≪次月 7月(2022)礼拝説教要旨 前月≫

2022. 7. 31  聖霊降臨節第9主日礼拝
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旅には杖一本のほか何も持たず、パンも、袋も、また帯の中に金も持たず、ただ履物は履くように、そして「下着は二枚着てはならない」と命じられた。               

(マルコによる福音書6章8~9節)

 

「 人々のもとへ 」    仁村 真司教師

旅には杖一本のほか何も持たず、パンも、袋も、また帯の中に金も持たず、ただ履物は履くように、そして「下着は二枚着てはならない」と命じられた。               

(マルコによる福音書6章8~9節)

 

「 人々のもとへ 」          仁村 真司

イエスは十二人の弟子たちを、二人ずつ組みにして遣わすに際して、杖一本の他には何も持たず、ただ履物は履くようにと命じます。

 弟子たちの出発は日中の厳しい暑さを避けて、夕方近くだったのではないかと思います。

 夕暮れ時、陽が傾き始めた荒野を、質素な、貧しい身なりの弟子たちが、二人ずつ目指す村へと歩いて行く、そんな情景が浮かんできます。

 今日の箇所の並列記事はマタイ福音書にもルカ福音書にもありますが、伝道者の清貧、禁欲と言いますか、そういう伝道者の在り方や伝道の仕方、モデルと言うかスタイルと言うか、そういうことを教えている、よくそのように受け取られています。マタイとルカの方も見ておきましょう。

 1)

 マタイ福音書10章には「イエスは十二人を派遣するにあたり、次のように命じられた」(5節)、「帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。旅には袋も二枚の下着も、履物も杖も持って行ってはならない。働く者が食べ物を受けるのは当然である」(9・10節)とあります。

 ルカ福音書には並行記事と言えそうな箇所が二つあります。まずは9章1節~。「イエスは十二人を呼び集め・・・遣わすにあたり、次のように言われた。『旅には何も持って行ってはならない。杖も袋もパンも金も持って行ってはならない。下着も二枚は持ってはならない。』(~3節)

 もう一つは10章1節~です。こちらでは、(十二人ではなく)七十二人が任命され、二人ずつ遣わされるのですが、それに際してイエスは「財布も袋も履物も持って行くな」(4節)と言ったとされています。

マタイでは履物も杖もダメ、持って行ってはならない、ルカの場合も結局は履物も杖も、その他もろもろ持って行ってはいけないということです。

いずれも「杖一本のほか何も持たず(杖一本は持って行っても良い)・「ただ履物は履くように」というマルコよりも清貧ということなのか、禁欲ということなのか、よくわかりませんが、厳しくなっていて、徹底されているようにも思えますが、これはどういうことなのでしょう。

「マルコは手緩い、甘い、不十分」、そんなふうに考えてマタイもルカもより厳格・厳密にすべく書き換えた・・・ということではないと思います。

マタイもルカも、それぞれの福音書を記すのにマルコ福音書を直接的に参考にしているのは間違いありませんが、マルコ福音書とは別にもう一つ、マタイとルカが共通して参考にしていた資料があったと考えられます。

それで、話がややこしくなって申し訳ないのですが、イエスが弟子たちを二人ずつ組みにして派遣するという話は、マルコ福音書にも、それとは別にマタイとルカが参考にしていた資料にもあって、そこでは財布も袋も杖も履物も持って行ってはならないとなっていたのでしょう。そして、その別資料の記述をマタイもルカも採用したということだと思います。

 2)

では、マタイとルカが伝える「財布も袋も杖も履物も持って行ってはならない」、これとマルコが伝える「杖一本のほか何も持たず(杖一本は持って行っても良い)」・「ただ履物は履くように」。これらはどう違うのか、何が違うのか・・・。それとも程度が多少違うだけで、清貧とか禁欲とか、何にしても基本的には同じ事を言っているのか・・・。

「財布も袋も杖も履物も持って行ってはならない。」これはユダヤ教の神殿の聖域に入る際の規則、神殿奉仕者のスタイルだそうです。マルコ福音書が最古の福音書だと言っても、それよりもずっと以前から定められていたことだと考えられます。

そして、マタイとルカが共通して参考にしていた別資料では、イエスの言葉とこのユダヤ教の規則、神殿の聖域に立ち入る際のスタイルが結び付けられて、イエスが弟子たちを派遣する際に「財布も袋も履物も持って行ってはならない」と言ったとされていたのだと思います。

