≪次月 7月(2021)礼拝説教要旨 前月≫

 

2021.7.25聖霊降臨節第10主日   
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< 今 週 の 聖 句 >

『わたしが求めるのは憐みであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。  

    (マタイによる福音書9章13節)

 

「神が求めるのは憐みです」   深見祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

『わたしが求めるのは憐みであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。  (マタイによる福音書9章13節)

 

          「神が求めるのは憐みです」      深見祥弘

 皆さんは、かつてどのようにして教会の門をくぐりましたか。家族が信者で幼い頃から、一緒に教会に出席していたという方がおられるでしょう。悩んでいた時、救いを求めて教会の門をくぐったという方、問題をかかえていた時、友人が誘ってくれて教会に来たという方もおられるでしょう。教会のそばを通った時、「だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」(マタイ11:28)という聖句が掲示されていて、教会の門をくぐったという方もおられます。

 わたしも、46年前、看板を見て教会の門をくぐりました。大学1年生であったわたしは、田舎から出てきてしばらくたったこの頃、孤独や漠然とした不安の中にいました。土曜日の午後、下宿先に帰ろうとして、大学のある建物のそばを通りかかった時、日曜礼拝の案内看板が出ていることに気づき、次の日、その門をくぐりました。教会には、わたしと同年代の人たちがいて、夏に一泊で修養会をするけれど出席しませんかと誘ってくれました。以来、わたしは教会に連なることをゆるされているのです。

 

 マタイによる福音書8章・9章には、様々な人々のイエスとの出会いの出来事が記されています。重い皮膚病を患う人は、イエスに癒しを願うため、自ずからイエスの前に進み出て、ひれ伏し癒されました。ローマ軍の百人隊長は、病気の僕のために、イエスのところに来て懇願したので、僕は癒されました。反対にイエスが出かけて行って、救いの業をされたこともありました。イエスは、船で向こう岸に出かけ、悪霊に取りつかれたガダラ人を救われました。また、弟子のペトロの家を訪れ、熱病で寝込んでいたペトロのしゅうとめを癒されました。さらに人々が、悪霊に取りつかれた人や病人をイエスのところにつれて来たこともありました。人々が、中風の人の癒しを願い、床に寝かせたまま、この人をイエスところにつれて来て、癒していただいたのです。

 ところが、今朝の御言葉9章9~13節に出てくる徴税人マタイの場合は、イエスが収税所のそばを通りかかり、そこに座っていたマタイを見かけて、「わたしに従いなさい」と声をかけられ救われました。これまでの人々とは、少々異なるようにも思えます。これをどのように受け止めることができるでしょうか。

 

 ガリラヤのカファルナウムは、エジプトからダマスコに向かう道が通る交通の要所で、この町には収税所が置かれていました。マタイは、ユダヤ人で、この収税所で働く徴税人でした。徴税人は、ローマ当局より徴税業務を請負っていました。徴税人は、決められた額をローマに収めなければなりません。徴収の方法は任されていていましたので、彼らはローマの権力をかさに着て多くを取り立てて、自らの収入としました。人々は、徴税人が、ユダヤ人でありながら支配国ローマの手先になっていること、その権力を使って私服をこやしていることから、彼らを嫌い、付き合いをしませんでした。熱心党の人々に至っては、徴税人を暗殺の対象にしていたのです。

 イエスは、収税所に座っているマタイを見て、「通りがかり」ではありましたが、マタイの姿に感じるものがあって、「わたしに従いなさい」と声をかけられました。マタイはイエスのことを以前より知っていたので、イエスに声をかけていただくと、すぐに立ち上がり従いました。この時イエスは、マタイのことを知っていて、彼のところを訪れ、声をかけたのではありません。またマタイは、疎外や差別を受けていましたが、イエスのところを訪ね、救いを願ったのではありません。しかしイエスは、彼を見て、その孤独や罪悪感を知り、声をかけました。突然のことではありましたが、マタイも、その呼びかけに従ったのでありました。

