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≪次月 12月(2024)礼拝説教要旨 前月≫

2024. 12.29 降誕節第1主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。ところが、「ヘロデのところに帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。            (マタイによる福音書2章11~12節)

 

「救いは全ての人に示された」       深見 祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。ところが、「ヘロデのところに帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。            (マタイによる福音書2章11~12節)

 

「救いは全ての人に示された」       深見 祥弘

 今年も残すところ今日を含めて3日となりました。この1年、教会のためにお祈りとお働きをいただき、心から感謝をいたします。クリスマスの賑わいが去ったこの時、もう一度御子イエスのご降誕の恵みを覚え、新しい年を迎えましょう。

 

 御子のご降誕は、4つの断絶を取り除くためのものでした。

 まず、御子は天と地の断絶を取り除き、再び結ぶためにお生まれになられました。御子がお生まれになられた時、主の天使が羊飼いたちのところに現れ、天の大軍と共に賛美しました。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」(ルカ2:14) 天における神の栄光と地における平和は、別々のことではありません。しかし人は、これを分けてきました。「神の栄光」のためと言って、地の平和を乱す者がいました。自分の信仰を絶対化し、他者をさげすんだり否定したりして、その栄光を独占しようとする者がいました。その姿を祭司や律法学者たちに見ることができます。また「地の平和のため」と称して、神に栄光を帰せず、自らの栄光を求める者がいました。その姿を、皇帝アウグストゥスやヘロデ王に見ることができます。アウグストゥスは、自らの誕生を「福音」と言い、また自らを「救い主」「平和」と呼びました。「栄光」は神に帰され、「平和」は神が御心に適うとする人(すべての人)に与えられます。御子イエスのご降誕の恵みとは、このことです。御子イエスは、人の罪によって断絶した天と地を結ぶためにお生まれになられたのです

 

次に、御子は神と人との断絶を取り除き、もう一度結ぶためにお生まれになられました。布に包まれた御子がねむったのは「飼い葉桶」です。宿屋が満室であったので、やむを得ずそこに寝かされることになったのかとも思います。でもこのことは、神のご計画でありました。かつて預言者イザヤは、このように語りました。「天よ聞け、地よ耳を傾けよ、主が語られる。わたしは子らを育てて大きくした。しかし、彼らはわたしに背いた。牛は飼い主を知り、ろばは主人の飼い葉桶を知っている。しかし、イスラエルは知らず、わたしの民は見分けない。」(イザヤ1:2~3) イザヤは、人々が主を忘れ、その養いと恵みを忘れて背いたと叱責します。神がご計画されたことは、御子が飼い葉桶にねむることで、人々はこの御子から豊かな養いと恵みをいただくことを回復するためです。飼い葉桶の御子によって、人々の背信は赦され、神と人との断絶が取り去られます。天使のみ告げによって、羊飼いたちは、飼い葉桶に寝かされている御子を見出しました。星の導きで、東の国の博士たちは飼い葉桶のねむる御子を礼拝いたしました。神から遠い存在とされていた人たち(人から救われないと言われていた人たち)が、まず断絶を取り除かれ、飼い葉桶の御子から豊かな養いと恵みをいただきました。御子イエスのご降誕の恵みとは、このことです。

 

 3つ目、御子は人と人(社会)との断絶を取り除き、もう一度結ぶためにお生まれになられました。救い主の誕生の知らせが届けられたのは、社会的に疎外されていた羊飼いたちであり、異邦人には救いは与えられないと言われた東の国の博士たちでした。この人たちは互いに呼びかけ合って出かけてきて飼い葉桶の御子を見出すと、羊飼いたちは「この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた」(ルカ2:17)のでした。天使が話したことは、「恐れるな、わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。」(ルカ2:10~11)、このみ告げです。羊飼いたちがこのみ告げを知らせた「人々」とは、彼らを差別してきた人々であり、救いはないとされてきた異邦人たちではなかったでしょうか。人の上に立って人を支配するアウグストゥスは、人と人(社会)との断絶を生み出しますが、人と人とを結ぶことはありません。飼い葉桶にねむり十字架に至るまで従順であったイエスの養いと恵みは、全ての人に届けられ人と人とを再び結んでゆくのです。

 

