≪次月 9月(2021)礼拝説教要旨 前月≫

 

2021.9.26 聖霊降臨節第19主日     
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 今 週 の 聖 句 >

五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、『なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか』と尋ねると、彼らは、『だれも雇ってくれないのです』と言った。主人は彼らに、『あなたたちもぶどう園に行きなさい』と言った。       (マタイによる福音書20章6~7節)

 

      「気前のよい神」 深見祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、『なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか』と尋ねると、彼らは、『だれも雇ってくれないのです』と言った。主人は彼らに、『あなたたちもぶどう園に行きなさい』と言った。       (マタイによる福音書20章6~7節)

 

              「気前のよい神」      深見祥弘

 今年の「恵老会」は、20日(月・休)の「敬老の日」をはさむ、19日(日)と、今日26日(日)の開催となりました。感染予防のため、皆があつまり、食事をしたり、賛美やゲームをする「恵老会」は、今年も開催することができませんでした。来年は、きっと食事を共にし交わりを深める「恵老会」を行うことができると信じます。

 「敬老の日」の前日19日、総務省が発表した人口推計によると、65歳以上の高齢者は、前年より22万人増えて3,640万人、総人口の29.1%を占めます。この割合は世界第1位で、2位はイタリア(23.6%)、3位はポルトガル(23.1%)となります。そしてこの割合はこれからも増え続け、2040年には35%となる見込みです。またこの日、同時に発表された労働力調査では、65歳以上の高齢者の4人に1人が働いています。15歳以上の全就業者の中で、高齢者の割合も年々増え、働く高齢者は906万人で、全就業者の13.6%を占めています。今、こうしたことを踏まえ社会保障制度の改革や高齢者の就労環境の整備が、急務となっています。

 

 今朝の御言葉は、マタイによる福音書20章1~16節「ぶどう園の労働者」のたとえです。ある家の主人が、ぶどう園を所有していました。乾季が終わり雨季が迫る中、主人はぶどうの実の収穫作業をしてくれる労働者を雇うため、夜明けに広場に出かけて行きました。広場には、仕事を求める人々が集まっていたからです。主人は、1日1デナリオン(1日の労賃にふさわしい額)の約束で、何人かの労働者を雇い、ぶどう園に送りました。主人は、再び午前9時ごろに広場にやってきました。まだまだ人手が足りなかったからです。すると、何もしないで立っている人々がいたので、「あなたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう」と呼びかけてこの人たちを雇いました。主人は、12時ごろと午後3時ごろにも、広場に来て、そこに立っている人たちに同じようにしました。この時代、ユダヤの労働時間は、朝の6時ごろから夕方の6時ごろまでです。主人は、午後5時ごろにも広場に行ってみると、ほかの人々が立っていたので「なぜ、何もしないで1日中ここに立っているのか。」と尋ねると、人々は「だれも雇ってくれないのです」と答えました。主人は、この人たちにも「あなたたちもぶどう園に行きなさい」と言いました。

 夕方、主人はぶどう園の監督に「労働者たちを呼んで、午後5時に来た者から始めて、午後3時の者、12時の者、午前9時の者、そして朝6時に来た者の順で賃金を払ってやりなさい」と命じました。朝6時の者たちは、どうしてこんな順番なのか、1日暑い中、働いてきた自分たちをこそ先にすべきなのにとつぶやきました。彼らが見ていると、さっき来たばかりの者たちが、1デナリオンずつ受け取っています。朝6時の者たちは、驚きとともに、そうか、自分たちはもっと多くもらえるのだ、そして夕食にも招かれるのだ、それでこの順番なのだと考えました。ところが、順番がきて、朝6時の者たちが受け取ったのも、同じ1デナリオンでした。彼らは主人に「最後に来た連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。」と不平を言いました。主人は「友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように払ってやりたいのだ。自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。」と答えたのでした。

 

 この「ぶどう園の労働者」のたとえは、天の国のたとえです。「天の国」がどのようにして実現するのか、「天の国」の幸いとは何なのかを教えています。まず、「ぶどう園」とは、天の国のことです。ぶどう園の主人とは、イエス・キリストのこと、監督とはイエスの弟子たちのことです。キリストは、天の国の到来、すなわち終末の到来を目前にし、時を選ばず懸命に、あなたたちも天の国に行きなさいと、救いを求めて集まる人々に呼びかけます。キリストが出かけてきた「広場」とは、教会です。そして、その呼びかけに答えた人々は、最初の呼びかけに答えて天の国の実現のために懸命に働いてきた人々も、遅れてやってきてほとんど働きのできなかった人々も、等しく永遠の命という恵みをいただきます。朝6時の者、9時の者、12時の者、3時の者、そして5時の者とは、信仰に入った時の早い遅いをあらわしています。しかし、いずれの人々も、イエス・キリストの「あなたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう」との呼びかけに聞き従った人々でありました。