 イエスは、この時、誰かのところに向かおうとしておられた訳でも、用事で出かけておられた訳でもありませんでした。マタイに「わたしに従いなさい」と呼びかけられた後、彼と共に向かったのはマタイの家でありました。そこで、イエスはマタイが呼んだ他の徴税人や罪人たちと、食事をなさいました。イエスの行動を注視していたファリサイ派の人々は、イエスの弟子たちに「なぜ、あなたの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と問いました。イエスはこれを聞いて、「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。『わたしが求めるのは憐みであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」と答えられました。 イエスが来られたのは、人々の中で自分の罪を知りながら、自分ではどうすることもできないでいる人々を救うためです。かつてホセアは「わたしが喜ぶのは 愛であっていけにえではなく 神を知ることであって 焼き尽くす献げ物ではない。」(ホセア書6章6節)と預言しました。すなわちホセアは、神がお喜びになられるのは、自分の姿(罪)をよく知り、悔い改めて、神に愛(憐み・救い)を求めることであると教えたのです。ファリサイ派の人々は、自分を正しい者と考え、信心深く見せるため、悔い改めをすることもなく、いけにえをささげていました。しかし、神はそうしたことを求めておられるわけではありません。イエスは、「わたしこそが、罪人に対する神の愛・憐みであり、まことのいけにえである」と言われました。イエスがいけにえとされることで(十字架の贖い)、もはや人々が、いけにえをささげる必要はなくなりました。ただ、イエスという神の憐みを、信じ従いなさいと勧めているのです。

 

 マタイは、この後、イエスの12弟子の一人になりました。イエスの弟子の一人、小ヤコブはマタイの兄弟でありますし、母の名はマリアといい、イエスの墓に出かけていった女の一人です。マタイは、イエスの導きによって信仰を持ち、母や兄弟にも伝道し、イエスにお仕えをする家族となりました。また、マタイはイエスの弟子として、徴税人を暗殺の対象にしていた熱心党のシモンと働きをいたしました。さらに初代教会においてマタイの名をつけた福音書ができました。(マタイはこの福音書の著者ではない)イエスのことを深く知る人物ということで、福音書にマタイの名が付けられたのです。マタイという名には、「神の賜物」という意味があります。マタイは、「通りがかりに」ではありましたが、イエスより神の救いの賜物をいただき救われました。彼は、家族や仲間たち(徴税人や罪人たち)に、神の憐みを受けたことを証しし、福音を伝えました。また彼は、イエスのそばで、自分を差別したり敵対する人々と一緒に働きをいたしました。そして、その豊富なイエスとの体験や自らを救った神の賜物を、後の時代の人々に知らせるべく、福音書にその名を冠することをゆるしました。

 イエスは、「通りがかりに」働きをしてくださいます。救いを求めながらも、自分では、どうすることもできない人がいるからです。かくゆう私もイエスが「通りがかりに」、わたしを見てくださり、孤独や不安の中から救い出してくださいました。イエスが、教会の看板のそばに立っていてくださり、「わたしに従いなさい」と声をかけてくださったのだと思います。私は、神の賜物をいただき過ごすこの生涯に感謝をしています。

2021.7.18聖霊降臨節第9主日   
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< 今 週 の 聖 句 >

「つまり、ヨナがニネベの人々に対してしるしとなったように、人の子も今の時代の者たちに対してしるしとなる。」

                             (ルカによる福音書11章29節)

 

 

「ヨナのしるし」   仁村真司教師

< 今 週 の 聖 句 >

「つまり、ヨナがニネベの人々に対してしるしとなったように、人の子も今の時代の者たちに対してしるしとなる。」

(ルカによる福音書11章30節)

「ヨナのしるし」          仁村真司

 「今の時代の者たちはよこしまだ(悪い、悪しき者だ)」、「しるしを欲しがる(求める)」(29節)・・・。今日の箇所でイエスは(イエスに批判的な人々だけではなく)、一般の、普通の人々の中にしるしを欲しがる、求めるという問題、問題の共通性を見ています。

1)

 「しるし(徴)」とは神のこの世に対する支配、作用(働きかけ)を指し示すものです。旧約聖書では様々なものがしるしとされていますが、最も多くはモーセ等により行われた奇跡が(出エジプト記4:8、17、28、30)権威の証明という意味で「しるし」と呼ばれています。

 新約聖書でも、多くの場合イエスの超自然的な不思議な業、奇跡などが、神が歴史の中に入って来て、働きかけているしるしとされているようですが、今日の箇所ではどうでしょうか。

