≪次月 1月(2022)礼拝説教要旨 前月≫

2022. 1. 23    降誕節第5主日礼拝 
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< 今 週 の 聖 句 >

見よ、わたしは今日、命と幸い、死と災いをあなたの前に置く。わたしが今日命じるとおり、あなたの神、主を愛し、その道に従って歩み、その戒めと掟と法を守るならば、あなたは命を得、かつ増える。あなたの神、主はあなたが入って行って得る土地で、あなたを祝福される。

(申命記30章15~16節)

「御言葉はあなたの近くにある」 深見 祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

見よ、わたしは今日、命と幸い、死と災いをあなたの前に置く。わたしが今日命じるとおり、あなたの神、主を愛し、その道に従って歩み、その戒めと掟と法を守るならば、あなたは命を得、かつ増える。あなたの神、主はあなたが入って行って得る土地で、あなたを祝福される。

(申命記30章15~16節)

 

         「御言葉はあなたの近くにある」    深見 祥弘

 今日から教会学校は、子どもたちの礼拝を休むことにしました。これまでも、緊急事態宣言が出された時にはお休みにしましたが、今回そのように決めたのは、変異型ウイルス「オミクロン」が極めて感染力が強く、特にワクチン未接種の子どもたちの間に感染が広がっていることが理由です。滋賀地区の教会幼稚園や保育園の子どもたちや家族に感染者が出ていますし、近江八幡市内の小学校ではクラスターも発生しています。子どもたちに聖書のお話ができないことについて、いろいろな思いがありますが、第6波が落ち着くまでお休みすることにしました。

 

 御言葉は、旧約聖書・申命記です。この書は、ヘブライ語で「デバーリーム 」(言葉の意)と呼ばれます。1章1節の「モーセはイスラエルのすべての人にこれらの言葉を告げた。」に由来するものです。後に申命記がギリシャ語に訳されたときは「デューテロノミオン」(第二の律法)と呼ばれましたし、漢訳聖書では「申命」(重ねて命令する)と訳されました。

 イスラエルがエジプトを脱出し、40年に及ぶ荒れ野の旅を経て、約束の地カナンに入る直前のことです。それまで人々を導いてきたモーセが、ヨルダン川の東、モアブの地で告別説教をいたしました。それが申命記です。説教の内容は、出エジプト後の歩みの回顧、律法の解説、そしてカナンの地における生活への勧告です。

今朝読まれた申命記30章は、人々がヨルダン川を渡りカナンの地に入った後の生活について教える箇所です。30章16~17節をご覧ください。 「わたし(モーセ)が今日命じるとおり、あなたの神、主を愛し、その道に従って歩み、その戒めと掟と法を守るならば、あなたは命を得、かつ増える。あなたの神、主は、あなたが入って行って得る土地で、あなたを祝福される。もしあなたが心変わりして聞き従わず、惑わされて他の神々にひれ伏して仕えるならば、わたしは今日、あなたたちに宣言する。ヨルダン川を渡り、入って行って得る土地で、長く生きることはない。」

 モーセは、カナンの地において人々が主を愛し、律法を守るならば、命を得、子孫にも恵まれるなどの祝福をいただくことができると教えました。 また彼は、その戒めが自分たちの力が及ばないもの、遠く離れたもので、守ることが難しいとの思いをもつ人々に対して、「御言葉はあなたのごく近くにあり、あなたの口と心にあるのだから、それを行うことができる。」(14)と答えました。

  皆さんは、イスラエルの人々が額に小箱をつけている絵を見たことがあるでしょうか。今朝読んでいる申命記6章8節に「更に、これをしるしとして自分の手に結び、覚えとして額につけ」と書かれています。それは「テフィリン」と呼ばれるもので、小箱に革ひもがついていて、1つは左腕に巻き、もう1つは額に付けます。その小箱の中には、申命記6章4~5節の言葉、「聞け、イスラエルよ、我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」と書かれた羊皮紙が入れられています。また9節に「あなたの家の戸口の柱にも門にも書き記しなさい。」とありますが、これは「メズザー」と呼ばれるもので、家の入口の右側の柱に付けられている小さな円筒形の容器のことです。その容器の中にも申命記6章4~9節の言葉と11章13~21節の言葉が書かれた羊皮紙が入れられています。人々は、家を出入りするとき、手で「メズザー」に触れ、詩編121編8節の言葉「あなたの出で立つのも帰るのも 主が見守ってくださるように。今も、そしてとこしえに。」を口ずさみます。