 次に、このたとえに出てくる朝6時の者、9時の者、12時の者、3時の者、5時の者とは、当時の社会的な立場をあらわしているように受け止めました。朝6時の者は、ユダヤ人の祭司や律法学者といった立場の人々であり、イエスの弟子たちです。誰よりも早く救いの約束をいただき、いろいろと耐えながら神に、またイエスに仕えてきた人々です。ですから、神の恵みは誰よりも多く与えられ、神からのねぎらいもあってしかるべきと思っています。9時、12時、3時の者とは、ユダヤの社会的立場の違う人々をあらわしています。最後に来た5時の者は、「ほかの人々」(6)と書かれているように、救いの恵みの外にいた罪人や異邦人をあらわしています。天の国への招きは、ユダヤ人と異邦人、性別や社会的立場の違いを越えて与えられ、等しく救いの恵みにあずかることができるのです。「後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」(16)とありますが、後から来た罪人や異邦人が先に救いの恵みにあずかり、先にいたユダヤ人や弟子たちが、悔い改めの後に恵みをいただくことをあらわしています。

 もう一つ、これはわたしの自由な発想ですが、朝6時の者、9時、12時、3時、5時の者とは、私たちの生涯の時間をあらわしているように思えました。「何もしないで広場に立っている人々がいた」(3)、「だれも雇ってくれないのです」(7)という言葉から、そのように受け止めたのです。朝6時の者は20歳の人、9時は35歳、12時は50歳、3時は65歳、そして5時の者は80歳の人です。コロナ禍で、若い人々の中に、職を失い失意の内にたたずむ人々がいます。一方65歳の高齢者になっても働く人々が増えています。しかし80歳になると、「だれも雇ってくれないのです」と言って1日中広場にたたずみ、共にいた家族や友人を失い、持っているものも手放さざるをえなくなることも生じてきます。そうした中、このたとえは、救いを求めて広場(教会)に来るならば、イエス・キリストが「あなたたちも天の国に行きなさい」と呼びかけてくださり、この呼びかけに聞き従うならば、1日1日必要とするものを備えていただき、人生の決算の時には、天の国と永遠の命を受け取ることができるのです。
 イエス・キリストは、救いを求めるそんな私たちのために、ご自分の思いで、ご自分を献げてくださった、気前のよいお方です。何歳になってもどのような状況にあっても、広場(教会)に救いを求めて集うなら、時を選ばず主が来て下さり、「天の国は近づいた。」(4:17)、「あなたたちも天の国に行きなさい。」と呼びかけ、救いの恵みを与えて下さることでしょう。 

2021.9.19 聖霊降臨節第18主日     
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< 今 週 の 聖 句 >

イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて、弟子たちに渡しては配らせ、二匹の魚も皆に分配された。すべての人が食べて満腹した。      (マルコによる福音書6章41~42節)

 

「 罪人だったからなのか 」  仁村真司教師

< 今 週 の 聖 句 >

イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて、弟子たちに渡しては配らせ、二匹の魚も皆に分配された。すべての人が食べて満腹した。      (マルコによる福音書6章41~42節)

 

「 罪人だったからなのか 」      仁村真司

五つのパンと二匹の魚で五千人が満腹したという奇跡物語はマルコ・マタイ(14:13~21)・ルカ(9:10~17)の各福音書(共観福音書)に並行記事があり、趣がかなり違っていて並行記事とは言えませんが、ヨハネ福音書(6:1~10)にもあります。

 また、七つのパンと少しの魚で四千人が満腹するという物語もマルコ(8:1~10)とマタイ(15:32~39)にはありますから、「パンは五つだったかな、七つだったかな」、「五千人かな、四千人かな」等と多少混乱することはあっても、「五つのパン」と聞いただけで、「二匹の魚」だけでも、「ああ、あの話か」とすぐに思い当たる大変有名な話です。