 イエスは突然、「今の時代の者たちはよこしまだ。しるしを欲しがる」と語りだしたのではなく、これには前提があります。少し前の11章14節以下の「ベルゼブル論争」の所です。

  イエスは悪霊を追い出しておられたが、それは口を利けなくする悪霊で 

あった。悪霊が出て行くと、口の利けない人がものを言い始めたので、群

集は驚嘆した。しかし、中には、「あの男は悪霊の頭ベルゼブルの力で悪霊

を追い出している」と言う者や、イエスを試そうとして、天からのしるし

を求める者がいた。(11章14~16節)

イエスが悪霊を追い出し、口の利けない人がものを言い始めた。このイエスの不思議な業、奇跡は人々にとってのしるしになっていないようです。

ここで人々が求めている「天からのしるし」とは、イエスの「身分証明証」、神とイエスの関係を示すものということですが、これに対してイエスは「ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない」と言います。

2)

 では、「ヨナのしるし」とは・・・ということですが、旧約聖書の「ヨナ書」には主人公ヨナの大変面白い物語が記されています。

 物語は、ヨナが神から「アッシリアのニネベに行って預言をしなさい」と命令される所から始まります。ヨナは即座にこの命令に反応して、どうしたかというと、逃げ出した。ニネベの反対方向へ向かう船に乗り込むのですが、大嵐になって、ヨナは海に放り出され、巨大な魚に飲み込まれて、三日三晩、魚の腹の中で過ごすことになります。その間、ヨナは救われたことに感謝し、神に従わなかったことを悔いて、使命を果たそうと決意します。そして神が命じると魚は陸地にヨナを吐き出し、ヨナはニネベに行って預言する、人々に神の言葉を伝えます。「あと四十日すれば、ニネベの都は滅びる。」これを聞いたニネベの人々は神を信じ、悔い改めます。神はこのような人々の姿を見て、ニネベを滅ぼさないことにします。

イエスが「ヨナのしるし」について語ったと伝えているのは、ルカ福音書の今日の箇所と他にはマタイ福音書です。マタイ福音書では「預言者ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない。つまり、ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も、大地の中にいることになる」とイエスが語ったとされています(12章39~40節)。

マタイは、ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたことと、イエスの受難・死、三日目の復活を結び付けて、「ヨナのしるし」とはイエスの受難・死と復活のことであり、これ以外に神とイエスの関係を示す、イエスは神の子、キリストであることを示すしるしはないと主張している訳ですが、ルカは違うようです。30節「つまり、ヨナがニネベの人々に対してしるしとなったように、人の子も今の時代の者たちに対してしるしとなる。」

 ヨナは神に従って預言したのですが、その預言「あと四十日すれば、ニネベの都は滅びる」、これはその通りにならなかった。ニネベの人々に神とヨナの関係を示すしるしは与えられなかった。しかし、ニネベの人々は神を信じ悔い改めた。救われた。これと同じだということです。

 イエスによって人々が救われる。現に救われている。これ以外に何があるのか・・・ない。ルカが伝える「ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない」とはそういうことです。

3)

 ここで、前回取り上げた使徒言行録4章の物語を思い出してみましょう。

 ペトロは、生まれつき足の不自由な人が癒された、このことは「あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです」(10節)・「ほかのだれによっても、救いは得られません」(12節)と言っているのですが、これに対して当時のユダヤ教社会の最高権威、エルサレム神殿の偉い人たちは沈黙します。「議員や他の者たちは、ペトロとヨハネの大胆な態度を見、しかも二人が無学の普通の人であることを知って驚き、また、イエスと一緒にいた者であるということも分かった。しかし、足をいやしていただいた人がそばに立っているのを見ては、ひと言も言い返せなかった」(13節)。

 現に足の不自由な人が癒された、確かに一人の人が救われたということの「重み」、これが時の最高権威を沈黙させてということです。

 今日の箇所の前提、「ベルゼブル論争」では、人々は沈黙せずに「ベルゼブルの力で悪霊を追い出している」と言い、天からのしるしを求めた。

 イエスが悪霊を追い出し、口の利けない人がものを言い始めたこと、その「重み」、それがどれ程のことかがわかっていないからですが、今の私たちはわかっているのでしょうか。