それと、その後にマタイが記している「働く者が食べ物を受けるのは当然である」(10章10節)。これは世俗、俗世間から離れて自分たちだけの厳格な宗教共同体生活、修道生活・隠遁生活と言いますか、そういうことを行っていたユダヤ教のグループ(「クムラン教団」、エッセネ派?)の「合言葉」、ですから「働く者」とは日々の生活のために働く一般の人々のことではありません。厳しい修行をしたり、厳しい規則に従った生活している自分たち、「神の前で正しい者」が食べ物を受けるのは当たり前だ、元々はそういう趣旨の言葉です。こういうことは自分たちは特別、他の人たちとは違うという意識がないと中々言えないものです。

ということはつまり、マルコ福音書とは別の資料も、主にそれを採用しているマタイもルカも、弟子を派遣するに際してのイエスの言葉を観念的、抽象的に受け止め、キリスト教の宣教・伝道を行なう者の清貧や禁欲、「聖なるスタイル」を示すものとして伝えているということになります。

ここで言われている、何も持たない、質素な、貧しい身なりは普段の恰好ではなく、「神聖な場」に赴く、あるいは「神聖な役割」を担う、「神聖な働き」を為す際の「正装」です。実際に荒野を歩くことなど考えていないので杖も履物もなくても何ら問題はない訳です。

 3)

このような受け止め方に対して、そうではない、イエスはそんな「聖なるスタイル」、恰好の話をしているのではない。本当に荒野を歩いて行くことを言っている。マルコはそう受け止めています。

 荒野は、砂原ではなく、岩場が多いそうです。山あり谷あり、多くが岩場で、毒蛇が出て来たり、野獣と出くわすかもしれない。だから、杖一本ぐらいは持って行きなさい、履物は履いて行きなさいということです。

そして荒野、険しい道程の先にあるのは、限られた人しか立ちいれない神殿の聖域だとか、自分たちは(自分たちだけが)神の前で正しい、特別だとする人たちがいる「神聖な場」ではありません。人々の日常の場です。

今日の箇所の始めの7節に「そして、十二人を呼び寄せ、二人ずつ組にして遣わすことにされた。その際、汚れた霊に対する権能を授け」とあります。イエスは弟子たちにまず、「杖一本持って行きなさい」・「履物は履いて行きなさい」と言う前に、汚れた霊に対する権能を授けています。

そして今日の箇所の終わりの13節、「(弟子たちは)多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人をいやした。」

「汚れた霊に対する権能」とは、苦しんでいる人々と一緒にいる力、人々と深く関わる力のことではないかと思います。イエスは弟子たちを、そして今イエスに従う、従おうとしている私たちをこのように、必要なものを持たせて、遣わしているということです。

ただ、今の私たちが履物は勿論履いて行くとして、本当に杖一本の他に何も持たず荒野を歩いて行くということはないのですから、マルコが伝えるイエスの言葉も、マタイやルカが伝えているのと同じように観念的に、精神的な事柄、「心構え」として受け止めて行くしかないのではないか・・・。

ですが、それではやっぱりスタイルや恰好の話になってしまいます。

人々のもとへ赴き、人々と親しく深く関わる、これは抽象的なことではなく、イエスが実際にしていたことです。そしてイエスが私たちを遣わしているということは、イエスが今も私たちの傍らに立ち、具体的に、実際に導いているということです。

2022. 7. 24  聖霊降臨節第8主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

そこでイエスがお尋ねになった。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「あなたは、メシヤです。」

      (マルコによる福音書8章29節)

 

 「未熟な信仰告白」    深見 祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

そこでイエスがお尋ねになった。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「あなたは、メシヤです。」

                 (マルコによる福音書8章29節)

 

            「未熟な信仰告白」       深見 祥弘

 今朝の御言葉マルコ福音書8章22~30節には、イエスが「ベトサイダで盲人をいやす」話と「ペトロの信仰告白」について書かれています。

 イエスと弟子たちは、ガリラヤ湖北部の村ベトサイダに到着しました。

人々はイエスを見ると、盲人を連れて来て、触れて癒していただきたいと願いました。しかし、彼らはこの盲人への愛から、そうしたのではなく、イエスが救い主か否かを判断しようと、しるしを求めてそうしたのでした。

そのことに気づいたイエスは、盲人を村の外に連れ出すと、その目に唾をつけ、両手をその目に置いて、「何か見えるか」とお尋ねになられました。この人は、「木のようですが、人が見えます。歩いているのが分かります。」と答えました。そこでイエスは、もう一度両手をその目に当てられると、今度は、何でもはっきりと見えるようになりました。イエスは、「この村に入ってはいけない」と言って、この人を家に帰したのでした。

 この盲人は、イエスの二度の手当てによって癒されました。最初の手当てでは、ぼんやりと見えるようになり、二度目の手当てで、はっきりと見えるようになりました。マルコ福音書8章全体に書かれている出来事を見てみると、この二度の手当てが、この章の大切なメッセージになっていることに気づかされます。