 最後に御子は、時の断絶を取り除き、すべての人が永遠の命に結ばれるためにお生まれになられました。飼い葉桶の御子を礼拝した人々は、その後どうしたのか。「羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰っていった。」(ルカ2:20)と書かれています。羊飼いたちは、自分たちの生活の場に帰っていったのです。それはほんのひと時の幸いであったということでしょうか。再び闇の中にもどっていったということでしょうか。そうではありません。彼らが見出した飼い葉桶の御子は、彼らの「生」を肯定し、祝福を与えてくださいました。「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそメシアである。あなたがたは布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」(ルカ1:11) なお続くであろう差別と疎外の生活の中、羊飼いたちは神から祝福される存在とされ救いの希望に生きる、これまでとはまったくちがう生活をはじめたのです。また東の国の博士たちは、「『ヘロデのところに帰るな』と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。」(マタイ2:12)と書かれています。ユダヤの王子を見るために道を来た彼らは、飼い葉桶の御子にお会いしたとき、この子が自分たちにとっても王であることを知りました。異邦人である彼らも、神から祝福される存在であることを示され、救いの希望の中、自分たちの国で新しい生活をはじめたのです。そして、マリアとヨセフはというと、「親子は主の律法で定められたことをみな終えたので、自分たちの町であるガリラヤのナザレに帰った。」(ルカ2:39)と書かれています。マリアは、これらの出来事を心に納め、飼い葉桶の我が子によって神の救いが実現するまで待つ生活が始まったのでした。

 

 1943年クリスマス、獄中にいたボンヘッファー(ドイツの牧師。ナチスに抵抗した告白教会の牧師研修所の所長。1943年に捕らえられ、1945年4月フロッセンビュルク収容所で処刑された。) は、「共に獄中にある者のための祈り」という題の詩をつくり、友人のパウル・ゲルハルトに送りました。この詩の「朝の祈り」の1節を紹介します。「この一日が何をもたらそうと、主よ、あなたの御名はほむべきかな。私は眠っても、彼の配慮は覚めていて、朝ごとに、新しい愛と賜物に目を注ぐように、私の心を励ます。よろずのものに時あるも、とわにつきぬは神の愛。」(「抵抗と信従」収録)

飼い葉桶の御子に示される神の愛は、朝ごとに新しい愛と賜物に目を注がせる。わたしは見捨てられてはいない。その「生」は肯定され、豊かな恵みと養いを与えてくださる。そこには断絶は存在しない。全ての人が結ばれて、永遠の命の希望に生きることができる。

 

 来るべき年、天と地、神と人、人と人とが飼い葉桶の御子に結ばれ、全ての人が永遠の命の希望に生きることができるように祈りましょう。 

2024. 12.22 降誕前第1主日(クリスマス)礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシヤである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。

                                    (ルカによる福音書2章11~12節)

 

 「今日、あなたがたのために」     深見 祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシヤである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。

                                    (ルカによる福音書2章11~12節)

 

          「今日、あなたがたのために」     深見 祥弘

 クリスマスおめでとうございます。この年を振り返ると、いろいろなことがありましたが、こうして共に集まり、クリスマスを祝うことができ感謝をいたします。

 今朝の御言葉は、ルカによる福音書2章1~20節です。15節には、羊飼いたちの「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか。」(15)という言葉が記されています。これは、天使から救い主の誕生を聞いた時の羊飼いたちの応答の言葉です。また仲間たちへの呼びかけの言葉でもあります。この呼びかけの言葉は、時代や地域を越えて、私たちにも届き、こうしてこの場へと出かけてきました。

 

 高知県の教会で働きをしていた時、当時、天満教会の牧師であった春名康範牧師からお話を伺うことがありました。先生は、福音を力強くユーモアをもって語ってくださり、集まった人々を元気にしてくださいました。集会後、先生の著書の販売が行われ、私は「人生、一歩先は光」(教団出版局)を買ってサインをしていただきました。先生は、そこに「深見先生ご一家様、人生、一寸先は闇、しかし一歩先は光、『光は暗闇の中で輝いている』(ヨハネ1:5)」と書いてくださいました。また、まんがでうちの子どもたちを書いてくださいました。伝道者とその家族、その人生、一寸先は闇(伝道者だからといって特別ではないし、伝道者ゆえに負わねばならない深い闇もある)、しかし一歩先は光。「一寸」は3㎝、「一歩」は30~40㎝です。恐ろしくて進もうか戻ろうかと迷っていると、足元が崩れて闇の中に落ちてしまうこともあります。でも主に信頼をして、自ら一歩を歩みだすならば、必ず光を見出すことができます。「人生、一寸先は闇、しかし一歩先は光、『光は暗闇の中で輝いている』」。先生は、若かった私たちをこのように励ましてくださいました。これこそが、クリスマスのメッセージです。