1)

五つのパンと二匹の魚で五千人が満腹した。これは確かに奇跡なのですが、この物語は、おいそれとは奇跡など信じない多くの現代人も受け入れ易い、「現代的解釈」とでも言うのでしょうか、そのような考え方によって語られ、また受け止められていることが多いような気がします。

例えば、イエスが語った教え、言葉によって、食べ物はわずかであっても、心は満たされ、精神的、霊的な満足がもたらされた。

あるいは、本当は多くの人が自分の分の食べ物は持っていた。でも、他の人に分けると自分の分が減ってしまう、後で一人でこっそり食べよう・・・。それがイエスの話を聞いている内に恥ずかしくなって来て出し合った。そして、みんなで食べて、みんなで満腹した。

いずれもそれなりに説得力があると思います。本当にどこからともなく食べ物が出て来たのだとしても、心が満たされたという面もあった、むしろそちらの方が大きかったのかもしれません。また、「満腹」を、食べ物やお金等でなくても、時間や労力等でも、持っているものを出し合って、みんなで何かをしている時に得られる充実感、楽しさやうれしさの「たとえ」と考えれば、現代でも多くの人が経験し得ることだと思います。

2)

この物語は伝統的には、昔から今も、教会の儀式、聖餐式に結び付けられ、聖餐式の始まりや背景を伝えていると考えられ、語られて来ました。

聖餐式と言えばパンとぶどう酒で、まず思いつくのは「最後の晩餐」ですが、41節の「イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて、弟子たちに渡しては配らせ、二匹の魚も皆に分配された」は、「最後の晩餐」の場面の14章22節「・・・イエスはパンを取り、天を仰いで賛美の祈りを唱えて、それ(パン)を裂き、弟子たちに与えて(渡して)・・・」と明らかに重っています。

また、カタコンベ(古代ローマの地下墓室。迫害下のキリスト教徒はこの中で礼拝を守っていました)の壁画に描かれている「最後の晩餐」の絵にはパンに魚が添えられていることが多いそうです。それと、古代教会では次第にパンとぶどう酒に与かるのは聖職者に限定され、一般信徒はパンだけになったようです。五つのパンと二匹の魚の物語は一般信徒にとっての聖餐式の由来として語られるようになって行ったのかもしれません。

この聖餐式と結び付ける「伝統的解釈」に拠るならば、五つのパンはキリストの体です。従って、それによってもたらされた五千人の満腹とは、精神的、霊的に満たされたことの「たとえ」と言えます。

ということは、古代から(おそらく福音書に記される以前から)現代に至るまで多くの場合、人々はこの物語を、五つのパンと二匹の魚で五千人が満腹した「奇跡物語」とは考えて来なかった。聖餐式の起源についての伝承、あるいは五千人の人々が精神的・霊的に満たされたことを示す「たとえ話」のように受け止め、伝えて来たということになります。

そのような中で、マルコはこの物語を敢えて奇跡物語として伝えていると考えられます。ですから、「伝統的解釈」にしても「現代的解釈」にしても、マルコの記述については、奇跡物語とは考えないという点において、的外れとまでは言えないとしても、ピッタリとは来ないと思います。

3)

では、マルコはこの物語の中の何を奇跡とし、そしてそれによって何を伝えようとしているのでしょうか。

34節「イエスは舟から上がり、大勢の群集を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、いろいろと教え始められた。」

「飼い主のいない羊のような有様」をマタイもルカも揃って省略していますが、この句は旧約聖書に多く出て来ていて(民数記27章17節、列王記上22章17節、歴代誌下18章16節、エゼキエル34章5節等)、指導者がいない状態を表しています。

直前の記述(14~29節)に目を向けると、記されているのは洗礼者ヨハネが殺された経緯ですが、その舞台はガリラヤ領主、ガリラヤの指導者である(はずの)ヘロデ(・アンティパス)が高官や将校、有力者を招いての宴会の席(21節)、つまり「指導者がいる状態」が描かれています。

豪華に設えられた場所で、あり余る程の食べ物があって、そこでは自らの権力を誇示し維持したいヘロデと、ヘロデも巡る様々な人たちの思惑が行き交い、いろいろな駆け引きがなされていたことでしょう。そして、人の、洗礼者ヨハネの命までもがその道具・材料とされて奪われた訳です。