 8章1~10節には、四千人の人々が七つのパンと少しの魚で満腹した話が書かれています。イエスが世の全ての人々に、豊かな養いを与える救い主であることを示しています。 次に11~13節には、ファリサイ派の人々が、イエスに対して救い主であるしるしを示してみよと、議論をしかけたことが書かれています。また14~20節には、舟の中でイエスが、「ファリサイ派の人々のパン種とヘロデのパン種によく気をつけなさい」と戒められた言葉を聞いて、パンを一つしか持って来ていない事を責めておられると誤解した弟子たちが、論じ合いました。イエスはそれに気づき「まだ、分からないのか。悟らないのか。目があっても見えないのか。」と言われました。一つのパン(主イエス)によって、豊かな養いが与えられることを「まだ悟らないのか」と言われたのです。このとき弟子たちは、イエスがどのような御方なのか見えていなかったのです。そして22~26節には、イエスがベトサイダでの盲人を癒した話が書かれ、27~30節には、ペトロの信仰告白が書かれているのです。

 盲人を癒した後、イエスと一行は、フィリポ・カイサリア地方に出かけました。途中、イエスは弟子たちに「人々は、わたしのことを何者だと言っているのか」と問いました。弟子たちは、「洗礼者ヨハネだ」と言っています。「エリヤだ」という人も「預言者の一人だ」という人もいますと答えました。イエスは、「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか」と尋ねると、ペトロが「あなたは、メシアです」と答えました。イエスは、そのことを誰にも話さないようにと、弟子たちを戒められました。

 

 ペトロは、「あなたは、メシヤです」と信仰告白をしましたが、彼はイエスについて、ぼんやりとしか理解していませんでした。彼は、イエスをエルサレムに入城する凱旋の王・救い主だと思っていたのです。

この後、イエスは御自分が多くの苦しみを受け、殺され、三日目に復活すると予告されますが、その際、ペトロはイエスをわきにお連れしていさめています。イエスは、ペトロたちがはっきりと理解するために、苦難を受け、十字架にかかり、復活するのだと予告されました。それは、イエスが、盲人の手を取って村の外に連れ出し癒してくださったように、ご自分のことを理解していない弟子たちの手を取って、十字架に向かわれるためでした。その際、弟子たちに対して、自分の十字架(見えると言い、しるしを求める)を負うて従ってくるようにと求められました。そしてついにイエスが十字架にかかり、復活されると、弟子たちは、この御方が自分たちの救い主であることがはっきりと分かったのです。

 

 ベトサイダは罪深い村で、イエスはこの村を叱っておられます。「ベトサイダ、お前は不幸だ。お前のところで行われた奇跡が、ティルスやシドンで行われていれば、これらの町はとうの昔に粗布をまとい、灰をかぶって悔い改めたにちがいない」(マタイ11:21)  このベトサイダの罪とは、救い主を迎え、しるしを示していただきながら、尚、しるしを求め、議論をしかけたところにあります。他方イエスは、このベトサイダ出身のペトロとアンデレ、フィリポを弟子に召しておられます。(ヨハネ1:44) イエスはペトロの手をとって村の外に連れ出し、手を置いて、ぼんやりと見えるようにしてくださいました。さらに、彼がイエスの苦難と十字架によって、イエスという方がどのような御方であるのか、はっきりと見えるように導いてくださいました。ですから、ベトサイダでの盲人の癒しの話は、ペトロのかつての姿であり、現在の姿であり、そしてこれからの姿をあらわしているのです。イエスは、癒された人に「この村に入ってはいけない」と言われました。ベトサイダにはしるしを求める人々がいて、再び議論が始まるからです。また、イエスは、弟子たちに御自分のことを誰にも話さないように戒められました。イエスをメシアと聞いて、誤解する人々がいたからです。

 

 御言葉によって、私たちのことを考えてみましょう。私も、かつては主イエスが、どのような御方かわからない者でした。そんな私を、主イエスのところに導く人がいて、出会いが与えられました。それ以前の私は、力あるものを見つけると、自分を救うことのできるものかを確かめようと、しるしを求め議論をしかけました。対して力あるものは、知恵には知恵、議論には議論をもって説得しようとしたり、ねじ伏せようとしました。しかし、主イエスはちがいました。その手を取って導き出し、両手を置いて祈ってくれたのです。それによって、主イエスが、私にとってなくてはならぬ御方であることがわかり、おぼろにその姿をみて、信仰を告白しました。しかし、わたしの信仰告白は、まだ未熟なものでした。

