起きなさい」       深見 祥弘牧師

July 11, 2020

 <今週の聖句>

人々はペトロが到着すると、階上の部屋に案内した。やもめたちは皆そばに寄って来て、泣きながら、ドルカスが一緒にいたときに作ってくれた数々の下着や上着を見せた。                           (使徒言行録9章39節)

 

「タビタ、起きなさい」       深見祥弘

ハロルド・クシュナ-著「なぜ私だけが苦しむのか-現代のヨブ記」(岩波現代文庫)という本があります。クシュナ-は、アメリカ・ボストン近郊のユダヤ教会のラビで、長男のア-ロン君を14歳で亡くしました。長男が3歳の時、医師から「早老症」(プロゲリア)と診断され10代で亡くなるだろうと告げられて以来、クシュナ-は「なぜ長男がこんなことに」「なぜ私をこんな目に」との問いが沸き上がり、その答えを見出そうと苦しんできました。この本は、こうした問いから出てくる答えらしきものに対し、迷いも怒りも隠すことなくその思いを記しています。すなわち全能の神が、なぜ人に苦しみを与えるのかを問い、理解しようとしたのです。

 

聖書には、同様の問いを神に投げかけた人々のことが書かれています。使徒言行録9章「タビタの生き返り」の話です。リダの町に滞在していたペトロのところに、ヤッファの教会から2人の人がやってきました。2人は、ペトロに婦人信徒のタビタが病気で亡くなったので、急いで来てくださいと願いました。彼らがヤッファに到着すると、ペトロは遺体の安置している階上の部屋に案内されました。するとやもめたちが近寄ってきて、タビタが彼女たちのために作った下着や上着を見せて泣き、ペトロにむかってこんなに良い人がなぜ、早くに死ななければならないのかと問いかけました。ヘブライ名はタビタ、ギリシャ名はドルカス(かもしかの意味)、彼女はその名のとおりすばやく、しなやかに、やもめたちを支えてきたのです。ペトロが、彼女たちを外に出し、ひざまずいて祈り、「タビタ、起きなさい」と言うと、タビタの目が開いて起き上がりました。ペトロはタビタの手をとって立たせ、教会の信徒たちややもめたちを呼び寄せて、生き返ったタビタを見せました。このことは、すぐに町中に知れ渡り、多くの人が主を信じたのでした。やもめたちは、タビタの死に遭遇した時、神が何をお考えなのかますます分からなくなりました。彼女たちは、なぜ私の夫は召されなければならなかったのか、神はなぜ私を独りぼっちにしてしまわれたのか、そして神はなぜ私たちを支えてくれたタビタを召されたのかとの思いに満たされたのでした。

 

ハロルド・クシュナ-は、先ほどの著書の中で「なぜ正しい人が苦しむのか」という問いに対し、人々が見出した4つの答えらしきものを紹介しています。一つ目の考えは、犯した罪にふさわしい報いが及んでいるというものです。神は正しい裁きをする方であり、災いが人を襲うのはその人の犯した罪の報いであるということです。二つ目の考えは、時間がたてば明らかになるというものです。不幸な出来事にあったその時、人は不公平に思うし、罪のない人が苦しんでいるようにも見えるが、時間が経ってみるとその出来事の意味や神の計画の正しさが現れてくるという考えです。三つ目は、人には計り知れない理由があるとの考えです。不幸に見舞われた人は、神の意志によってそのようになったのだが、その神の意志を人は計り知ることはできないとして納得させようとします。そして、四つ目の考えは、神は人に何かを教えようとしているというものです。神は人に苦しみを与えるが、その苦しみは人の德を高め、高慢を砕き、その人をより大きくするというものです。

何を隠そう私も「なぜこのような目に合わなければならないのか」と問うような出来事に直面した時、それが自分のことであっても他の人のことであっても、この4つの考えからその答えを見出そうとしていたように思います。その考えや答えが、自らにも他の人にも慰めにならないことを知っていたのですが、これ以外の答えや考えを見出すことができないでいたのです。

 

クシュナ-は、長男の死を経験することによって、また多くの人の苦しみを聞く中で、あるひとつの答えを見出しました。それは、この苦しみの出来事が神の意志とは別個のもので、神もこのことで怒り悲しんでおられるということです。これまでクシュナ-は、神の支配は全てのものに及んでいて、全てがその御意志の中にあると信じていました。ところがその考えだと、人は病気を与えた神に癒してくださいと願うことになり、また神の御意志に反する祈りをすることになります。神の意志とは別個のものの存在を認めることで、苦しみを負っている人も、その人を支えようとする人も、しっかりとその苦難に向き合うことができ、また神の全能を信じて心から助けを求めることができるのです。病気の人は神に癒しを願います。しかし、神がその病気を与えられたと思うと、信頼をして願うことができませんでした。また兄姉が、「御心ならば、癒してください」と祈ってくれても、慰めにはならなかったのです。

 