 さらに6~7節には、「今日わたしが命じるこれらの言葉を心に留め、子供たちに繰り返し教え、家に座っているときも道を歩くときも、寝ているときも起きているときも、これを語り聞かせなさい。」とあります。モーセは、カナンの地での生活が始まったら、子どもたちに、時を選ばずに、主は唯一の主、心を尽くし、主を愛せよと教えよと命じました。モーセが教える戒めとは、主を愛することであり、この戒めの言葉を腕や額、門柱など身近に置くことで、また子どもたちに教えることで、御言葉を行うことができると教えたのでした。

 もう一つ覚えたいのは、「見よ、わたしは今日、命と幸い、死と災いをあなたの前に置く。」(15)という言葉です。モーセは人々に対して「今日」がいかに大切であるかを知りなさいと言っています。彼は、これから様々な出来事に直面するであろうけれど、惑わされて他の神々にひれ伏し仕えるようなことのないように、一日一日を大切にし、「命を選び」(19)なさいと勧めます。

 

ある時、イエスのところに律法学者が来て、律法の中でどの掟が最も重要でしょうかと尋ねました。イエスは、申命記6章5節「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」これが最も重要な第一の掟であると答え、さらにレビ記19章18節の「隣人を自分のように愛しなさい」これも重要であると答えました。イエスはこれ以外にも、荒野でのサタンの誘惑の場面で、申命記8章3節「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と答えてサタンの誘惑を退けました。

イエスは、「言」(ヨハネ福音書1:1)として来てくださいました。旧約時代イスラエルの人々にとって、神とその戒めは遠いものでありました。しかし、神の子であり言であるイエスの到来によって、人々にとって神と言はごく近いものとなりました。人々はこのイエスを愛し、この教えに従うことで、日々命と幸いを得ることのできるようになり、来るべき日、御国に入れられるという希望が与えられたのです。

 

 「見よ、わたしは今日、命と幸い、死と災いをあなたの前に置く」(15)

主は、私たちの前に、命と幸い、死と災いを置かれました。にもかかわらず私たちは、根拠もなく、今日も一日無事に過ごせるだろうと思っています。朝元気に出かけて行っても、夕にはなきがらとなって帰ってくることもあるのです。モーセはそうした私たちの一日一日であることを覚えて、「あなたは命を選び」なさい、「主を愛し、御声を聞き、主につき従いなさい。それが、まさしくあなたの命である」(申命記30:20)と人々に遺言するのです。

 モーセは、来るべき御方(イエス・キリスト)の到来を指し示す者でありました。私たちは、神が与えてくださった言でありインマヌエル(神は我々と共にいます)であるイエスを救い主と信じ、この主に仕え従うことで、今日、「命と幸い」を選ぶことができます。一日元気に過ごすことができるなら幸いですし、たとえなきがらとなったとしても、それは御国に迎え入れられ永遠の命をいただく祝福の時となります。イエスは、私たちのごく近くにいてくださいます。コロナ禍にあり、命と死、幸いと災いが私たちの前に置かれていますが、イエスこの御方を選ぶことで、私たちは、今日も平安と希望を見出すことができるのです。

2022. 1. 16    降誕節第4主日礼拝 
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< 今 週 の 聖 句 >

イエスはそこを立ち去って、ティルスの地方に行かれた。ある家に入り、だれにも知られたくないと思っておられたが、人々に気づかれてしまった。汚れた霊に取りつかれた幼い娘を持つ女が、すぐにイエスのことを聞きつけ、来てその足もとにひれ伏した。(マルコよる福音書7章24~25節)

「 どこででも・・・ 」  仁村 真司教師

< 今 週 の 聖 句 >

イエスはそこを立ち去って、ティルスの地方に行かれた。ある家に入り、だれにも知られたくないと思っておられたが、人々に気づかれてしまった。汚れた霊に取りつかれた幼い娘を持つ女が、すぐにイエスのことを聞きつけ、来てその足もとにひれ伏した。(マルコよる福音書7章24~25節)