 その御方が十字架の主であり、復活の主であることをしっかりと見るまでには、尚、導きが必要であったのです。私には主イエスとともに、十字架を負うて従っていくという経験が必要でありました。時には、「わたしは主を見た」という人に、「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、わたしは決して信じない」と、しるしを求めることもありました。

 けれどもはっきりとしていることは、わたしのために、すでに主イエスが十字架にお架かりくださり、復活されたことです。主イエスが見えなくなった時、大切なのはしるしを求めたり、議論をしかけたりすることではありません。愛する家や家族のもとに帰ることです。トマスが頑なになったとき、仲間たちは、主イエスの派遣の言葉にもかかわらず、家に留まり、トマスが復活の主と出会うまで共にいたのです。そして彼らは「わたしの主よ、わたしの神よ」と告白するトマスと共に、「あなたは見たから信じたのか。見ないのに信じる人は幸いである。」との主の言葉を聞いて出発したのです。「家」とは、教会のことです。わたしは、この家と兄弟姉妹と共にあってこそ、主の救いの恵みを告白しつづけることができるのです。

2022. 7. 17  聖霊降臨節第7主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切です。   (ガラテヤの信徒への手紙5章6節)

 

  「キリストに結ばれて」  深見祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切です。   (ガラテヤの信徒への手紙5章6節)

 

         「キリストに結ばれて」        深見祥弘

 「中国化」の進む香港でキリスト教会への抑圧が強まっています。反政府的な言動を取り締まる香港国家安全維持法の施工後、民主派を支持してきたプロテスタントの団体が、親中派の強い圧力にさらされ、海外に逃れる牧師も出始めている。(毎日新聞7月13日朝刊)

 

今朝の御言葉は、ガラテヤの信徒への手紙5章です。パウロは第三伝道旅行中、およそ2年間滞在したエフェソの町で、この手紙を書きました。皆さんは、パウロの手紙の宛先であるガラテヤがどこにあるか、おわかりになるでしょうか。聖書の巻末の地図8を見ていただくと、現在のトルコ中央部に太字で、ガラテヤと書かれているのが分かると思います。また、パウロが手紙を書いたエフェソはどこでしょうか。トルコの西岸に目を移していただくと、エフェソを見出すことができるでしょう。

 

 パウロは、この手紙を書くまでに2回、ガラテヤ地方を訪れ、伝道をいたしました。1回目は、第二伝道旅行中です。ガラテヤ地方に到着した時、パウロは病気でした。ガラテヤ4章13~14節に「知ってのとおり、この前わたしは、体が弱くなったことがきっかけで、あなたがたに福音を告げ知らせました。(どうやら、ガラテヤに伝道する予定ではなかったようです)そして、わたしの身には、あなたがたにとって試練ともなるようなことがあったのに、さげすんだり、忌み嫌ったりせず、かえって、わたしを神の使いであるかのように、また、キリスト・イエスででもあるように、受け入れてくれました。」と書かれています。「あなたがたにとって試練ともなるようなことがあったのに」とは何なのか、どのような病気だったのでしょうか。伝染病でしょうか、当時汚れているとされる病気だったのでしょうか。6章11節には、「このとおり、わたしは今こんなに大きな字で、自分の手であなたがたに書いています。」とありますから、目の病気だったのでしょうか。いずれにしても、ガラテヤの人々は、病気であったパウロを迎え入れ、手厚く看護するとともに、パウロの語る福音(イエスは異邦人であるあなたがたの救い主です。イエスを救い主として信じる信仰によってあなたがたは義とされます)を聞いて信仰を得ました。

 パウロたちの2回目のガラテヤ訪問は、第三伝道旅行でエフェソに向う途中のことでした。その時のことを、パウロは「あなたがたは、よく走っていました。」(5:7)と書いています。ガラテヤの信徒たちは、順調に信仰生活をしていたのでした。

 

 さて、この2回目の訪問直後のことです。律法を重んじるユダヤ人伝道者たちがガラテヤ地方に来て、パウロの教えた福音を批判しました。彼らは、異邦人であるガラテヤの人々が救われるためには、イエス・キリストに対する信仰だけでは不十分で、律法に定められている割礼を受ける必要があると教え、人々を惑わしました。これを知ったパウロは、滞在先のエフェソから、ガラテヤの人々に対し手紙を書いたのです。その伝道者たちの教えに惑わされ、割礼を受けるならば、キリスト・イエスに結ばれ、与えられた罪の赦しと義の恵みが、まったく空しいものとなってしまうと。