聖書には、ペトロがタビタを生き返らせたように、イエスが死んだ人をよみがえらせた話がいくつか記されています。例えば、ナインの町でやもめの一人息子の葬列に出会ったイエスは、葬列と向き合い、棺に手を置き、「若者よ、あなたに言う。起きなさい。」(ルカ7:14)と言って息子をよみがえらせています。会堂長ヤイロの娘が死んだときも、イエスは娘の手を取り「娘よ、起きなさい。」(ルカ8:54)と呼びかけてよみがえらせました。さらに、墓に葬られたマルタとマリアの兄弟ラザロにむかって「ラザロ、出てきなさい」(ヨハネ11:43)と大声で叫び、よみがえらせました。ラザロの死に際し、マリアが泣いているのを見たとき、イエスは「心に憤りを覚えて、興奮し」(同11:33)「どこに葬ったのか」(同11:34)と言われて、涙を流されました。この時、イエスはラザロの死に憤りを覚え、マルタ、マリアたちの悲しみに向き合ってくださったのです。タビタの死に際しても、ペトロは、イエスと同じように、遺体に向き合っています。しかし、イエスとペトロの違いは、ペトロが「ひざまずいて祈り」をしたことです。ペトロは、人々をよみがえらせたイエス・キリストこそ、タビタを救うことができるとの信仰に立ち、委ねて「タビタ、起きなさい」と呼びかけ、生き返らせたのでした。

 

 私たちに臨んでくる災いや死は、神の御心の外にある出来事です。けれども主は、その死や悲しみ苦しみと向き合ってくださり、死んだ人に復活の命を、悲しみ苦しむ人には慰めと支えを与えてくださいます。私たちは、この主によって全能の神の力と、救い主の愛を信じることができます。そしてこの信仰によって「父なる神よ」と呼びかけ、「イエス・キリストの名によって」と祈り、災いや死としっかりと向き合うことができるのです。一方悪魔はというと、私たちに神の支配がすでに完成していると思わせつつ、苦しみの出来事を起こし、それも神の御業と思わせます。そして、神と人との間に、また人と人との間に不信仰を生み出すのです。

イエスは、「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」(ヨハネ16:33)と言われました。すなわち世には神の御意志とは関わりのない出来事もありますが、私たちは苦難と死から復活されたイエスへの信仰によって、癒しと永遠の命の恵みにあずかることができます。こうした出来事に直面することがあっても、私たちは希望をもって主の前にひざまずき、イエスの名による祈りにより、その苦しみと向き合うことができるのです。

「惜しむ神」          深見 祥弘牧師

July 04, 2020

 <今週の聖句>

すると、主はこう言われた。「お前は、自分で労することもなく、一夜にして生じ、一夜にして滅びたこのとうごまの木さえ惜しんでいる。それならば、どうしてわたしが、この大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか。

(ヨナ書4章10~11節)

 

「惜しむ神」          深見祥弘

 少し前、私たちの周辺では、田植えが終わった緑の田んぼと赤く色づき収穫を待つ麦畑、そして収穫が終わり残った麦の株を焼いて黒くなった畑を見ることができました。 

 

今朝のみ言葉は、旧約聖書のヨナ書です。ヨナは、ナザレ近くの町ガト・ヘフェルの出身の預言者です。ヨナが預言者として働きをしたのは、北王国イスラエル(ヤラベアム2世の治世・BC760年頃)で、彼は愛国者でありました。ある日、主がヨナに「さあ、大いなる都ニネベに行ってこれに呼びかけよ。彼らの悪はわたしの前に届いている。」(1:1)と命じました。ニネベは、アッシリア帝国の都で、この頃、北王国を圧迫し、法外な貢物を強いていました。主はヨナにニネベに行き、王をはじめこの町の人々に悪からの悔い改めを呼びかけよと命じられたのです。愛国者であるヨナは、アッシリアを憎んでおりましたので、都ニネベに行って悔い改めのために働けと言われる主の命令に、従うことができませんでした。

  そこでヨナは主より逃れ、ヤッファの港に行き、タルシシュ(現在のスペイン南部)行の船に乗り込みました。しかし主は、ヨナを乗せた船を見つけ、嵐を起こしました。沈みそうになっている船の船員たちは、船底で眠っているヨナを見つけ、嵐の原因がヨナにあることを知りました。彼らがヨナを海に投げ込むと嵐は静まり、ヨナは巨大な魚に呑み込まれて、3日3晩、魚の腹の中で祈りました。「苦難の中で、わたしが叫ぶと、主は答えてくださった。陰府の底から、助けを求めると わたしの声を聞いてくださった。わたしは感謝の声をあげ、誓ったことを果たそう。救いは、主にこそある。」(2:3・10)  ヨナの祈りは主に届き、主が命じられると魚はヨナを陸地に吐き出しました。