「 どこででも・・・ 」         仁村 真司

「まず、子供たちに十分に食べさせなければならない。子どもたちのパンを取って、小犬にやってはいけない」(15節)。イエスは幼い娘に取りついた悪霊を追い出してくださいと願うシリア・フェニキア生まれのギリシア人女性にこう言っているのですが、どういうことでしょう・・・。

今日の箇所の並行記事がマタイ福音書15章21~28節にあります。女性が「カナンの女」になっていたり、その他にもいろいろな違いがあるのですが、イエスは「子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない」の前に「わたしはイスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」(マタイ福音書15章24節)と言ったとされています。

・・・とすると、「子供たち」とは「イスラエルの家の失われた羊」、即ちユダヤ人のこと、「小犬」とはユダヤ人以外、異邦人のこととなります。

これはマタイ福音書を書いた人たちはそう考え、そう伝えているということなのですが、マルコ福音書の方も多くの場合同じように、ギリシア人もカナンの女も「異邦人」ですから、受け止められて来ました。

15節前半の「まず、子供たちに十分に食べさせなければならない」。マタイ福音書ではここは削られていますが、「まず」ということから「最初にまず神に選ばれたユダヤ人、それから異邦人という救いの順番(救済史的順序)が示されているのであって、異邦人も信仰によって救われる」とマルコは(も)この物語によって伝えているのだということです。

1)

救いに順番があるのだとしても、結局はだれもが救われる(可能性がある)ということにはなるのですが、「まず子供たち」が「まずユダヤ人」ということならば、イエスはユダヤ人以外の人々を「小犬」と犬呼ばわりして平気なユダヤ人優越意識の持ち主だったということになります。

ですが、「わたしはイスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」というのは、イエスのではなく、マタイ福音書を書いた人たちのユダヤ人優越意識、ユダヤ人中心主義の現れです。

神の子、キリストが、ユダヤ人だ異邦人だと人を分け隔てするとも思えませんが、イエスはガリラヤの人です。ガリラヤの人たちは日常的に、当たり前に、ユダヤ人以外の人たちとも接して暮らしていました。また、ガリラヤの人たちはエルサレムを中心としたユダヤ教社会の中で、ユダヤ人でありながらも異邦人に近いものとして差別されていました。

そのようなガリラヤの人であるイエスが、イエスではなくてもガリラヤの人が、ユダヤ人でなければみんな同じ、異邦人で犬呼ばわり・・・というようなユダヤ人優越意識、ユダヤ人中心主義を持っていたか・・・持っていなかった、持とうにも、持てなかったと考えるのが普通です。

2)

物語の始まりを見てみましょう。24節、「イエスはそこを立ち去って、ティルスの地方に行かれた。」この後です、「ある家に入り、だれにも知られたくないと思っておられたが、人々に気づかれてしまった。」ここもマタイ福音書では削られていますが、イエスは家の中で一人、だれにも知られたくないと思っていた。このことが、「まず、子供たちに十分に食べさせなければならない。子供たちのパンを取って、小犬にやってはいけない」という言葉になったのではないでしょうか。

つまり、「子供たち」とは何か、「小犬」とは何のことか等と考えてみても仕方がなくて、本当に必要としている人に与えられなければならないということだと思います。

イエスはだれにも知られずに一人で静かな時を持つ、休息の時と言ってもいいでしょう、これを必要としていた。その時間、時を他のだれかが取上げる、持って行ってしまうのは良くないということだと思います。

マルコは、イエスが多くの人たちと、いかに親しく、深く関わったのか伝えていますが、一人で寂しい所に行き、時に弟子たちなどの限られた人たちとだけ一緒に、静かな時を持っていたことも伝えています(例えば1章35節「朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた」)。そうしてまた、人々と関わって行く・・・。

静かな時、休息の時、イエスは自分の所にやって来る、殺到する、多くの様々な人々に対して消極的になっているのではなく、静かな時、休息の時は、積極的、精力的に関わって行く、関わり続けることに結び付いていた、そのために必要だったということです。