一方で、イエスの目の前の大勢の群集たちの所には何もない。人里離れた原っぱです。弟子たちは「人々を解散させて下さい。・・・自分で・・・何か食べる物を買いに行くでしょう」なんてことを言っている(36節)。自分たちが何とかしようと言う気もなければ、何とか出来るとも思っていない。良きにつけ悪しきにつけ何の思惑も駆け引きもありません。ヘロデの宴会の席とは何から何まで大違いです。

マルコにそのつもりがあったかどうかはわかりませんが、この対比によってマルコの主張が一層はっきりして来ます。

指導者はいても、ちゃんとした指導者ではない、指導者がいないのと同じだという、この世の指導者、権力者批判を読み取ることは出来ますが、マルコはイエスとこの世の指導者・権力者を比較してイエス・キリストの方がすごいのだとか、そういうことを言っているのではありません。

イエスが共に食事をする、それで十分なのだ。イエスが共にいる、現在のキリスト者の生活においても。それが奇跡なのだということです。

ここからマルコの聖餐についての考え方も窺い知ることができます。パンはキリストの体、ぶどう酒はキリストの血であって、キリストの死と復活を記念するという神学的議論から導かれる考え方に対して、今イエスが共にいる、共に食事をしている、そのことを祝う、それが聖餐であるという考え方です。

イエスは、五千人の人々と共に食事をするに際して弟子たちにまず、「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」と言っています(37節)。

この言葉は、特別な役割を担うべく選ばれた人たち、後に使徒と呼ばれ教会の指導者となる弟子たちや後の世の聖職者のような人たち、だけに対するものではありません。私たち一人一人に対する言葉です。

私たちには大した力も無ければ、大した物も持っていない。どうすればいいのかわからない、とても自分に出来るとは思えない・・・。

しかし、イエスが共にいる、それが奇跡なのだ、既に奇跡は起こっている。どのような状況であってもただイエスを信頼して行けばよい。

このことを伝えるために、マルコは敢えて五つのパンと二匹の魚で五千人が満腹したという出来事を奇跡物語としたのだと思います。

2021.9.12 聖霊降臨節第17主日     
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 < 今 週 の 聖 句 >

神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのは、この国にあなたたちの残りの者を与え、あなたたちを生き永らえさせて、大いなる救いに至らせるためです。わたしをここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。                  (創世記45章7~8節)

「ここに遣わしたのは神です」   深見 祥弘

< 今 週 の 聖 句 >

神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのは、この国にあなたたちの残りの者を与え、あなたたちを生き永らえさせて、大いなる救いに至らせるためです。わたしをここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。                  (創世記45章7~8節)

 

          「ここに遣わしたのは神です」   深見 祥弘

 今朝の御言葉は、創世記45章です。今朝の御言葉を含む創世記37章、39~50章には兄たちによってエジプトに売られ、後にエジプトの大臣になって飢饉からエジプトや諸国民を救ったヨセフの物語が記されています。

 まず、この物語のおおよそをお話します。ヨセフの父はヤコブ、母はラケルと言います。ヤコブは、ラケルの姉レアをも妻とし、ラケルとレアに仕えるビルハとジルパという二人の女性との間にも子を設けましたので、12人の子がいました。ヤコブはラケルを愛しますが、難産のためヨセフの弟ベニヤミンが産まれるとラケルは亡くなりました。ヨセフは12人の兄弟の11番目でしたが、愛するラケルの最初の子でありましたので、ヤコブはヨセフを寵愛し、他の兄たちから憎まれることとなりました。

 ある日、兄たちが父親の羊の群れの世話をしていると、裾の長い晴れ着を着たヨセフがやってきました。彼らは、この際ヨセフを穴に投げ込んで殺してしまおうかと相談しましたが、長男ルベンの提案で、通りかかった隊商にヨセフを売りました。そして彼らは、晴れ着に雄山羊の血をつけて、父にヨセフは野獣に殺されたと報告しました。