 

 クリスマスは、主に信頼をして一歩を踏み出す時です。それはクリスマスの出来事に登場してくる人々にもそうした姿を見ることができます。

 ヨセフは、いいなずけのマリアが御子を身ごもったとき、思い悩みひそかに縁を切ろうとしました。しかし天使の「恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」(マタイ1:20~21)との言葉を信じ、主に委ねて一歩を踏み出しマリアを迎え入れました。

 マリアは、天使の「あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる」(ルカ1:31~32)との言葉を信じ、「お言葉どおり、この身になりますように」(ルカ1:38)と答えて一歩を踏み出しました。恐れを覚えながらも、信じて一歩を踏み出すことで、御子イエス(光)が与えられたのです。

 羊飼いは、ユダヤの社会において差別され、救われないと言われていた人々でした。彼らが安息日でも羊の世話をしなければならず、草や水をもとめて移動するため、町にある会堂で礼拝を守ることができなかったからです。そのように闇の中にいた彼らを主の栄光が照らし、「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。・・・あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」(2:11~12)とみ告げを聞きました。羊飼いたちはこれを信じて「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」(2:15)と話し合って一歩を踏み出し、飼い葉桶の御子(光)を探し当てました。

  東の国の博士たちは、闇に輝く星を見て、ユダヤの王の誕生を知らせるしるしであることを知り、エルサレムのヘロデ王を訪ねました。しかし王子は誕生していませんでした。博士たちは、祭司長や律法学者から預言者ミカの言葉「ユダの地、ベツレヘムよ、・・・お前から指導者が現れ、わたしの民イスラエルの牧者となるからである。」(マタイ2:6)を聞きました。さらに東方で見た星が再び現れたので、その導きによって一歩を踏み出しました。彼らは、ベツレヘムに御子(光)を見出し、この子が外国人である自分たちにとっても救い主であることを知って、黄金と乳香と没薬の捧げ物をいたしました。

 

 ここまでお話をしてきたヨセフ、マリア、羊飼いたち、博士たちは、ただやみくもに一歩を踏み出した訳ではありません。み言葉を信じ、その一歩を踏み出しました。それは、御子イエス(光)にむかっての一歩でした。

 ところで、この人々をベツレヘムの御子のもとに導くために主が用いたのは、天使や預言者ミカの言葉だけではありません。なんと、主はローマ皇帝アウグストゥスの言葉、そしてユダヤ王ヘロデの言葉をも用いています。2章1節「そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。」。この皇帝の言葉は、住民登録によって人々を労役に徴用することや、徴税を目的とするものでした。皇帝はこれによって、ローマ帝国の力をより堅固なものとし、世に自らの栄光を明らかにし、平和を実現しようといたしました。この皇帝の言葉はナザレにも届き、ダビデ家の出身であったヨセフは、いいなづけのマリアとともに、ダビデの町ベツレヘムに出かけたのでした。

 ユダヤの王ヘロデも、東の国の博士たちに対し、ベツレヘムへの出発を促します。「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう。」(マタイ2:8) このように、主は良い言葉、悪い言葉のすべてを用い、人々を飼い葉桶の御子のもとに導かれるのです。

 

 さて、人々が飼い葉桶の御子に見いだした「光」とは何であったのでしょうか。それは、天使と天の大軍によって賛美されます。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」(14)。主が願われること(栄光が神に帰され、地に平和がもたらされる)が、飼い葉桶の御子によって実現します。人々がこの希望に向けての一歩を、飼い葉桶のもとから歩み始める時こそがクリスマスなのです。自らを王とし救い主とする皇帝が、ローマの平和のために呼びかけた勅令は、人々を御子の所に導きました。そして飼い葉桶にねむる御子に「まことの栄光と平和のしるし」を見た人々は、この福音(飼い葉桶の御子こそ、まことの世界の王であり救い主である、この方において神の栄光と平和が実現する)を宣べ伝え、ベツレヘムから場所や時代を越えて広がってゆきました。