パウロがそのように書くのには、自らの体験によるものがありました。

パウロは、以前、律法を厳格に守ることを教え実行する、ユダヤ教ファリサイ派の一員でありました。彼は、キリスト信者や教会を、誰よりも熱心に迫害したのです。自らを救い主と言い、神を冒涜しているイエスを否定し、そのイエスを救い主と信じる人々を迫害することは、神に対して義を立てることだと信じていました。しかし彼は、義を立てる行為であるはずの迫害を行っても、なかなか救いの確信を得ることができず、それゆえさらに激しい迫害を行うようになったのでした。

 ある時パウロは、迫害を恐れて逃れて行った信者たちを捕らえるため、エルサレムからダマスコに向いました。その途中、復活のイエスが現れ、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と問い、パウロは、天からの光に打たれて倒され、3日間目が見えなくなりました。 

人々に手を引いてもらってダマスコに到着した彼を、この町の信者アナニアが訪ねました。主はアナニアに「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。」と言われたので、彼はパウロを訪ねました。さらに、パウロを使徒たちやエルサレムの教会の人々に紹介したのは、バルナバでした。このように律法主義者で迫害者であったパウロには、復活の主に罪を赦された経験と、アナニアやバルナバに愛された体験があったのです。

 ガラテヤの信徒への手紙は、たたかいの書簡と言われます。律法を重んじるユダヤ人伝道者に対して、パウロは「呪われるがよい」(1:8)と厳しい発言をしています。また、伝道者たちに惑わされているガラテヤの人々に対しても、「ほかの福音に乗り換えようとしていることに、わたしはあきれ果てています。」(1:6)と言っています。パウロは、かつての自分と重ね合わせながら、ガラテヤの人々が、主よりいただいた救いを失うことのないようにと、熱い思いをもってこの手紙を書いたのです。

 

 今朝の御言葉を読んで「キリスト・イエスに結ばれる」とは、どのようなことなのかを考えてみました。

パウロは、はじめ律法主義者であり迫害者でありました。そのような者であったにもかかわらず、キリストは、彼を愛してくださいました。彼はキリストに受け入れられ、回心へと導かれたのです。また、目の見えなくなったパウロのところに、ダマスコの信者アナニアが訪ねてきて、目が見えるようにし、洗礼を授けて、パウロに対する主の派遣の言葉を伝えました。

 この出来事によって、パウロはイエスを救い主と信じ受け入れ、さらに、使徒たちはじめ信じる人々を愛し受け入れました。まずキリストが彼を愛してくださったので、彼はキリストを救い主と信じることができましたし、まず信じる人々が彼を愛したので、彼は信じる人々を愛することができたのです。このことが、キリスト・イエスに結ばれるということだと思います。

 キリストは、ガラテヤの人々を異邦人であるにもかかわらず愛し受け入れてくださいました。ですから、パウロたちも異邦人であるガラテヤの人々を条件なしに受け入れ、福音を伝えました。ガラテヤの人々も、十字架のキリストを愛し、病人であるパウロを受け入れて、互いに愛しあうのです。

 無条件に、わたしはイエスに愛された、また、信じる人々に愛された。

そしてわたしはイエスを愛した、また信じる人々を愛した。これが、「キリスト・イエスに結ばれている」ということであり、「愛の実践を伴う信仰」です。

 多くの信じる人々によって香港から逃れ出た牧師たちが守られるように、また復活のイエスが、その愛によって、迫害する者を信じるものに変えてくださいますように、祈ってまいりましょう。

2022. 7. 10  聖霊降臨節第6主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

この時にあたってあなたが口を閉ざしているなら、ユダヤ人の解放と救済は他のところから起こり、あなた自身と父の家は滅ぼされるにちがいない。

この時のためにこそ、あなたは王妃の位にまで達したのではないか。

           (エステル記4章14節)

「神の計画に従って」  深見 祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

この時にあたってあなたが口を閉ざしているなら、ユダヤ人の解放と救済は他のところから起こり、あなた自身と父の家は滅ぼされるにちがいない。

この時のためにこそ、あなたは王妃の位にまで達したのではないか。

                      (エステル記4章14節)

 

           「神の計画に従って」       深見 祥弘

 今朝の御言葉は、旧約聖書のエステル記です。エステル(ぺルシヤ名で星を意味する)は、ペルシャの王クセルクセス一世(BC485~465在位)の王妃で、ユダヤ人(ユダヤ名はハダサ・愛らしいの意)です。彼女は、王の家臣ハマンが企てたユダヤ人絶滅計画を、命をかけて阻止しました。

