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2022. 8. 7  聖霊降臨節第10主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。

   (コリントの信徒への手紙第一12章26節)

 

「キリストの体なる教会」   深見 祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。

             (コリントの信徒への手紙第一12章26節)

 

         「キリストの体なる教会」       深見 祥弘

 広島、長崎に原爆が投下されてから、77年の夏を迎えました。ロシアによるウクライナ侵略から半年、ロシアはたびたび核兵器の使用をちらつかせながら、ウクライナを支援する国々をけん制しています。

 

 皆さんは、サーロー節子さんをご存じのことでしょう。もっとも印象に残っているのは、今から5年前の2017年12月、ノーベル平和賞授章式でスピーチをされた姿です。この年、ノーベル平和賞を受賞したのは、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)で、地球上から核兵器をなくすために、国際的に活動しているグループです。サーロー節子さんもそのメンバーです。ICANは、核兵器廃絶のために活動している世界のNGOが、国際的に連帯した組織で、スイスのジュネーブに国際事務所があります。ICANには、107ヶ国から635団体(日本からは14団体)が加盟をしています。

 サーロー節子さん(中村節子さん)は、13歳の時、1945年8月6日、広島において爆心地から1.8㌔の場所で被爆しました。8時15分、窓に目もくらむような青白い閃光を見、体が宙に浮いたように感じました。気がつくと、音もなく真っ暗で、倒れた建物の下敷きになって動くことができません。ところが、誰かの手が節子さんの左肩をぐいとつかみ、「あきらめるな。動いていけ。いま助けるから。光が見えるだろう。そこまではっていくのだ」との声がありました。がれきの中からはい出たとき、この世のものとは思えない光景が広がっていました。節子さんは、原爆によって、お姉さん、おじさん、おばさん、おいっこさん、そして351人の級友を失いました。 

 節子さんは、9年後、学びのためにアメリカにいきました。そこでは、原爆のことを理解してもらえず、ほとんどの人は、原爆が戦争を終わらせる正しい方法だったと思っていました。カナダ人教師と結婚した節子さんは、日本やアメリカ、カナダの友人たちと、核兵器の廃絶に取り組みはじめました。 時を経て、2017年7月、国連で「核兵器禁止条約」が取り決められました。この条約は、核兵器の開発、実験、生産、保有、使用を禁じる国際条約です。世界の50ヶ国以上が同意し、2021年1月から効力をもちました。でも、9の核兵器保有国(アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮)と日本、韓国、NATO加盟国は、この条約に署名をしていません。

 サーロー節子さんは、ノーベル賞受賞式で次のようにスピーチをしました。「核兵器を持つ、9つの政府のみなさん、そしてこれらの国のいいなりになって、核兵器禁止条約に反対している国の政府のみなさん。核兵器が戦争を防いでいるというこじつけが人類を破滅させるのです。わたしたちの証言を聞きなさい。あなたたちが人類を危険にさらしています。世界のすべての国の指導者に、心からお願いします。核兵器禁止条約に賛成してください。世界が破滅する危機を永遠に取り除いてください。わたしは13歳のとき、くすぶるがれきの下じきになりました。でも、力をふりしぼって光に向って進み、生き延びることができました。この光は、いまわたしたちにとって核兵器禁止条約です。この会場のすべてのみなさん、そして世界中のみなさん。わたしが広島のがれきの中で聞いた言葉をくり返します。『あきらめるな。がんばれ。光が見えるだろう。そこに向って、はって行くんだ。』 今夜、燃え立つたいまつをかかげて、ここオスロの町を行進しましょう。核兵器がもたらす恐怖の暗闇からぬけ出すために。」

 

 御言葉は、コリントの信徒への手紙第一12章です。パウロたちは、第二伝道旅行中、コリントに一年半滞在し、教会が設立されました。その後、パウロは、エフェソにおいて、コリント教会内に起こる諸問題に対して助言をするために、この手紙を書きました。紀元54年の春のころです。

 コリント教会のメンバーは、異邦人(ギリシャ人)とユダヤ人、また社会的身分においては自由人と奴隷によって構成されていました。彼らは、等しく洗礼を受け、聖餐にあずかる者でありました。ところが、パウロたちがこの町を去った後、社会的な身分など、異なる価値観が教会の中に持ち込まれ、「お前はいらない」などと言って、分裂や排除が生じました。

 パウロは、手紙によってコリントの信徒たちに語りかけます。

先にあなたがたは、民族や身分の違いを越えて、皆一つの体(キリスト)になるために洗礼を受け、皆一つの霊(パンとぶどう酒)を飲ませてもらいました。それゆえにコリントの教会は、単なる人の集合体ではなく、生きて働くキリストそのものです。キリストは、ユダヤ人の救いのため、ギリシャ人の救いため、自由人の救いため、そして奴隷の身分にある人の救いのために、十字架にかかり、その罪を贖い、イエスを信じるすべての人の救いを実現してくださいました。あなたがたは、イエスを救い主と告白し、洗礼を受け、聖餐(キリストの体をあらわすパンと血をあらわすぶどう酒)をいただき、救いの恵みを互いに分かち合うことで一つとされるのです。

 パウロは、手紙によって改めてこの恵みを伝え、ともにキリストの体なる教会を形作ってゆくように助言をいたします。キリストに贖われ救われたのですから、教会において誰一人、要らない人はおりません。ひとりひとり、霊の賜物をいただいてキリストの体なる教会に仕えます。人の目には、評価されないことでも、神はまったく異なる目で見ておられます。

「体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。・・・神は、見劣りする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。それで、体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。」

人の目から見るならば、見劣りする部分であるキリストの十字架が、すべての人々の一致を実現するように、キリストの体なる教会においても、弱さを持つ人が、一致を実現すると書いているのです。

 

 はじめにサーロー節子さんを紹介いたしました。広島・長崎への原爆投下の出来事は、私たちの国のみならず世界の国々の十字架です。この十字架が、分断している世界に一致と平和を実現するのです。聖書に「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。」と書かれています。サーロー節子さんたち被爆者の声に耳をかたむけ、この方々の苦しみを世界中の人々が共にするならば、世界は平和(光)にむけて、一歩すすむことができます。また被爆者が尊ばれれば、様々な困難の中にいるすべての人々が尊ばれ、平和の恵みを共に喜ぶことができるのです。

 今、教会に連なる皆様に「政府に核兵器禁止条約の署名・批准を求める署名」の協力をお願いしています。よろしければ、署名をしていだだき、サーロー節子さんたちの働きに加わっていただければと思います。

 「この会場のすべてのみなさん、そして世界中のみなさん。わたしががれきの中で聞いた言葉をくり返します。『あきらめるな。がんばれ。光が見えるだろう。そこに向かって、はって行くのだ』 」

 

※ 引用資料 サーロー節子ノーベル平和賞のスピーチ「光にむかって」(汐文社 2022年)