『牧師は悩める人の良き相談相手』

 

 副牧師 北川博司

 

 

私たち人間は、それぞれの世代によって異なる課題を担い、歩んでいます。

子ども時代には、学校でのいじめの問題、勉強でのストレス。

青年時代には、それらに加えて、受験、就職活動、恋愛などの問題に直面します。また、人生の意味について深く考えるようになります。

壮年時代には、職場の問題、過労、リストラ、子育て、結婚生活の問題、一人で生きる人の悩みなど、人によって抱える問題が最も大きく違ってきます。

熟年時代になると、さらに病の問題が深刻となり、高齢化による身体の衰え、退職後の生きがいの問題、死をより意識し、人生の夕暮れをどのように迎えるかということも、真剣に考えるようになるかも知れません。

 

 

牧師は、そのすべての人々と向き合い、共に人生を歩む者となります。

人生の様々なステージで担うことになった、様々なココロのお悩みを、訓練を受けた牧師がお伺いし、解決の糸口をご一緒に考えます。また、その際には、信仰の自由を尊重し、秘密も守られます。

顔と顔とを合わせて、ココロの葛藤を表現する時、思っても見なかった変化が起きるということがあり得ます。ただし、人それぞれの固有の変化のプロセスがあるということを何よりもご理解いただければ幸いです。

また、牧師はカウンセリングの知識と経験を持ってはおりますが、ここでは精神医学や心理学の技術を駆使するような対応はいたしません。そのような技術を必要とする場合には、専門家に橋渡しさせていただきます。

 

 

過去二千年の教会の歴史のなかで、牧師は悩める人々の良き相談相手であり続けました。そんな自然な対話、そして祈りを通して、聖霊による和解が与えられることを目標としています。

聖霊は和解を与えます。聖霊は一致を与えてくれます。そして聖霊は倒れ伏した者を再び起き上がらせ、立ち上がる勇気を与えてくれます。

神の息吹である聖霊。ここにこそ、生きていく活力がみなぎっています。

聖霊を注がれ、聖霊の満たし、充満があって、社会にあって暗い闇の中にあっても光であるべき存在の教会が誕生しました。だから、教会は光であり、同時に、希望であり続けているのです。

 

牧師は神と教会に仕え、<今-ここ>で課題を担い、呻き、苦しみ、悩み、立ち止まり、身動きできず、未来に希望を見出すことができない人々の「ココロのゴミ箱」であり続けたいと願っています。

 

神御自身に似せて造られ、極めて良しとされた私たち人間。

神によって愛され、抱きしめられている私たち。

大切でかけがえのない自らのいのちを、

人生を、ノーではなくイエスとし、大切にしましょう。

ココロの悩みの御相談、お待ちしております。

 

 

 

 

神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」神は言われた。「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」そのようになった。神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。        

(創世記 1章27~31節)




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