 ヨセフは、エジプトの宮廷の役人ポティファルに買い取られ、彼の僕となりました。しかしポティファルの妻の偽証によって、ヨセフは投獄されることとなりました。ヨセフは獄の中で、やはり投獄されていたファラオの給仕長と料理長の夢を解き、そのとおり給仕長は復職し、料理長は死刑となったのでした。3年後のこと、ファラオは夢を見ました。その夢とは、肥えた七頭の雌牛を痩せた七頭の雌牛が食い尽くす夢と、太った七つの穂を痩せた七つの穂が呑み尽くす夢でした。けれどもこの夢をエジプトの賢者は、誰も解くことができませんでした。そうした中、ファラオの給仕長が、ヨセフのことを思い起こし、ヨセフを獄から出してファラオの前に呼びました。ヨセフはファラオの夢を解き、七年の豊作の後で七年の凶作が襲うから、そのために備えをするように進言しました。これを聞くとファラオは、ヨセフにファラオに次ぐ地位を与え、飢饉への備えをさせました。ヨセフは、豊作の期間中に食料を蓄え、飢饉に襲われた際には、自国のみならず周辺諸国に売れるほどの食料を備えました。

 さて、ヨセフの家族の暮らすカナンも飢饉に襲われました。兄たちは、父ヤコブと弟ベニヤミンを残して、エジプトに買出しに出かけました。ヨセフは兄たちだと気づいたのですが、兄たちは穀物を販売する監督がヨセフであるとは気づきませんでした。20年の年月が過ぎていたからです。ヨセフが、兄たちを敵の回し者だと言うと、兄たちはそれを否定し、カナンから食料を買いに来た者で、弟は亡くなったが、カナンに父と末弟がいると説明しました。ヨセフはその中の一人シメオンを投獄し、それが本当かどうかをしめすために末の弟を連れてくるようにと命じ、食料を与えて帰しました。

 食料がなくなると兄たちは、末弟ベニヤミンを連れて、再びエジプトを訪れました。ヨセフは、シメオンを獄から出し、彼らを自宅に迎え入れて食事をし、食料を与えて帰しました。しかしその際、執事に命じてベニヤミンの袋に銀の杯をいれさせ、帰路についた彼らのもとに執事を遣わし、盗みの罪でベニヤミンを捕らえて、奴隷にすると宣告しました。兄たちは、父ヤコブは弟ヨセフが亡くなった後、ベニヤミンをかわいがってきたので、末弟が帰らないと悲嘆のあまり死んでしまうと言って、ユダがベニヤミンの身代わりになると申し出たのです。ヨセフは、かつて自分を売った兄たちが、変えられたことを知り、ついに自分の身を明かしたのでした。

 

 「わたしはヨセフです。お父さんはまだ生きておられますか。」この言葉を聞いた時、兄弟たちは驚きのあまり声がでませんでした。ヨセフは、彼らを近寄らせ、もう一度「わたしはあなたがたがエジプトに売った弟のヨセフです。」と言いました。兄たちは、驚きとともに、自分たちの行った罪を覚えて恐れたのでした。それを感じ取ったヨセフは、「今は、わたしをここに売ったことを悔やんだり、責め合ったりする必要はありません。命を救うために、神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのです。」と言いました。そして、なお飢饉が5年間続くから、お父さんを連れてきて、エジプトのゴシェンの地域に住んでくださいと勧めました。こうしてヨセフは、兄弟たちと互いに抱き合って泣いたのでした。

 

 御言葉で、意味の取りづらい箇所がありました。それは7節の「残りの者」という言葉です。「神はわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのは、この国にあなたたちの残りの者を与え、あなたたちを生き永らえさせて、大いなる救いに至らせるためです。」(7)

「残りの者」とは、兄たちに捨てられた者、ヨセフのことです。神は、この「残りの者」によって、エジプトだけでなく、イスラエルを含む周辺諸国の人々を救うことを計画されたのです。ヨセフは、弟ベニヤミンを守るためならば自分が身代わりになってもよいと言う兄たちの悔い改めを知った時、自分を捨てた兄たちの罪を赦し、イスラエルのみならず全ての人々に救いと和解を実現してくださる神を讃えたのでした。「わたしをここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。」(8) さらにこの時、エジプトは、イスラエルに「最良のもの」(ゴシェンの地域)を与える国に変えられました。こうしてヨセフの家族は、新天地で暮らすこととなったのです。神はこの後、今度はイスラエルを「残りの者」とされます。例えば、バビロン捕囚の際、神はイスラエルを捨て、バビロンに遣わし、彼らを悔い改めに導き、神の恵み深さと和解を諸国の民に告げ知らせたのでした。

 