 

 私たちは、「今日、あなたがたのために救い主がお生まれになった。」、この呼びかけに応えて、ここに集いました。私たちはここで御子イエスを見出し、御子を「救いのしるし」と信じて、新たな一歩を踏み出しましょう。私たちは、ヨセフのように預言者の語った言葉に聞き、マリアのように降誕の出来事のすべてを心におさめ、羊飼いのように神を礼拝し、博士のように自らを献げて「別の道」を歩みはじめます。それは、救いにいたる道です。

良きクリスマス、新年をお迎えください。 

2024. 12.15 降誕前第2(アドベントⅢ)主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

(ヨハネによる福音書1章14節)

「 わたしたちは見た 」    仁村 真司教師

< 今 週 の 聖 句 >

言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

(ヨハネによる福音書1章14節)

「 わたしたちは見た 」    仁村 真司

「初めに言があった・・・」。大変印象的で良く知られているヨハネ福音書の冒頭、序文(1章1〜18節)は、マタイ・ルカ福音書がそれぞれに伝える降誕物語と並んで、しばしばクリスマスに取り上げられる所です。

万物に先立って父なる神のもとに存在した神の独り子が人となって地上に現れたことによって救いが出来事となった、この「受肉」という考え方(14節 「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」)に拠って「神の御子がベツレヘムにお生まれになった」というのとは別の形でクリスマスの出来事を伝えていると(も)考えられるからだと思います。

ただ今回、御子の降誕を待つアドベントの時、この箇所を見て行こうと思い立ったのは今の私の中で「初めにあった」のが「言」ではなく「クリスマス」だからという、そういう事情でです。そして「クリスマス」と言えば「光」、5節の「光は暗闇の中で輝いている」に惹かれてのことです。

1)

とは言っても、「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった」。「言」は原文では「ロゴス」で、「ロゴス讃歌」と呼ばれる今日の箇所ですから「言(ロゴス)」を避けて通る訳にもいきません。

ギリシア語のLogosを「言」とするようになったのはおそらくは文語訳からですがそれ以前、1837年のギュツラフ訳では「ハジマリニ  カシコイモノゴザル」)、1872年のヘボン・ブラウン訳では「元始(はじめ)に言霊(ことだま)あり」、1874年のヘボン訳では「太初(はじめ)にことばあり、ことばは神と

ともにあり道(ことば)はすなわち神なり」で後には(1880年)すべて「道」が当てられています。

「ロゴス」には主として「言葉」という意味と「理性」という意味がありますが、いずれも人間の(他の生物にはない)特徴と言えます。なので、私たちは「言葉」も「理性」も人間に属し、人が持っている、乃至持つべきもの、人が使うもののように、それとなく思い込んでいると思います。

ですが、僅かな音声を発すること、僅かな体の動きによってかなり複雑な意味を人から人へと伝え、また人の心を支配することもある、そんな力のある、“力そのもの”とも言える、言葉を人は使いこなせているのか・・・。

人が言葉を使っているのではなく、言葉が人を使っているのではないだろうか?人間に言葉が属しているのではなく、言葉に人間が属している・・・。理性についても同様ですが、時に私はそんなふうに感じることがあります。

古代の人々は「ロゴス」がもたらす不可思議な、驚くべき現象に畏敬の念を持って接し、この語は“神的な”機能を表す、特別な存在を示すと考えられるようになったのだと思います。

このようなニュアンスを日本語で伝えるための「カシコイモノ」、そして「言霊」であり「道」であり、「言葉」ではなく、「言」なのでしょう。

もっとも、今では「ロゴス」は国語辞典を引けば普通に出て来ます。そして大抵は「言葉、論理」・「理性」に加え「神の言葉。また、それが形をとって現れたキリスト」というようなことも書いてあります。

およそ神学における「〇〇論」というものは難しくて分かりにくいのですが「ロゴス・キリスト論」という考え方があって、これまたかなり難解で正直私はよく分かりません。なので説明も出来ませんが、ヨハネ福音書はロゴス・キリスト論のイメージで、抽象的で観念的・哲学的等と、それがヨハネ福音書の特徴であると思われていることも多いと思います。

  2)