 再び主は、ヨナに都ニネベに行くよう命じられました。当時、都ニネベには12万の人々が暮らしていました。ヨナは、ニネベに到着すると「あと40日すれば、ニネベの都は滅びる。」(3:2)と告げて廻りました。すると不思議なことに、ニネベの人々は神を信じ、王をはじめあらゆる階層の人々が粗布をまとい、灰の上に座って断食をしたのです。そして主は、これを見てこの町への災いを思い直されました。一方ヨナは、敵の救いに手を貸したことを後悔し、「主よどうか今、わたしの命を取ってください。生きているよりも死ぬ方がましです。」(4:3)と怒り、主に訴えました。そしてヨナは、ニネベの東に小屋を建てて暑い日差しを避けながら、主が自分の訴えを聞くか否かを見届けることにしました。主が、彼にとうごまの木を与えて日陰をつくってやると、ヨナはとても喜びましたが、翌朝には虫に命じてこの木を枯らしてしまわれました。さらに、主は砂漠からの熱風(東風)を吹きつかせると、ヨナは暑さのためにぐったりとし、「怒りのあまり死にたいくらいです。」(4:9)と言いました。主は「お前は、自分で労することもなく、一夜にして生じ、一夜にして滅びたこのとうごまの木さえ惜しんでいる。それならば、どうしてわたしが、この大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか。」(4:10)と答えられたのでした。

 

 イエスは預言者ヨナについて、このように語っています。「今の時代の者たちはよこしまだ。しるしを欲しがるが、ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない。つまり、ヨナがニネベの人々に対してしるしとなったように、人の子も今の時代の者たちに対してしるしとなる。」(ルカ11:29~30)

主によってニネベに遣わされたヨナは、この世界に遣わされるイエスをさし示す存在でした。主は、私がどのような者であるかを知りたければ、いろいろとしるしを要求するのでなく、ヨナを知れ、と言われたのです。海に投げ込まれ、三日間魚の腹の中にいて吐き出され、ニネベの人々を救ったヨナは、十字架に架けられ、三日間墓の中(陰府)にいて復活し、すべての人々の救いを実現するイエスの到来のしるしです。ヨナの船を襲った嵐の出来事は、湖を渡る船が嵐にあい、眠っていたイエスを起こした出来事のしるしです。東風ととうごまの木の話は、ぶどう園の労働者の話やからし種の話を思い起させます。そしてなによりも、ニネベの人々の滅びを惜しみ、ヨナを遣わした神は、すべての人々の滅びを惜しみ、イエスを遣わした神でありました。

ところで、ヨナがニネベに行って悔い改めるように語った時、なぜニネベの王や町の人々は、すぐにヨナの言葉を聞き入れたのでしょうか。私は、神ご自身が先に救いの種(福音)を蒔いておられ、ヨナ(鳩、愛の使者の意)の訪れとともに、悔い改めに導かれたのだと思います。BC722 年、北王国イスラエルは、アッシリア帝国に滅ぼされ、北王国の人々(サマリア人)はこの地に移住してきたアッシリアの人々と生活するようになりました。やがて、北王国(サマリア)で働きをしたヨナをはじめ、エリヤ、エリシャ、ホセア、アモスといった預言者たちの蒔いた救いの到来を告げる言葉の種が、イエスの到来によって一気に芽吹き、刈り入れの時をむかえることとなったのです。

「目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている。」(ヨハネ4:35)

 

 預言者たちの時代、主の言葉を告げること(悔い改めと救いの到来を告げる言葉の種を蒔くこと)は、苦しみの働きでした。彼らは、外では迫害を経験し、また内ではメシヤの到来によって実現する刈り入れの喜びを経験できずにいました。預言者ミカは、「お前は種を蒔いても、刈り入れることなく、オリ-ブの実を踏んでも、その油を身に塗ることもない。新しいぶどうを搾っても、その酒を飲むことがない。」(ミカ6:15)と主の言葉を語りました。

しかし、預言者たちは、やがて蒔く者と刈る者が共に喜ぶ時が来ることを信じていました。「涙と共に種を蒔く人は、喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は束ねた穂を背負い、喜びの歌をうたいながら帰ってくる。」(詩編126:5~6)と、告げられていたからです。

救いの福音を聞いた人(種を蒔かれた人)は、イエスの到来によって、時を経ずして、すぐに収穫されます。また救いの福音を語る人(種を蒔く人)は、イエスの到来によって、そのまま刈り入れる人になるのです。イエスがおいでになられることで、種蒔きと収穫が同時に行われる時代が実現したのです。

 

ここに集まる私たちもまた、福音の種を蒔いていただき、命の実を実らせて収穫の時を待つものです。すべては、ヨナが預言し、イエスによって実現されることです。主イエスによる救いの福音を語る者も聞く者も、福音が語られたその時が実りの時であり、福音を聞いた時が収穫の時です。そして福音を聞いた者も語った者も、その時が、また新たな種まきの時であることをも覚えさせられます。「わたしはまだだめ、もう少し準備しなければ」「この人はまだふさわしくない。期間を経ねば」、こうした考えは、人間の考えることで、預言者ヨナの時代のものです。私たちの周辺にはすでに、収穫の時をむかえ赤く色づく麦畑と、田植えを終えた緑の田んぼが広がっています。イエス・キリストによって収穫や種まきが繰り返されています。このことを実現してくださったのは、すべての人の救いを望んでおられる惜しむ神なのです。

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