 皆さんは、ユダヤ人であるエステルが、なぜペルシャにいるのか、どうして王妃になったのかと思われるでしょう。かつて南王国ユダの人々は、捕囚(BC597、587)により50年間、バビロンで暮らしたことがありました。そしてBC537年、ペルシャ王キュロスがバビロンを滅ぼすと、捕囚民を解放しました。ユダの人々は、祖国に戻りエルサレムを再建しますが、帰還せずペルシャに留まる決断をした人々もいました。エステル記は、紀元前3世紀頃、ペルシャで暮らすユダの人々の物語です。

 

 キュロス王より50年後、クセルクセス一世の時代のことです。ユダヤ人モルデカイは、王宮の門衛をしていました。モルデカイとエステルとはいとこ同士ですが、エステルの父親が亡くなると、彼は彼女を養女とし育てました。ある時、王が新しい王妃を探していることを知ると、モルデカイはエステルにユダヤ人であることを隠して花嫁候補に名乗り出るよう勧めました。王は、エステルを王妃に選びました。

 さて王の家臣ハマンは、絶大な力を持っていて、王宮の役人たちは、彼が来るとひざまずいて皆敬礼をしました。しかし、唯一人それをしない者がいました。門衛に立つモルデカイです。彼は主をのみ礼拝し、人間を拝礼することを拒んだのです。ハマンはモルデカイの態度を、腹立たしく思っていました。ある時、彼がユダヤ人であることを告げる者がいました。これを聞いたハマンは、モルデカイだけでなく、信仰によって自分にひざまずくことをしないであろう、全ユダヤ人を滅ぼす計画をたてたのです。

 ハマンは王に「この国には、一つの独特の民族が分散して住み、王の法律よりも、彼らの法律を尊びます。この彼らが反乱をおこせば大変です。勅書の作成も費用も私が全部用意しますので、この民族を根絶することをおゆるしください」と願い出て了承を得ました。ハマンはくじによって一年後、BC475年アダルの月の13日に実行することを決め、勅書を首都スサ及び帝国内全州に送りました。

 

 さて事の一部始終を知ったモルデカイは、エステルと連絡をとり、彼女が王のところに行って、寛大な処置を願うように伝えました。しかし法律では、王の権威と安全を守るため、召されることなく王の前に出る者は死刑と決められていました。それは王妃であっても同様で、王が金の笏を差し伸べた時だけ、死を免れることになっていました。躊躇する彼女に対してモルデカイは、こう言って決断を迫りました。「勅書が実行されるならば、たとえ王妃であっても、あなたはユダヤ人ですから、無事ではいられません。またあなたが何もしないなら、ユダヤ人の解放と救済は他のところから起こり、あなたとあなたの父である私の家は、主によって滅ぼされてしまいます。あなたが王妃になったのは、この時のため、全ユダヤ人の救いのためです。」エステルは、王の前に進み出ることを決断し、モルデカイに伝えました。「わたしは死を覚悟し、三日三晩断食するので、都に住む全ユダヤ人も同じように断食し祈ってください。」 

 断食の期間が終わると、エステルは、目も覚めるような王妃の衣装をつけ、王の前に立ちました。王は王妃を見て、満悦の面持ちで、金の笏を差し伸べました。王は、王妃に重大な願いがあることを知り、「願いとあれば、国の半分なりとも与えよう」と言いました。しかしエステルは、この時、ユダヤ人の救いを願うことをせず、「今日、酒宴を準備しますから、ハマンと一緒にお出ましください」と願いました。王は、その酒宴への招待のために命をかけて進み出たのではないことがわかりましたので、改めて彼女の願おうとしていることの重大さを覚えました。王は願いを受け入れ、ハマンとともに酒宴に出席しました。その席で王が王妃に対し、「何か望みがあるなら、かなえてあげよう」と言うと、「明日もう一度酒宴を準備しますから、ハマンと一緒にお出ましください。仰せのとおり私の願いを申し上げます」と答えたのでした。

 その夜、王は眠れませんでした。そして、従者に宮廷日誌を読ませていると、かつて王の番人が王の暗殺を企てたとき、それに気づいたモルデカイがその企てを防いだという記録が読み上げられました。王は、従者に「その者はどんな栄誉を受けたのか」と問うと、「何も受けていません」と答えました。翌朝、王はハマンを呼び、王の命を救ったユダヤ人モルデカイの功績を皆の前でたたえよ、と命令を出しました。

 王とハマンが再び酒宴に出席すると、エステルは「私の願いを聞いていただけますならば、私のために私の命と私の民族の命を助けていただきとうございます。私と私の民族は、絶滅させられそうになっているのでございます」と願いました。「一体、誰がそんなことをたくらんでいるのか」と王が尋ねると、エステルは「その恐ろしい敵とは、この悪者ハマンでございます」と答えました。王は、すぐにハマンを柱につるすよう命じました。