今日の箇所では「言(ロゴス)」の他に「命」・「光」・「暗闇」といった言葉が独特の意味合いで用いられていて、ヨハネ福音書は抽象的・観念的、要は難しくて分かりにくいという印象に「貢献」しています。

言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で

輝いている。暗闇は光を理解しなかった。      (4~5節)

このような表現が出て来た背景として考えるられるのは当時のユダヤ教社会の状況です。

後70年にローマ軍によってエルサレムが陥落し、神殿中心のユダヤ教は崩壊します。律法を中心にして再建を図りますが、神殿と共に社会的・現実的な権威・権力を失ったユダヤ教では思弁的な、この世的なものに一切価値を認めず天上的なものに価値を見いだす、目に見えるもの・形あるもの・肉体的なことは無意味、自己の内面に眠る本質を認識しなければならないという(大雑把に過ぎる説明ですが)思想が流行していました。

このような「グノーシス主義」と呼ばれる思想運動の影響下でヨハネ福音書は記された。それで具体的ではない、抽象的で分かりにくい表現になったという面は、少なくとも今日の箇所については、あると思います。

グノーシス主義はキリスト教の中にも入って行くのですが、ではヨハネ福音書が「キリスト教グノーシス派」の文書なのかというと(そう考える人たちもいますが)、私はそうではないと考えます。

ただ、グノーシス派はキリスト教において「異端」とされますが、ヨハネ福音書が「異端か正統か」という議論とは全く関係ありません。

  3)

抽象的で観念的、思弁的で、言われてみればグノーシスっぽい感じがする今日の箇所、「ロゴス讃歌」ですが、実は大部分はヨハネ福音書を書いた人(たち)の文章ではなく引用だと考えられます。

その中で、まず6~8節はヨハネ福音書著者自身の文です。その主旨は言(ロゴス)の内にある光、それは洗礼者ヨハネではないということです。

多分、十中八九、「ロゴス讃歌」は元々は洗礼者ヨハネの信奉者の間で広まっていたものです。この抽象的な文章(詩文)が、グノーシス主義の影響を受けた可能性はありますが、ヨハネ福音書著者としては神と共にあり神である「言(ロゴス)」が世に現れたのならば、それはイエス以外には在り得ない。ここで言わんとしているのはその一点です。この後の記述において、「言(ロゴス)」について深められも、展開されてもいません。

では、「ロゴス讃歌」の他にはグノーシス主義の影響はないのかということですが、ヨハネ福音書とグノーシスの関係でよく云々されるのが「キリスト仮現論」です。キリストは完全に神であって、その人性(人としての姿)は単なる現れに過ぎないという如何にもグノーシス的な考え方です。

この考え方に拠るとこの世を生きたイエスの姿も、受難も、十字架の死も全て、現実のものではなく、そう見えただけのものとして扱われることになるのですが・・・これはダメ、とんでもない、と私は思います。ですが・・・。

私たちが、例えばイエスの受難・十字架を「私たちの救いのために・・・」と思うときに、無実の人間が一人、その優れた働きの故に殺されたという事実・現実はどこに行っているのでしょうか?そのつもりがなくても「そのように見えただけで、本当は救いのために・・・」ということにいつの間にかなっているのであれば、これも一種の「仮現論」だと私は思います。

そして、確かにヨハネ福音書は「グノーシス主義」とか「仮現論」とか、この世のこと・現実のものに意味も価値も見いださない風潮の中で記されました。しかし、その風潮に流されてではなく、反対にその風潮に対してそうではないと言っているのがヨハネ福音書だと私は思います。

14節「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。」・・・「肉」も「見た」もグノーシスでは無意味・無価値です。

勿論ここは引用ではなく、福音書著者自身の言葉で、イエスは真の神でありこの世の現実を生きた真の人であるということです。そして、これ以降、「言」ではなく「光」、「世の光イエス」が語られて行きます。

2024. 12.8 降誕前第3(アドベントⅡ)主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」(マタイ福音書1章20~21節)

 

   「恐れるな、ヨセフ」       深見祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」(マタイ福音書1章20~21節)

 