娘に取りついた悪霊を追い出して欲しいと願う女性は、断られた、拒絶されたとも受け取れる「子供たちのパンを取って、小犬にやってはいけない」という言葉も含めて全面的に、イエスの全てを信頼した。そして、だからこそ、願った。「主よ、しかし、食卓の下の小犬も、子どものパン屑はいただきます」にはそのことが現されています。

3)

イエスとこの女性との関わりは、イエスの服に触れて癒された女性との関わり(5章25~34節)と似ている、重なると思います。

十二年間出血の止まらなかった女性は「この方の服にでも触れればいやしていただける」と思って後ろから、ということはイエスが知らない内に、「いやしてください」とも何も言わずに、イエスの服に触れて癒されます。女性はユダヤ人ですから、律法の規程によって汚れた状態にあるとされ、触れたものも、触れた人もすべて汚れるとされていた。だからとんでもないことをしたことになるのですが、イエスは「娘よ、あなたの信仰(信頼)があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい」と言います。

この言葉は、29節の「それほど言うなら、よろしい・・・」という訳はよろしくないです、「その言葉で十分である(口語訳、聖書協会共同訳)。行きなさい。娘さんから悪霊は出て行った」、これと、全く・・・と言っても言い過ぎではないと思います、同じことです。

癒しを求め、深い信頼を持ってイエスのもとに来た人に、イエスは癒した後、暖かく、もう大丈夫と言うように、「行きなさい(お帰りなさい)」と言って、その人を送り出します(他に2章11節、10章52節)。

今日見て来た物語は、異邦人も救われるとか、異邦人だからどうだこうだという話ではなく、イエスのもとを訪れた一人の女性のイエスへの深い信頼によってその娘が癒され、女性自身も救われたという奇跡物語です。

ただ、マルコはシリア・フェニキアの女性がギリシア人であったとわざわざ記しているのですから、これによって何かを示しているのも確かです。

もう一度物語の始まり、24節を見てみましょう。「ある家に入り、だれにも知られたくないと思っておられたが、人々に気づかれてしまった。」

ここは、「だれにも知られたくないと思っていた。が、しかし・・・」ということではないんです。「だれにも知られたくないと思っていた。そして(人々にではなく、このギリシア人の女性に)気づかれた、知られた」とマルコは書いています。

つまり、どこにいても、一人でいたいと思って隠れていても、やっぱり、イエスを求める人は気づいて、知って、やって来る。そしてイエスはその一人一人と、ユダヤ人だろうと異邦人だろうと、だれだろうと、親しく、深く関わって行く・・・。

どこででも、だれに対しても、イエスはイエス。キリスト、救い主なのだ。これが今日の物語によってマルコが伝えていることだと思います。

2022. 1. 9    降誕節第3主日礼拝 
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< 今 週 の 聖 句 >

この方は、水と血を通って来られた方、イエス・キリストです。水だけでなく、水と血によって来られたのです。そして、霊はこのことを証しする方です。        (ヨハネの手紙第一5章6節)

 

「御子に結ばれる人には命がある」 深見祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

この方は、水と血を通って来られた方、イエス・キリストです。水だけでなく、水と血によって来られたのです。そして、霊はこのことを証しする方です。               (ヨハネの手紙第一5章6節)

 

        「御子に結ばれる人には命がある」    深見祥弘

 今日は、主イエスの洗礼と公生涯の始まりを覚える主日です。

この日の聖書日課の1つは、マルコ1章9~11節です。

ここには、イエスがガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼をうけたこと、イエスが水から上がると天が裂けて霊が降ったこと、そして天から「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」との声があったことを書いています。

もう一つの聖書日課は、ヨハネの手紙第一5章6~9節です。

ここには、イエス・キリストは「水と血を通って来られた方」と書かれています。水はイエスの洗礼、血は十字架の死のことです。イエスが洗礼を受けたとき、天より父なる神の心に適う者(十字架の主)との宣言がなされて、そこからイエスの公生涯が始まりました。そしてイエスが、十字架で血を流すことによって、その宣言を実現されたのです。

 

 清水安三先生は、桜美林学園の創立者です。滋賀の生まれで、ヴォーリズさんとの出会いによって信仰に導かれ、同志社の神学生の時には、わたしたちの教会で臨時伝道師(1914.6~12)として働きをしてくださいました。