 

 エステル記を読んで気づくことは、この書の中に一度も「神」や「主」という言葉が出てこないことです。でもエステル記ほど、神の存在と人々の信仰が感じられる書はありません。神という言葉はでてきませんが、共におられ、生きて働いておられる神の存在が強く感じられ、ペルシャで暮らすユダヤ人の救い、これを実現しようとする神の意志を知ることができます。そして神の計画に反する人間の企ては、滅ぼされてしまうのです。

さらにエステル書は、エステル、モルデカイ、そしてユダヤの人々の信仰を明らかにしています。祖国に帰還した人々は、主が共にいてくださることを信じて、エルサレムで神殿や町の城壁の再建に努めました。ペルシャに残った人々も、主が共にいてくださる事を信じ、主のみを礼拝し、断食し祈り、命をかけて行動をしたのです。主なる神は、全ユダヤ人の救いを計画し、実現してくださるので、エステル始めユダヤの人々も、この神の業に仕えることができるのです。

 

 今日は、参議院選挙と知事選挙が行われています。立候補した人々や政党は公約を公表しています。それを見ながら私は、人の企てによって選ぶのではなく、神の計画に沿うと思う人や政党を選びます。私たちは、この国にあって、日々神の名を聞くことのない状態で生活をしています。だからといってこの国に暮らす私たちには、神が共におられない訳でも、神の救いの計画の外にいる訳でもありません。神という言葉が出てこなくとも、神の存在が感じられ、神の計画や意志を知る社会となることを望みます。また、私たちにも、エステルやモルデカイ、そしてペルシャで暮らしたユダヤの人々の信仰が与えられることを願います。私たちは、人間の罪の歴史の中に、神の救いの歴史が介入していることを見るとともに、信仰による祈りと行動によって、神の救いの業に参与したいものです。

2022. 7. 3  聖霊降臨節第5主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」そこで、彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させた。    (使徒言行録13章2~3節)

 

 「神の霊の働きの源」   深見 祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」そこで、彼らは断食して祈り、二人の上に

手を置いて出発させた。        (使徒言行録13章2~3節)

 

             「神の霊の働きの源」       深見 祥弘

 米ロサンゼルス・クレアモントで療養しておられた深田未来生先生(アメリカ合同メソジスト教会宣教師・同志社大名誉教授)が、6月25日(土)89年の生涯を終え、逝去されました。1月に出版された深田未来生・大村利人共著「ボクたちは軍国少年だった!平和を希求する、ふたりの自伝」(キリスト新聞社)を読ませていただいたばかりでしたので、驚きました。かつてわたしは、先生から礼拝・牧会学(説教学)を学びました。また先生は、私にお父様が創立した国分寺教会で、副牧師として働くように勧めてくださった方でもありました。

 埼玉の教会で働きをしていた時、深田先生は埼玉地区の新年合同礼拝で奉仕をしてくださいました。その時の説教は、とても印象的で、後で何度かその話を紹介させていただきました。その話とは、次のようです。

アメリカ・カリフォルニア州に「セコイア国立公園」があります。この公園のセコイア杉は、世界一高くなる木と言われ、一番高い木は112m、樹齢は2000年を越えます。公園内で一番有名なのは、「シャーマン将軍」と名付けられた木で、高さが84m、幹の周囲は31m、重さは1000tを越えると言われます。ところで、こうした木を支える根はどうなっていると思いますか。セコイア杉の森は、標高700m~1000mの山脈の中にあります。山の表面は土で覆われていますが、土の深さはわずか2mしかなく、その下は岩です。標高が高いので、平地に比べて風雨も強くなります。そうした環境の中で、高さが100m近くの木が、1000年、2000年と立ち続け、成長できるのはなぜでしょうか。木の根は、深さ2mまでしか延ばせませんが、そのかわり四方に25mぐらいずつ、はっているのです。さらにセコイア杉は、必ず何本かがかたまりになって生えていますので、互いに根をからませて、支えあっているのです。埼玉地区の諸教会が、それぞれ天に向けて高く立ち、神を証しするとともに、見えないところでは、互いに根をからませ、支え合って、宣教の使命を果してほしい、困難に負けないでと励ましてくださったのでした。