 11章20節「わたしが神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ」・13章32節「今日も明日も、悪霊を追い出し、病気をいやし続ける」・・・。イエスは「わたしのいやしの業は神の力によって実現している」、「悪霊を追い出し、病気をいやすことはわたしの使命だ」と言っています。つまり、イエスが悪霊を追い出し、病気をいやす、これは神の救いの業であり、神とイエスの関係をはっきりと示しているということです。

 なのですが、今の私たちにとって悪霊を追い出すとか、病気治し、いやしの奇跡などというのはやっぱり原始的、非科学的で怪しげ、不確かだと思えます。それで、他に何かイエスはキリストだと納得出来るような話や言葉はないだろうかと聖書の中を探してみたりする・・・。こういうことも、しるしを欲しがる、求めることになると思います。

 人は必ずしも神を、イエス・キリストを、信じない、疑うからしるしを欲しがるのではない。信じたい、信じていたいからこそ確かだ、間違いないと思えるしるしをいつの間にか求めてしまうことがあるということです。

 また、辛くて苦しい時、これからどうなるのか、不安でたまらない。そんな時に、安心できるしるしが欲しくなるということもあるでしょう。

 「今の時代の者たちはよこしまだ。しるしを欲しがる。」イエスの時代の人々だけではない。今の私たちもしるしを欲しがる。どうしようもなく、しるしを求めてしまっている自分に気づく、気づかされます。そのような私たちに、イエスは言います。「ヨナのしるしのほかは与えられない」・「ヨナがニネベの人々に対してしるしとなったように、人の子も今の時代の者たちに対してしるしとなる」・・・。「しっかりしなさい。わたしがいるではないか。」イエスはそう言っているのではないでしょうか。

 「ヨナのしるし」とは、イエスが一緒にいる、共に在ること。そして、これが私たちに与えられている唯一の、確かな、しるしです。

2021.7.11 聖霊降臨節第8主日   
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< 今 週 の 聖 句 >

このことがエフェソに住むユダヤ人やギリシャ人すべてに知れ渡ったので、人々は皆恐れを抱き、主イエスの名は大いにあがめられるようになった。

                                          

              (使徒言行録19章17節)

 

 

「主イエスの名によって」   深見祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

このことがエフェソに住むユダヤ人やギリシャ人すべてに知れ渡ったので、人々は皆恐れを抱き、主イエスの名は大いにあがめられるようになった。

                                          (使徒言行録19章17節)

 

 

        「主イエスの名によって」     深見祥弘

 私たちの「名」は、名前そのものは変わらなくても、生涯の中で名のもつ意味に、変化が生ずることもあります。

私の名は「祥弘(よしひろ)」で、父母が名づけました。「祥」の字は、「①めでたいこと、さいわい ②めでたいことのきざし」という意味があります。「弘」の字は、「①広く大きい ②ひろめる、ひろく遠くまでゆき渡らせる」という意味があります。父母は、私が生まれた時に、さいわいがたくさんあるようにとの願いを、この名に託したのだと思います。

しかし神さまは、この名に父母の願いを越えた意味を与えてくださいました。神さまは、イエス・キリストの福音(さいわい)を小さな羊である私に示され、そのさいわいを広められました。これによって私は、この福音を信じ、主イエスの名による洗礼を受けることになりました。それまで父母の思いのもとにいた私は、神さまの思いのもとにいるものとなったのです。

さらに、神さまは、私に召命を与えてくださいました。私は、福音(イエス・キリスト、神の小羊)を人々に示し、「主イエスの名によって」働きを行い、福音を広めるものとなりました。

 

 今朝の御言葉は、使徒言行録19章です。ここには、パウロたちのエフェソにおける働きが、書かれています。パウロたちの伝道は、シリアのアンティオキア教会の働きとしてなされました。パウロたちは、第二伝道旅行後、しばらくアンティオキアに滞在し、この教会から再び出発いたしました。(第三伝道旅行)彼らは、これまでの伝道地であるガラテヤ地方、フリギア地方を巡回し、信者たちを力づけた後、エフェソに向かいました。