あるとき先生は、桜美林学園のチャペルで「神さま、わたしにもっと苦労させてください。」と祈られました。この祈りを聞いた学生が、後にこんな詩を作っています。題は「チャペル」です。

「『神さま!私にもっと苦労させてください!』私はいつもこう祈ります。高校生の時 チャペルで聞いた 清水安三学園長のお話 あえて『苦労させてください』と祈る人などいるのだろうか・・・その時の私は 聞き違いだろうと 問いただすこともしなかった 大人になって 家庭を持って子育てをして 苦しみや悲しみに出会うたび 神さまの愛を語って下さった 安三先生のお声が 励ましの言葉となって 私の心に響いてくる」

(原ひろこ作、信徒の友掲載、2006.1)

 原さんは、高校生の時、清水先生のこの祈りが心に残りました。卒業後、姉妹は苦しみや悲しみに出会うたびに、先生の祈りが、励ましの言葉となって心に響いてくることを体験しました。その体験によって、学生の時にはわからなかったことでしたが、清水先生はこの祈りによって苦しみや悲しみを体験している人を理解し、共にあろうとしておられたのではないかと思うようになりました。さらに先生は、苦難と十字架の主イエスを理解し、共にあろうとしておられたのではないかとも思うようになりました。信仰者となった原さんは、自分がイエスを理解するために、また隣人と共にあるために、「神さま!私にもっと苦労させてください」と祈るようになったのです。

 

 今朝の御言葉、ヨハネの手紙第一は、ヨハネ福音書が書かれた後、一世紀末~二世紀初め、ヨハネの信仰を継承するヨハネ教団に属する人々によって書かれました。この頃、教会はグノーシス主義の影響を受け、混乱の中にありました。グノーシス主義の影響を受けた人々は、イエスはただの人間であったが、洗礼の際にこのイエスにキリストが臨み、キリストとして活動した。しかし、十字架の直前に、キリストはイエスを離れたと主張しました。この主張に対し、ヨハネ教団の人々は、イエスは神の子であり、水と血の両方を通った御方である、神の御子が人として世に来てくださり、人の罪を負い、十字架の死によってその罪を贖ってくださった、霊がこのことを証ししていると、手紙に書きました。

 6節に「そして、霊はこのことを証しする方です。霊は真理だからです。」とあります。聖霊の本来持っている性質は証しをすることです。なぜなら聖霊は真理(神の御旨、計画、願い)であるからです。聖霊は、神の御子イエスの洗礼と、十字架の死に込められている神のご計画を明らかにするために来られました。五旬祭の日、使徒たちに聖霊が降ると、彼らは水と血を通って来られた方であるイエスを、キリスト(救い主)と証ししました。聖霊降臨によって使徒たちは、内に聖霊を宿すようになり、イエスが神の子キリストであることを告白するようになったのです。イエス・キリストの洗礼と十字架の死、そして聖霊の三つは、信じるすべての人々に、イエス・キリストによる救い(神の御旨、計画)を証しするのです。

 

 以前、「信徒の友」にこんな短歌が載っていて、胸が痛くなりました。「説教と我が心に距離ありて 礼拝の帰路の足どり重し」 皆さんも経験されたことがあるかもしれません。ところで「いい説教ですね」と言われる説教の作り方というのがあります。それは聞いている人々の思いに、神さまの御言葉を重ね、あたかもそれが神さまの御旨であるかのように装って語ることです。でも説教者は、評価されたいとの誘惑に負けて、それをしてはいけません。神さまの思いや言葉を語ることに徹しなければなりません。いつも神の御旨と説教者の思いに距離があることを覚えながら、準備をいたします。説教者は自分に宿っている聖霊が、自らを神さまの福音を語るにふさわしい器としてくださり、用いてくださることを願いながら語るのです。私が働きを始めたのは、1982年4月ですから、今年でちょうど40年になります。年間、主日礼拝で説教を50回奉仕させていただくとして、40年で2000回となりますが、神の御旨を語るということでは全敗です。「説教と我の心に距離ありて 礼拝の帰路の足どり重し」これは、まず説教者の思いであります。同時にこれは、説教を聞く皆さんの思いでもあります。聞く説教(神の言葉・御旨)と皆さんの心の間に、距離があります。皆さんも、聖霊がその距離を整えてくださり、聖霊と水と血が神の証しを聞かせてくださるように、また自らに宿る聖霊がイエスを主と告白させてくださるように祈りながら、礼拝に臨んでいただければ幸いです。さらに説教者と聞く皆さんとの距離を聖霊が整えてくださり、語ることと聞くことをもって、神にお仕えする礼拝のできることを願っています。