            「恐れるな、ヨセフ」       深見祥弘

 アドベント第2の主日を迎えました。アドベント・クランツに2つ目の光が与えられました。クランツは、古代において「勝利のしるし」であり勝者の頭にかぶせられました。アドベント・クランツは、来るべき主への敬意のしるしであり、主の勝利を証しするものです。またクランツは、わたしたちの命が主イエスによって完全なものにされる永遠の命のしるしです。さらにクランツは、私たちが、主イエスによって一つとされる愛のしるしです。私たちはこの時、アドベント・クランツの光を見つめながら、主の勝利を信じて生きることができているのか、また隣人を愛することができているのかを顧みたいと思います。

 

今朝の御言葉は、マタイによる福音書1章18~25節です。説教題を「恐れるな、ヨセフ」としました。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。」(20)からつけました。ここで思い起すことは、受胎告知の際に夫ヨセフも妻マリアも「恐れ」を感じたことです。

 まず妻マリアについてお話し、その後ヨセフについてお話いたします。

天使が、マリアのところに来て、「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」(ルカ1:28)と呼びかけた時、マリアは恐れを覚えました。天使はそれに気づき「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。」(ルカ1:30~32)と告げました。

 このマリアとは、どのような人物なのでしょうか。受胎告知の時、天使がこう告げました。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。」(ルカ1:35) このエリサベトについては、「アビヤ組の祭司にザカリアという人がいた。その妻はアロン家の娘の一人で、名をエリサベトといった。」(ルカ1:5)と書かれています。エリサベトは、「アロン家の娘の一人」(アロンはモーセの兄であり大祭司・アロン家は大祭司の家系)であり、マリアはエリサベトの親類、つまりマリアもレビ族アロン家の子孫ということがわかります。

一方、夫ヨセフは、ユダ族ダビデ家の子孫です。マタイによる福音書1章1~16節には、イエスの系図が記されています。1節に「アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図」とあります。16節には「ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。」(イエスはヨセフと血のつながりはない)と記されています。またルカによる福音書2章4節には「ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。」とあります。

 このように二人は、イスラエルの名家の子孫として書かれています。しかしダビデ王からヨセフまで、数えて千年の時が経っています。この時代ユダヤの王は、ダビデ家とは関わりのないヘロデでありましたし、ヨセフは大工(庶民)でありました。またマリアは、親類のエリサベトがアロン家の子孫で祭司の妻でもありましたが、マリア自身は社会的に力や立場をもたない人であったと考えられます。

 

 それでは夫ヨセフの「恐れ」とは何でしょうか。彼が、夢に現れた天使に恐れを覚えたということでしょうか。ここで主の天使は「恐れず妻マリアを迎え入れなさい」と言っています、婚約中のマリアが身ごもったことで、このまま結婚することに恐れを覚えたということです。19節には「夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。」と書かれています。「正しい人」とは、律法を守る人のことです。当時のユダヤでは、婚約から1年を経て結婚し、結婚後一緒に暮らし始めました。しかし婚約をすると法的に二人は、夫婦とみなされました。ですから婚約中に他の人の子を宿すならば、律法の姦通の罪(レビ記20:10)により死罪とされました。ヨセフは、この律法とマリアに対する愛の狭間に立たされ、悩み恐れ、ついにはひそかに縁を切ることといたしました。ヨセフは、これまで自分が大切にしてきた律法を守るという在り方を破ることに恐れを感じたのです。しかしこのヨセフの恐れをぬぐい去ったのは、主の天使のこの言葉でした。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」、「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名は、インマヌエル(神は我々と共におられる)と呼ばれる」。これはかつてイザヤが救い主の到来を預言した言葉(イザヤ7:14)でした。

 では妻マリアの「恐れ」とは何でしょうか。マリアは「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」と聞いた時、まず天使の出現に驚いたことでしょう。でもマリアは、その呼びかけを聞いて「戸惑い・・・考え込んだ」(ルカ1:29)とあります。「主があなたと共におられる」との言葉を聞いたとき、マリアはイザヤの預言「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」を思い起こしました。しかしマリアは、ヨセフへの愛を破ることを恐れ「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」と答えると、天使は「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。・・・神にはできないことは何もない」と言いました。マリアはこれを聞いて「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように。」と答えたのでした。

 ヨセフとマリアは、来るべき日に救い主が来られることを信じていました。しかし自分たちにあたえられる男の子が、救い主であるということ聞いたとき、戸惑いや恐れを覚えたのです。そんな二人が、受胎告知を受け入れることができたのは、その子の名が「インマヌエル(神は我々と共におられる)」であると告げられたことによってでありました。ヨセフとマリアは、「インマヌエル」に励まされ、自らの正しさや愛を空しくし、神の正しさや神の愛に自らを委ねようと決心したのでした。