 ヨセフ物語を読んで私たちは、この物語が、大いなる「残りの者」、捨てられた御方イエス・キリストにつながることを思います。イエスは、神がこの世に遣わしてくださった御方です。しかし、父なる神がイエスを特別に愛されたことにおいて、世の人々はイエスを憎み、ポンテオ・ピラトに売り渡しました。神は、人々が捨てたイエスを救い主とし、人々の罪を赦してくださいますし、イエス・キリストは、人々をまことの兄弟姉妹としてくださり、新たにして御国へと招いてくださるのです。この和解と救いの恵みは、飢え渇きを覚えて救いを求めるすべての人に対して与えられるものです。 

 ヨセフは兄たちに言いました。「あなたがたはわたしに悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日のようにしてくださったのです。」(50:20) これがヨセフ物語のテーマであります。また、「主がヨセフと共におられ、ヨセフがすることをうまく計らわれたからである。」(39:23)と書かれていますが、これは旧約聖書全体のテーマです。この二つのテーマが、イエスにおいて実現するのです。イエスの別名は、「インマヌエル・神は我々と共におられる」(マタイ1:23)であります。イエス・キリストが共にいてくださるならば、私たちはキリストによって悪を善に変えていただき、「わたしをここに遣わしたのは神です」と言って、神の和解と救いのためにお仕えすることができるのです。

2021.9.5 聖霊降臨節第16主日     
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< 今 週 の 聖 句 >

十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。                         (コリントの信徒への手紙第一1章18節)

 

「十字架の言葉」     深見祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。                         

              (コリントの信徒への手紙第一1章18節)

 

            「十字架の言葉」        深見祥弘

 滋賀県に「緊急事態宣言」(8月27日~9月12日)が発出され、今、コロナ感染拡大第5波の大きなうねりの中にあります。私たちは、感染予防に努めておりますが、この波を乗り越えられるのかという不安や恐れをも覚えています。しかし主は、そのような私たちをこの礼拝の場に招いてくださり、御言葉によって慰めや励ましを与えてくださいます。

 6月に「100年前のパンデミック―日本のキリスト教はスペイン風邪とどう向き合ったのか」(富坂キリスト教センター編、新教出版社)が出版されました。以前、私はこれまで発行した「近江八幡教会史」にスペイン風邪に関する明確な記述はないとお話いたしました。このことは、日本のキリスト教界においても同様ですが、これに関する記述が全くないかというとそうではありません。少ない資料ではありますが、10名の方々が調査し、教会や信仰者がスペイン風邪にどう向き合ったのかを、この本で紹介しておられます。 

 「スペイン風邪」は、1918~1920年の3年間、世界的に大流行しました。世界で5000万~1億人、日本でも45万人が亡くなりました。(コロナは現在、世界で450万人、日本では1万6千人が亡くなる)コロナに比べてスペイン風邪は、桁違いの死者数ですが、教会の記録にどうして取り上げらなかったのでしょうか。まず外的な理由としては、第一次世界大戦中で報道が規制されていたこと、戦後は大不況となり米騒動が起こる状況であったこと、そして関東大震災の発生です。またキリスト教界の内的理由としては、この病いが教会の礼拝や集会に影響を与え、罹患し亡くなる教師・信徒のいる中で、教会や教団(私たちの教会は「組合教会」に属していた)が、教会の取り組むべき課題、また神学的・信仰的な課題としなかったことによります。すなわち、スペイン風邪に罹患することは個人のこととし、そうした中にあっても教会はどれだけ伝道に励んでいるか、何人集まり、受洗者が出たかを重要な課題と認識していました。それは、教会や教団が苦難にあっても、それを乗り越え伝道に励む姿を理想としたことを意味しています。(「100年のバンデミック」戒能信生、李元重、寄稿文引用・参照)

  今朝の御言葉は、コリントの信徒への手紙第一1章10~18節です。コリントは、アカイア州の首都、港のある交通の要所、そして女神アフロディテの神殿のある繁栄の町でありました。パウロは、第二伝道旅行でこの町を訪れ、一年半滞在し伝道しました。パウロは、紀元54年の春エフェソでこの手紙を書きました。内容は、コリント教会内に起こる諸問題に対し指示を与えるものでありました。