 

 清水安三先生は「神さま!私にもっと苦労させてください。」と祈られました。またゲッセマネでイエスは「わたしの願いどおりではなく、御心のままに」(もっと苦労させてください。御心である十字架に導いてください)と祈られました。すなわち清水先生もイエスさまもこの時、神の御旨と自分の心に距離を感じ、聖霊によって御旨を語り行うのにふさわしく整えられて、神を証しすることができるようにと祈られたのです。

 「わたしの願いどおりではなく、御心のままに」、このイエスの祈りは、父なる神の救いの計画を理解し、実現することを願うものでした。私たちは、誘惑や試練を経験します。イエスはそんな私たちのために「わたしにもっと苦労をさせてください、御心のままに」と祈り、十字架によって神の救いを実現してくださいました。私たちは、聖霊がわたしたちの内に宿り、「イエスは主です」との告白と証しに導いてくださる恵みに感謝いたします。この告白と証しによって、私たちは御子に結ばれ、永遠の命をいただくことができるのですから、私たちも「神さま!私にもっと苦労をさせてください」と祈り、御子イエスに結ばれ、隣人に結ばれる日々を過ごして行きましょう。御子に結ばれる人には命があります。

2022. 1. 2     新年礼拝 降誕節第2主日 
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< 今 週 の 聖 句 >

イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」

         (ルカによる福音書2章49節)

 

 「神の子イエスの居場所」    深見 祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」

                   (ルカによる福音書2章49節)

 

          「神の子イエスの居場所」      深見 祥弘

 新年あけましておめでとうございます。主の年2022年を迎えました。

神の子イエスの誕生、すなわち神の救いの歴史が始まった時から数えて、2022年の年です。わたしたちの思いを越える救いの営みが今年も進められてゆきます。

 

 今朝のみ言葉は、ルカによる福音書2章41~52節です。ここにはイエスが、宮もうでに出かけた時のことが書かれています。12歳になった正月、イエスは両親と一緒にガリラヤのナザレから都エルサレムに出かけました。42節に「イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。」と書かれています。ユダヤの律法では成人は、三つの祭り(過越祭、五旬祭、仮庵の祭り)に宮もうでをすることを定めていました。ただエルサレムから離れた地に住む人々は、ユダヤの新年に行われる過越祭に出かけました。またユダヤの父母は、成人前のわが子を過越祭に同行させて、祭りの儀礼を学ばせておりました。ユダヤの成人は13歳ですので、ヨセフとマリアもこの慣習に従い、12歳のイエスを巡礼に連れていったのです。

 さて祭りも終わり、巡礼の一団が帰路についた時、イエスはまだ都に留まっていました。しかし両親は巡礼の人々の中にわが子がいると思い、一日分の道を行ってしまいました。遠方から宮もうでをする人々は、道中の安全のために隊を組んで行動しましたので、ヨセフとマリアも、親類や知人の人々と出かけました。都を出発して一日行ったころ、両親はイエスがいないことに気づき、親類や知人の間を捜しましたが見つかりません。二人はイエスを捜しながら道を引き返し、とうとう都に戻ってきました。都に戻った二人は、わが子の行きそうな所や思い当たるところをいろいろと捜しましたが、見つけることができません。そして都に戻って三日後、ようやく神殿の境内で、学者たちの真ん中に座り話を聞いたり、質問をしたりしているわが子を見つけました。イエスと学者たちのやり取りを聞いていた人々は、イエスの賢さに驚いていました。ヨセフとマリアもわが子を見て驚きました。しかしその驚きは、イエスが神殿にいたこと、また学者たちを相手に質問をするなどしていたことによるものでした。マリアは「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」と強い口調でイエスをしかりました。ところがイエスは「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」と答えました。けれども、この言葉の意味するところが両親には分かりませんでした。