 エフェソに到着すると、パウロは12人ほどの信者に出会い、「信仰に入ったとき、聖霊を受けましたか」と問いました。すると、「いいえ、聖霊があるかどうか、聞いたこともありません」と答えたので、「それなら、どんな洗礼を受けたのですか」と問うと、彼らは「ヨハネの洗礼です」と答えました。

 話は前後しますが、パウロは、第二伝道旅行中、コリントの町で、一年半伝道し、エルサレムに向けて船出しました。この船旅にコリントの信者、アキラとその妻プリスキラも同行し、エーゲ海を東に航行し、エフェソに寄港しました。パウロは二人をエフェソに残して、船でエルサレムに向かいました。各地の教会の献金をエルサレム教会に届けるためでした。

 さてパウロが出発した後、エフェソの町に、エジプトのアレキサンドリア生まれのユダヤ人アポロが来て、伝道をしました。アポロは聖書に詳しく、旧約聖書の預言に基づき、イエスを救い主と信じていました。しかし、彼は「ヨハネの洗礼」しか知りませんでした。アキラとプリスキラは、自宅にアポロを招いて、主イエスの名による「聖霊の洗礼」について教えをしました。「聖霊の洗礼」を知ったアポロは、その後、この町を離れ、コリントにおいて大きな働きをいたしました。パウロが手紙に「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。」(Ⅰコリント3:6)と書いているとおりです。

 パウロが出会った12人も、アポロから教えをうけた信者であったのでしょう。パウロは、まず「ヨハネの洗礼」は、来るべきメシア、イエスを迎えるための備えをする悔い改めの洗礼であることを教えました。さらに、イエス・キリストは、すでに到来し、十字架と復活により救いを完成し、天に上げられ聖霊を送ってくださっていることを伝えました。そしてパウロは、彼らに主イエスの名によって「聖霊の洗礼」を授けました。パウロが彼らの上に手を置くと、聖霊が彼らに降り、異言や預言を話し始めたのでした。パウロは、はじめこの町のユダヤ教の会堂で教えをいたしましたが、教えを非難する者たちがあらわれたので、ティラノという人の講堂(スコレー・学校)で教えをいたしました。

 

エフェソの町でのパウロたちは、教えだけでなく、病人を癒したり、悪霊を追い出したりする、奇跡も行いました。11節に「神は、パウロの手を通して目覚ましい奇跡を行われた。」と書かれています。それを行うのは神であり、パウロはそれを行う神の手ということです。この神の力は、強く、パウロが身につけていた手ぬぐいや前掛けを病人に当てると、病気が癒されるほどでありました。さて、祭司長スケワノの7人の息子たち、さらにユダヤ人祈祷師たちの中に、主イエスの名を使って(「パウロが宣べ伝えているイエスによって、お前たちに命じる」)悪霊を追い出そうとする者がいました。悪霊は、彼らに対し「イエスのことは知っている。パウロのこともよく知っている。だが、いったいお前たちは何者だ」と言い返し、彼らをひどい目に合わせたのでした。それを見て、信仰を得ている人たちは、主イエスの名の力を知り、これまで信仰をもちつつ、魔術をも信じる生活をしていたことを悔い改めました。また、魔術を行っていた多くの者が、魔術に関する書物を皆の前で焼き捨て、新しい生活を始めたのでした。このようにして、主イエスの名は、この町に住むユダヤ人やギリシャ人すべてに知れわたり、あがめられるようになりました。

 

 聖書で「名」は、どのようなものであったのでしょうか。 まず、名づけることや名前を知ることは、名づけた者の、名づけられた者に対する支配を意味します。神が、アダムに生き物に名をつけることをゆるしたのは、それらを治めることを委ねるためです。天使が、ヨセフに対し、いいなずけのマリアの受胎を告げた時、「その子をイエスと名付けなさい」(マタイ1:21)と告げました。天使は、名づけの特権をもつヨセフに対し、この子はお前の支配のもとに置かれる子ではなく、神の支配のもとに置かれる神の子であると告げたのです。次に名はその人の本質(罪)を表しています。旧約聖書に登場するヤコブは「かかと」を意味する名前です。母の胎にいた時、双子の兄と争い、兄のかかとをつかんで生まれてきたからです。