 ヨセフの系図は、ダビデ家の流れの中にありますが、それは人間の罪の歴史でもありました。マリアの系図は、アロン家の流れの中にありますが、マリアに聖霊が臨むことによって、聖霊の力によって救い主が誕生します。ヨセフとマリアが「インマヌエル」の言葉に励まされ、「恐れ」を拭い去って結婚することで、人間の罪の歴史と神の救いの御計画が出会い、神の救いの歴史が始まることとなったのです。

 

 私たちは、闇の中を歩む民です。しかし、すでに「その名はインマヌエル」といわれるイエス・キリストが共にいてくださいますし、ヨセフとマリアに始まる神の救いの歴史を歩む者です。それゆえに私たちは、自らの恐れを信仰に変えていただき、「お言葉どおり、この身に成りますように。」(ルカ1:38)と祈りつつ、アドベントの時を過ごしてまいりましょう。 

2024. 12.1 降誕前第4(アドベント第1)主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

彼らは剣を打ち直して鋤とし 槍を打ち直して鎌とする。国は国に向って剣を上げず もはや戦うことを学ばない。ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。                                                     

(イザヤ書2章4~5節)

 

   「主の光の中を歩もう」      深見 祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

彼らは剣を打ち直して鋤とし 槍を打ち直して鎌とする。国は国に向って剣を上げず もはや戦うことを学ばない。ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。                                                     

(イザヤ書2章4~5節)

 

           「主の光の中を歩もう」      深見 祥弘

 今日からアドベント(待降節)に入りました。アドベント・クランツに一つの光が与えられました。「待降節」とは、キリストの降臨を待つという意味です。すなわち2千年前のイエス・キリストの降誕を記念し、その光の中でキリストの再臨・降臨を待つのです。私たちはどんなに厳しく過酷な状況におかれても、キリストの光をたずさえ伝えながら、キリストの再臨の日(終わりの日)の約束を希望とし信じて歩むのです。

 

 み言葉は、旧約聖書イザヤ書2章1~5節です。ここに、「彼らは剣を打ち直して鋤とし 槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず もはや戦うことを学ばない。」(4)と書かれています。預言者イザヤは、どのような時代と状況の中、どこで、主の言葉を語ったのでしょうか。

 イザヤが預言者として召命を受けたのは、BC742年でした。彼は40年間、南王国ユダ・エルサレムで働きをいたしました。ちょうど、アッシリア帝国ティグラテピレセル3世(BC745~727)が、帝国の拡大を開始した頃でした。王は強力な軍事力と捕囚によって、それをなしました。その方法は、まず軍隊による示威的行進を行い、国々に忠誠の証しとして貢物を要求しました。その要求はしだいに大きくなり、国々が応えられなくなると、誓いを破ったことを理由に攻撃をし、一部を属州化してさらに重い貢物を要求しました。そしてこの要求に応えられなくなると全面攻撃をし、その国の王と人々を捕囚として他の地に移し、新しい統治者と他の民族をその地に住まわせました。

 シリア・パレスチナも、同様にして侵略されました。BC738年、シリア北方ハマトが占領され、ダマスコや北王国イスラエルに重い貢物を要求しました。列王記下15:19~、北王国は銀1千キカル(1キカルは34㌔)を貢いだと書かれています。やがて北王国は要求に応えられなくなり、BC722年、首都サマリアが陥落し、北王国イスラエルは滅亡いたしました。

 それでは、南王国ユダは、どう対応したのでしょうか。エルサレムにいたイザヤは、何を語ったのでしょうか。ユダの王は、周辺の国々から反アッシリア同盟に加わるように求められました。対してイザヤは、神の教えに従うならば、エルサレムは決してアッシリアに脅かされることはなく、神が常に守ってくださると語りました。BC701年、王ヒゼキアの時、エルサレムはアッシリアの攻撃を受けて降伏いたしました。しかし、王は捕囚を免れ、国は滅亡を免れました。エルサレムが、アッシリアからエジプトに至る道から外れた山の上にあり、重要な町とみなされなかったからです。イザヤ書1章7~8節に、その時の様子が書かれています。「お前たちの地は荒廃し、町々は焼き払われ 田畑の実りは、お前たちの目の前で 異国の民が食い尽くし 異国の民に覆されて、荒廃している。そして、娘シオンが残った。包囲された町として。ぶどう畑の仮小屋のように きゅうり畑の見張り小屋のように。」