 御言葉は、使徒言行録13章1~12節です。先週の日曜日は、第二伝道旅行中、パウロたちのフィリピの町での働きについてお話しました。

今朝はパウロたちが、第一伝道旅行に出発するきっかけとなった出来事と、キプロス島での伝道についてお話します。パウロたちの3度の伝道旅行は、個人の伝道ではなく、シリアのアンティオキア教会の働き、ひいては神のご計画でありました。(ピシディア州にも同名の町があります) シリアのアンティオキア教会には、次のような教師や預言者たちがいました。バルナバは、これからお話するキプロス島出身のユダヤ人です。ニゲルと呼ばれるシメオン、「ニゲル」とは黒の意味で、アフリカ出身者です。キレネ人のルキオ、彼もアフリカ・リビアの出身の人です。領主ヘロデと一緒に育ったマナエン、このヘロデとは、ヘロデ大王の子ヘロデ・アンティパスのことで、マナエンは地位ある家の子でありました。そしてサウロ、キリキアのタルソス出身のユダヤ人です。9節に「パウロとも呼ばれていたサウロ」とありますが、サウロはユダヤ名、パウロはローマ名で、ローマ帝国内の各地に伝道するようになってからは、パウロの名を使いました。

 ある時、彼らが礼拝し断食していると、聖霊が告げました。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」 教師や預言者たちは、断食して祈り、二人に手を置いて(按手)出発させました。

 

 バルナバとサウロは、アンティオキアより25㌔南西の港セレウキアまで行き、船に乗って、バルナバの故郷キプロス島に向いました。この旅には、バルナバのいとこ、ヨハネ・マルコを助手として連れて行きました。3人は、島の東岸の商業都市サラミスに上陸し、ユダヤ人の諸会堂で福音を語りました。その福音とは、16節以下、パウロの説教で語られている、「神は約束に従って、イスラエルに救い主イエスを送ってくださった」でありました。その後、彼らは島全体をめぐり、首都パフォスに到着しました。首都パフォスには、総督セルギウス・パウルスの官邸がありましたが、総督は、サウロたちを招いて、神の言葉を聞こうとしました。しかし、総督と親しくしていたユダヤ人の魔術師で、偽預言者であるバルイエス(ギリシャ名エリマ)がそれを阻もうとしました。サウロは聖霊に満たされて、魔術師にこのように言いました。お前はバルイエス(救いの子)ではなく、悪魔の子、すべての正義の敵であって、主のまっすぐな道をゆがめようとしている。それゆえに、主の御手がお前の上に下り、時が来るまで目が見えなくなる。サウロがこう言うと、バルイエスの目は一時的に見えなくなり、彼は手を引いてくれる人を探しました。また総督は、この出来事を見て、信仰に入りました。

 

 説教題を「神の霊の働きの源」としました。「の」が三つもつく、不格好な題になりました。神の霊が、教会の指導者たちにバルナバとサウロを選ぶよう告げた時は、彼らが主を礼拝し断食をしているときでした。彼らが、礼拝によって主の名を高め、断食と祈りによって自らを低くしていた時、聖霊が働きました。ですから「神の霊の働きの源」とは、主を礼拝することであり、断食し祈ることと言えるでしょう。聖霊は、主を礼拝し祈る人々のところに臨み、働き人を選び送り出し、聖霊で満たして、神の言葉を力強く語る者としてくださるのです。使徒言行録が、聖霊言行録とも言われるゆえんです。

 はじめに、深田未来生先生の説教を紹介しました。セコイア杉が、過酷な環境の中で、大きく成長し、長年そこに立ち続けることができるのは、他の杉と根を絡ませて支え合っているからです。使徒言行録を読んで、私たちはバルナバやサウロの働きに注目しますが、実は、アンティオキア教会に連なる他の教師や預言者たち兄姉たちが、聖霊の働きを求めて礼拝し祈り、しっかりとバルナバとサウロを支えることで、二人は神の言葉を語り、主の名を高くかかげることができたのです。

 深田先生は、新年合同礼拝で、地区の諸教会に向け、こうお話してくださいました。埼玉地区には、79教会・伝道所があります。歴史のある教会、若い教会、さらに教会の規模の違いがありますが、それぞれが建てられた町で、主を証しし、主の名を高くすることができるように。さらに様々な困難があるけれど、見えないところで互いに支え合う、そんな教会や地区になってほしいとの思いをもって語り励ましてくださったのでした。

 サウロたちは、伝道旅行によって、世界中に教会を立ててゆきますが、それは支え合いの根をよりいっそう広くするためでありました。セコイア杉の立っている土地は、2m下が岩です。岩は、困難をあらわすものですが、やがて、それはイエス・キリストという土台に変えられてゆきます。私たちもまた、困難に中にあっても互いの支え合いにより、主の名を高く掲げてゆきましょう。礼拝と祈りを源とするならば、困難はキリストという土台に変えられ、聖霊で満たされて、伝道の使命を成し遂げさせてくださることでしょう。私たちの郷里伝道は、今年121年目を迎えています。

2~3節)