 1章で取り上げられている問題は、教会内に派閥ができて争いの起こっていることでした。「わたしの兄弟たち、実はあなたがたの間に争いがあると、クロエの家の人たちから知らされました。あなたがたはめいめい、『わたしはパウロにつく』『わたしはアポロに』『わたしはケファに』『わたしはキリストに』などと言い合っているとのことです。」(11~12)ここに出てくるパウロ派は伝道熱心な人たち、アポロ派は思慮深く雄弁な人たち、ケファ(ペトロ)派は伝統を重んじる人たち、そしてキリスト派は派閥を嫌う人たちです。パウロは自分も、アポロも、ケファも皆、キリストに召され、キリストの名によって洗礼を授けた者、キリストの十字架と福音を宣べ伝えた者であるのだから、私たちを召してくださったキリストにおいて、もう一度、一つになってほしいと指示を与えています。

 パウロは、コリントを訪れた時、衰弱していました。直前のアテネでの伝道で、自分の知恵を駆使して人々を説得し、信仰に導こうとして失敗したからです。パウロは、そんな状態でなされた伝道にもかかわらず、コリントの人々が信仰を得たのは、十字架の言葉による神の力が働いた結果であると考えました。「キリストがわたしを遣わされたのは、洗礼を授けるためではなく、福音を告げ知らせるためであり、しかも、キリストの十字架がむなしいものになってしまわぬように、言葉の知恵によらないで告げ知らせるためだからです。十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。」(17~18)

「十字架の言葉」とは何か、それは「十字架に架けられたイエスは、救い主である。イエス・キリストを救い主と信じる者は救われる」ということです。パウロは、コリントにおいて、伝道や教会の設立が人間の言葉や働きによってなされるのではなく、十字架の言葉、神の力によってなされることを知ったと書いているのです。

 しかし「十字架の言葉(十字架に架けられたイエスは、救い主である)」は、ユダヤ人にはつまずきとなりました。ユダヤ人は救いの確証として

しるしを求めましたが、十字架に救いの確証を見ることができず、つまずきました。彼らがしるしとして求めていたのは、凱旋のキリストであって、十字架のキリストではありませんでした。また、ギリシャ人にも「十字架の言葉」は、愚かなものに思えました。彼らは、人間の知恵によって神を探し求めていたからです。パウロは、彼らに、どんなにしるしを求めても十字架のキリスト以外のしるしは与えられないし、どんなに優れた知恵によって探し求めても、神を見出すことはできないと述べています。神は「世の無に等しい者」(28)を選んで「十字架の言葉」を伝えさせ、信じる者を救われるのです。

 

 「スペイン風邪」の流行の際、組合教会はその災いを個人のこととし、教会は何人集まり、何人の受洗者が出たかを重要な課題としたと申しました。教会は、教師や信徒の罹患に本当に無関心であったのかとの問いに対し「近江八幡基督教會略史」(1925年発行)にこんな記述を見つけました。「大正七年(1918年)一月十一日執事會を開き、組合教會本部より通告ありし昨年度の負坦金は五十六圓であつたが、當教會々計状態にては、四十五圓以上の負担は不可能につき、本部の担当者と協議の上四十五圓を納めし以後は其義務を免ぜられたき旨、承認を得ることに決した。ここに新町邊に住める中村某なる人あり、家計困難なるが上に病床に就きしが、つづいて其妻も病共に呻吟する身となり遂に二月二十一日に永眠したので、病夫は飢に泣く児を懐き、死體を前にして途方に暮れ居るよし聞き傳へ、執事佐藤ケイ子發起となり、早速寄付金を集め拾圓を得たるにより、井上執事それを携へて其家を見舞ひ親しく慰め、一家の為に祈を捧げて帰つた。」この教会員夫婦の病が、スペイン風邪であったか否かはわかりません。しかし、夫婦ともに病にかかり、まもなく婦人が亡くなったということですから、その可能性もあるかもしれません。この時、執事たちが寄付金を集め、慰めと見舞いに出かけていますので、教会が信徒の一人ひとりを大切にしていることがわかります。決して、教会はこの病を個人のこととして終わらせていたり、教勢至上主義に陥っていたわけではないのです。訪問した執事は、「十字架と復活のキリストは召された姉妹と共にいて、救いを与えてくださいます。また残された兄弟と幼子の上にも、慰めと守りを与えてくださいます。私たち教会はあなた方を覚えて祈り支えていきます」と伝えたのではないでしょうか。まさに執事は「十字架の言葉」を携えて訪問したのでありました。パンデミックの中にあって私たちも、「十字架の言葉」によって与えられる信仰と豊かな働きを共に覚え、主を讃えましょう。