 新しい名は、その人の新しいあり方(召命)を意味します。アブラム(高貴な父)はアブラハム(諸国民の父)に、ヤコブ(かかと)はイスラエル(神は支配する)に改名します。イエスの弟子シモン(神は聞きたもう)はペトロ(岩)に、そしてサウロ(ユダヤ名)は、パウロ(ローマ名)に変わります。 

 イエス(神は救い)の名は、神のご支配・計画のもとにあり、その名に罪はなく、その名にみ旨があらわれています。さらにイエスは「インマヌエル」なる新しい名が与えられました。イエスは、自らの名をむなしくし、十字架に死に、復活され、天に上げられ、聖霊を送ってくださいました。私たちは、自らの名をむなしくして、この御方の名によって洗礼を受けることで罪がゆるされ、聖霊によって救われ、この御方の名によって働きをなすのです。さらにイエスには、「主(アドナイ)」という名も与えられました。神を「主」と呼ぶ、旧約以来の呼び方をイエスは継承され、イエスが神であることを告白するのです。

 主イエスは、私たちに信仰によって「主イエスの名」を呼び、教え行えと言われます。そうするならば、私たちの名は、主イエスの名のもとにあって、かけがえのないものに変えられてゆくからです。

2021.7.4 聖霊降臨節第7主日   
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< 今 週 の 聖 句 >

神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます。               (テモテへの手紙第一2章4節)

 

 

「清い手を上げて祈る 」  深見祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます。               (テモテへの手紙第一2章4節)

「清い手を上げて祈る 」      深見祥弘

 生涯の中で、この1年余り、これほどまでに手を洗ったことはありません。外出先から帰ってきたときだけでなく、一つの行動が終わるたびに、手を洗っています。加えて外出先では、アルコール消毒薬が目に入るたびに、手を消毒しますし、鞄の中には携帯用のアルコール消毒薬を入れています。マスクとともに、早くこうしたことから解放されたいと願っています。

聖書の時代のユダヤ人もまた、汚れを恐れ、清めることを意識し行っていました。ヨハネ福音書のカナの婚礼の話に出てくる「石の水がめが六つ」(ヨハネ2:6)は、人々がこの家を訪れた時、作法に従って水で身を清め、汚れを取り除くために用意されていたものです。この人々も、こうしたことから解放されることを願いつつ、行っていたのではないでしょうか。   

 

 今朝の御言葉は、テモテへの手紙第一です。この手紙は、伝統的に、パウロが弟子のテモテに宛てて書いた私信とされてきました。パウロは、第二伝道旅行でリストラを訪れた際に、テモテに出会い、弟子としました。第三伝道旅行の途中、二人はエフェソに滞在しますが、その後パウロはテモテをこの町に残して、マケドニア州に出発しました。これは、パウロが滞在先からテモテに送った手紙で、エフェソの教会において、パウロの教えた信仰とは異なる教えを説く人々や、系図に心を向けさせたりする人々から、信者たちを守るようにと伝えています。

 しかし現在、テモテの手紙第一は、一世紀末から二世紀はじめ、信仰とは異なる教えによってもたらされた混乱やローマ帝国の迫害による危機により、教会が苦難を覚える時に書かれたものと考えられています。そうした状況にあってローマにいた教会指導者は、小アジアの教会(エフェソの教会)に宛てて、パウロの教えをもとに、教会生活のあり方などについて手紙を書きました。テモテの手紙第一・第二、そしてテトスへの手紙は、このような内容から「牧会書簡」と呼ばれています。

 

 さて、Ⅰテモテ2章1~8節には、祈りに関する教えが記されています。

この箇所で印象的な言葉は、「だから、わたしが望むのは、男は怒らず争わず、清い手を上げてどこででも祈ることです。」(8)という教えです。

 ユダヤ教の習慣では、手のひらを上にし、立って祈りました。この「手を上げる」ことには、いくつかの意味がありました。

 まず、手を上げることは、神に対する祈りを意味しました。「嘆き祈るわたしの声を聞いてください。至聖所に向かって手を上げ、あなたに救いを求めて叫びます。」(詩編28:2) 「命のある限り、あなたをたたえ、手を高く上げて、御名によって祈ります。」(詩編63:5)などの御言葉があります。