 

 イザヤ書2章1~5節には、BC701年ヒゼキヤ王の降伏の後のことが書かれています。イザヤは、ユダの国エルサレムの人々に主から示された幻を語りました。それはこのようなものでした。

終わりの日、国々は大河のように主の神殿の山に向かい、多くの民が来ます。それは侵略のために来るのではなく、主の言葉に聞き、主の教えられる道を歩みはじめるために来るのです。次に主は、国々の争いを裁き、民を戒められます。国々や民は、これまでのことを思い起こし悔い改めを求められます。それによって、国々や民は剣を鋤に打ち直し、槍を鎌に打ち直します。そして国々や人々が一つの家・ヤコブの家となり、「主の光の中を歩もう」と呼びかけあうのです。

イザヤは、まるで食いつくされて荒廃したきゅうり畑に残された見張り小屋のような、ユダの国とエルサレムの人々にこのように預言したのでした。

 

 イザヤのこの預言は、七百年後にイエス・キリストによって実現しました。イザヤの預言「主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」(3)の実現を、私たちは「わたしは道であり、真理であり、命である」(ヨハネ14:6)と言われたイエス・キリストに見ることができます。また「主の教えはシオンから 御言葉はエルサレムから出る」(3)「ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。」(5)この預言の実現は、「初めに言があった。・・・言は神であった。・・・言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。」(ヨハネ1:1~5)と書かれているイエス・キリストに見ることができます。ですから、イザヤ書2章の言葉は、イエス・キリストの到来を預言しているのです。来るべき日、この御方が世に遣わされ、この方のもとに人々が集まり、その言葉に耳を傾け、悔い改めに導かれる。この方の道を歩むなら国々は、闇の中にあっても光を見、平和の種蒔きをし、収穫をして、平和を実現することができるのです。「剣を打ち直して鋤とし」とあります。鋤は平和の種蒔きをするために荒廃した土地を耕すものです。また「槍を打ち直して鎌とする」、鎌は実りを刈り入れるときに用いるものです。

 

 イスラエルとガザの戦争の始まりは、2023年10月でした。パレスチナのイスラム組織ハマスの戦闘員3千人が、イスラエルに襲撃を仕掛け、1200人を殺害し250人を人質としてガザに連れ去りました。これに対しイスラエルは、ハマスの壊滅と人質の奪還を掲げてガザ地区に大規模な攻撃を始め、1年が過ぎました。これによってガザ地区は、壊滅状態となり、死者は4万人を超え、激しい攻撃は今も続いています。(間接死:餓死者6万7000人、がれきに埋もれている人1万人などを加えると死者は10数万人に及ぶと想定される)更にイスラエルはハマスを支持する勢力を排除しようと隣国レバノンへの侵攻にもふみきりましたし(11/27停戦)、長年対立してきたイランと攻撃の応酬をくり返しています。

(参照:クローズアップ現代取材ノート、鴨志田郷、2024.10)

 かつて数知れぬ住民が亡くなり廃墟となった北王国サマリアの町、南王国エルサレムの町を思いながら、現在のガザに思いを寄せるものです。来るべき日、聖地エルサレムを目指してイスラム教を信じる人々、キリスト教を信じる人々、そしてユダヤ教を信じる人々が、「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」と呼びかけながらやって来ます。そして主が国々の争いを裁き、悔い改めに導き、剣を鋤に、槍を鎌に打ち直して平和への歩みを始めます。さらに終わりの日、世界中の人々が主の山に集まり、平和が完成されるのです。この希望の中で、イスラエルとガザの人々が、互いに武器を鋤や鎌に打ち直し、鋤で荒廃した土地を耕し、平和の種を蒔き、鎌で平和の実りを収穫することを始めるのです。

 

 アドベントを迎えた私たちは、人々に「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう。」と力強く呼びかけましょう。共にイザヤの預言とイエス・キリストの言葉に耳を傾け、闇の中に主の光を見出し、その道を歩み始めましょう。

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