その後、イエスは両親とともにナザレに帰り、両親に仕えて暮らしました。

マリアは、イエスの言葉の意味が分かりませんでしたが、この時のことをすべて心に納めていました。

 

 12年前、天使ガブリエルがあらわれ「あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。この子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。」(ルカ1:31~32) とマリアに告げました。マリアもまた「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」(同1:38)と答えました。でも その後ヨセフとマリアは、12年間イエスをわが子として育ててきました。そのことでいつの間にか二人の内には、イエスはわが子、常に自分たちの思いの範囲の中にいる子、いつも自分たちに従って来る子だと思うようになりました。しかし成人前、12歳のイエスは、ヨセフとマリアという地上の父母と共に、天の父をも覚えるようになり、この二人の父(父母)に仕える準備を始められたのです。

 

 わたしたちは、信仰生活をしておりますと、御子イエスが自分たちの思いの範疇におられ、同じ方向にすすんでいると思うようになります。主イエスに従いますと言うのですが、本心ではそのようには思っていないのです。ですからわたしたちが主イエスの姿を見失ったとき、自分の範疇を捜しまわり、思ってもみなかったところに主を見出すならば、「なぜこんなことをしてくれたのです」といらだち、怒ってしまいます。マリアのように「すべてを心に納める」ことはなかなか難しいことです。

 御子は、そんなわたしたちを父なる神のもとに導き、父なる神の思いや

ご計画を明らかにしてくださいます。かつて、イスラエルの民は、神を忘れて他の神々に寄りたのみ、自らの思いを実現しようしました。そしてその結果、ユダの都エルサレムからバビロンの捕囚民となったのです。それなのに人々は、「主はわたしを見捨てられた わたしの主はわたしを忘れられた」(イザヤ49:14)と嘆きました。しかし、神は民を忘れることは決してなく、「主は母の胎にあるわたしを呼び 母の腹にあるわたしの名を呼ばれた。」(イザヤ49:1) とあるように、ペルシャ王クロスを生まれさせ、バビロンにいた人々を都エルサレムに導き、神殿を再建されたのです。

また時を経て、神はマリアの胎の子を呼び出して御子イエス・キリストを生まれさせ、世界中の信じる人々を神殿に導き、救いの計画の実現を明らかにされたのでありました。

 

 日本キリスト教協議会(NCC)議長、吉高 叶(かのう)先生が、機関紙「オイクメネー」にクリスマスメッセージを寄せておられます。

「聖書は、救い主のこの世での居場所のことについて、このように短く報告しています。一枚の布と家畜の餌箱だったと。・・・人間が救い主のために居場所を用意できないでいるにもかかわらず、救い主はお生まれになられます。救い主は、自ら居場所を選び、いいえ、おおよそ居場所に無いところに居場所を設けられるのです。そして新しい命となられる。それは、冷え切ったようなところに愛を芽生えさせ、関係が破壊されているところに平和が芽生え始めることを意味しています。絶望の淵にこそ、希望は自ら居場所をつくり、その光を放ち始めるということです。『思わぬ場所』に生まれるキリストと、私たちは出会うことができるでしょうか。」

 今朝の説教題は、「神の子イエスの居場所」といたしました。イエスは、ベツレヘムの飼い葉おけを「居場所」としてきてくださいました。ヨセフとマリアにとっては、宿屋から排除されたことによって生じたこと、思わぬところであった馬小屋での誕生でした。羊飼いたちも主の天使の知らせがなければ、東の国の博士たちも星の導きがなければ、見出すことのできない場所を「居場所」とされたのでした。イエスはその後12年間、さらには公生涯までの期間、辺境の町ナザレを「居場所」とされました。さらに宣教を始めた主イエスは、異邦人の町と言われているガリラヤのペトロの家を、そしてベタニアの重い皮膚病の人シモンの家を「居場所」とされました。また、エルサレムのゴルゴタの十字架と墓を「居場所」となさったのです。

 イエスは神の家である教会に、またわたしたちと共にいて仕えてくださいます。わたしたちの思いが及ばないところに、イエスは「居場所」をおつくりになられ、愛と平和を芽生えさせてくださるのです。わたしたちが、救い主イエスを捜し求め、その「居場所」を見出すことは、大いなる神の救いの恵みを知るすばらしい時です。  God Bless  You!