また手を上げることは、民への祝福を意味しました。「アロンは手を上げて民を祝福した。・・・民を祝福すると、主の栄光が民全員に現れた。」(レビ9:22~23) とあります。 さらに手を上げることは、盟約を意味しました。「わたしは手を天に上げて誓う。」(申命32:40)と書かれているとおりです。

 「清い手」、これは「男は怒らず争わず、清い手を上げて」とあるように、

怒りや争いを持たぬ手ということでしょう。パウロの時代の教会や1世紀末の教会には、怒りや争いが存在していました。怒りや争いは、しばしば裁きを生みだしますが、パウロはそうした罪から離れ、祈りによってすべてを神にゆだねるようにと教えているのです。

 

 教会の軒下2か所に、つばめが巣をつくり、ヒナを育てています。ワイズメンズクラブの機関紙6月号にも書かせていただきましたが、毎年、同じ場所につばめが巣をつくります。しかし、ヒナが巣立つのは、50%くらいでしょうか。昨年、無事に三羽のヒナが、巣立つことができました。しかし、猫に襲われたこともありましたし、ふ化しなかった年もあります。今年は、道路側の巣は無事に子育てをしているようですが、出入り口の巣に大変なことが起こりました。三羽のヒナが孵って、順調に育っていたのですが、ある日、三羽のヒナが巣の外に落ちていました。だんだん大きくなって、巣の中で押し合って落ちてしまったのかと思い、ヒナたちを巣に戻してやりました。ところが、次の日また、三羽とも巣から落ちていて、ヒナたちは顔や頭にケガをしていました。空の巣にすずめが入っているのを見て、これはすずめが、ヒナたちをつついて巣から追い出したのだとわかりました。二度の転落とケガで、二羽のヒナは死んでしまったのですが、幸い一羽は無事で、私たち夫婦の用意した急ごしらえの巣で、育っています。たいへんな出来事がありましたが、親つばめは、一生懸命、餌を運んできますし、残されたヒナも親が来ると、首を伸ばして鳴き、大きな口をあけて餌をたべています。苦難を経験しましたが、ヒナが元気に巣立つことができればと願っています。

 

 エフェソの教会の人々は、このヒナのよう、そしてパウロたちは親鳥のようです。パウロがこの手紙に「わたしは真実を語っており、偽りを言っていません」(7)と書いているように、彼を中傷する者たちもおりました。しかし、パウロは苦難の中にあっても、真理をエフェソの人々に届け、養い育てて、信仰者として一人立ちするように祈りました。パウロが持ち運んだ真理とは、キリスト・イエスのことです。「神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます。神は唯一であり、神と人との仲介者も、人であるキリスト・イエスただおひとりなのです。この方はすべての人の贖いとして御自分を献げられました。」(4~6)
 パウロは、キリスト・イエスがすべての人の罪の贖いとして御自身をささげられたのであるから、あなたがたもすべての人のために祈りなさいと、教えています。このすべての人々のなかには、王たちや高官たちも含まれています。王たちの中には、ローマ皇帝もいます。一世紀末の教会は、内には異なる教えをする者たちがいましたし、外ではローマ帝国による迫害に悩まされていました。パウロ(教会指導者)は、エフェソの人々に誘惑や迫害をする者たちに対して怒りや争いが生じる状況であるけれど、「願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい。・・・清い手を上げてどこででも祈ることです。」(1,8)と言って、祈ることを勧めています。どのような状況にあっても、信仰者は祈りをささげることで、信心と品位を保ち、平穏で落ち着いた生活を送ることができるからです。

 

 一度限りのイエス・キリストの名による洗礼は、人々の清めを実現いたしました。私たちも、イエス・キリストの名による洗礼により罪を清めていただき、聖霊によって新しい命の恵みをいただくことができるようになりました。日ごとに行うイエス・キリストの名による祈りは、ユダヤの人々を「水による清め」から解放いたしました。私たちも、日ごとに行う祈りによって、困難の中にあっても、救いを信じ、平穏に落ち着いた生活ができるようにしていただいています。

このコロナの時代、いろいろと惑わすものが臨んできますが、私たちは清い手を上げて、すべての人のために祈ってゆきたいと思います。