W.M.ヴォーリズが愛した教会
近江八幡教会
日本キリスト教団
2026. 10. 4 聖霊降臨節第20主日礼拝

< 今 週 の 聖 句 >
そこで、イエスは地面に座るように群衆に命じ、七つのパンを取り、感謝の祈りを唱えてこれを裂き、人々に配るようにと弟子たちにお渡しになった。
(マルコによる福音書8章6節)
「その手には7つのパン」 深見 祥弘 牧師
< 今 週 の 聖 句 >
そこで、イエスは地面に座るように群衆に命じ、七つのパンを取り、感謝の祈りを唱えてこれを裂き、人々に配るようにと弟子たちにお渡しになった。
(マルコによる福音書8章6節)
「その手には7つのパン」 深見 祥弘
今朝のみ言葉は、マルコによる福音書8章1~10節、イエスが七つのパンと少しの魚を祝福して弟子たちに配らせ、四千人の人々を満腹させた話、「四千人の給食」と呼ばれる奇跡物語です。
コミュニティテレビでは、市内の小学一年生の給食の様子を放映することがあります。子どもたちは、給食の時間がとても楽しそうです。わたしは1960年代に全校生徒百名ぐらい(わたしの学年は一クラス15名)の田舎の小学校に通いました。この小学校には「給食」がなく、生徒の多くが昼休みに家に帰って食事をとります。1時間の休み時間に家に帰り学校に戻ってくるのですから、お湯を注いで3分でできるチキンラーメンを食べていました。中学時代は、学校が遠く離れていることもあって弁当をもって通いました。このようでありましたから、楽しそうに給食を食べる子どもたちを見ると、うらやましく思います。
学校給食の発祥は、1889年山形県鶴岡市の私立忠愛小学校とされます。弁当を持ってくることができない児童のために、おにぎりと焼き魚と漬物を無料で配りました。1900年代には、各地の尋常小学校でも、欠食児童対策としてパンなどが配られました。1920~1930年代、児童の栄養不良を改善する保健事業の一貫として、都市部でも「栄養給食」を実施する学校が増えました。 戦後文部省は、全国の小学校で「完全給食」(主食、おかず、牛乳がそろった学校給食のこと)の実施を決め、1952年4月それが始まりました。このように給食は、当初の「欠食児童」対策から「栄養不良」対策へ、さらに「教育の一環(食育)」に位置づけられるようになりました。
マルコ福音書には、二つの「給食」の奇跡物語があります。一つは、6章30~44節「五千人に食べ物を与える」話であり、もう一つが8章1~10節「四千人に食べ物を与える」話です。
まず、それぞれの「給食」物語についてお話します。「五千人に食べ物を与える」話、場所はガリラヤ湖畔の「人里離れた所」です。イエス一行は休息のために舟でその所に来ましたが、群衆は陸路で追いかけ、一行が到着する前にそこに来て待っていました。イエスはその「飼い主のいない羊のような」群衆を見て深く憐れみ、教えをされました。夕暮れ近くになり、弟子たちがイエスに「人々を解散させてください。そうすれば、自分で周りの里や村へ、何か食べる物を買いに行くでしょう。」と言いました。しかしイエスは、「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」、「パンは幾つあるのか、見て来なさい」と言うと、弟子たちは「五つあります。それに魚が二匹です」と答えました。弟子たちが群衆を五十人ずつ組に分けて青草の上に座らせると、イエスは五つのパンと二匹の魚を手に取り、天を仰いで祈り、パンを裂いて弟子たちに分配させると、男五千人が満腹し(女も子どもも満腹した)ました。そしてパンの屑と魚の残りを集めると、十二の籠にいっぱいになりました。
「四千人に食べ物を与える」話、場所は同じくガリラヤ湖畔の人里離れた所ですが、そこに至るまでイエス一行は、ティルス地方からシドンを経て、デカポリス地方を通りぬける経路をたどってきました。また一行に従ってきた群衆も、そうした地方の人々でした。イエスが弟子たちに「群衆がかわいそうだ。もう三日もわたしと一緒にいるのに、食べ物がない。空腹のまま家に帰らせると、途中で疲れきってしまうだろう。中には遠くから来ている者もいる」と言うと、弟子たちは「こんな人里離れた所で、いったいどこからパンを手に入れて、これだけの人に十分食べさせることができるでしょうか」と答えました。イエスが「パンは幾つあるか」と尋ねると、弟子たちが「七つあります」と答えました。イエスは群衆を座らせ、七つのパンを手に取り感謝の祈りを唱えてこれを裂き、弟子たちに配らせました。また小さい魚が少しあったので、これも同じようにしました。四千人の人々(女や子どもを含む?) はこれを食べて満腹し、残ったパンの屑を集めると七籠になりました。
二つの話で気づいたことが四つあります。
一つ目、これらの話は、旧約聖書出エジプト記の「マナの奇跡」をイメージしていることです。エジプトを脱出し荒れ野を旅したイスラエルの民は、導き手であったモーセに不信を抱き、飢え渇きの中でエジプトの方が良かったとつぶやきました。神は不信仰な人々に「マナ」を与えて養い、約束の地カナンに導きました。今日のお話は、「人里離れた所」が舞台で、出エジプト記の「荒れ野」と重ねることができます。また人々は、「飼い主のいない羊のような有様」でありましたが、これも出エジプト記、モーセに不信を抱く人々の姿を重ねることができます。さらに人々は、パンと魚によって満ち足りた食事をすることができました。それは「神の国」の食事を指し示すものですが、出エジプト記の「乳と蜜の流れる地カナン」と重ねることができます。
二つ目、「五千人の給食」はユダヤ人に与えられる主の憐みをあらわし、「四千人の給食」は異邦人に与えられる主の憐みをあらわしていることです。「五千人の給食」で恵みに与った人々は、イエスが十二人の弟子たちをガリラヤ周辺の村々に派遣し、その宣教によって集まってきた人々でした。他方「四千人の給食」で恵みに与った人々は、イエス一行が異邦人の町ティルス、シドン、デカポリスで宣教し従ってきた人々でした。
三つ目、「五千人の給食」では、残ったパンと魚が十二の籠(コフィノス)にいっぱいになったとあります。「十二」はイスラエル十二部族を、その籠(コフィノス)は、ユダヤ人が食物を入れて持ち運ぶときに用いた籠です。
「四千人の給食」では、残ったパンは七つの籠(スフュリス)でありました。
「七」は完全数で世界をあらわし、籠(スフュリス)は異邦人が用いた籠のことです。
四つ目、人々に配られたパンと魚は、イエス・キリストを象徴するものです。「主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りをささげてそれを裂き、『これは、あなたがたのためのわたしの体である』」(Ⅰコリント11章23~24節) と言われました。「パン」はイエスの体を象徴します。また「魚」(イクトゥス)は、「イエス・キリスト、神の子、救い主」の頭文字を並べるとイクトゥスになり、これもイエス・キリストを象徴しているのです。
今朝は、「世界聖餐日・世界宣教の日」です。わたしたちは、「五つのパンと二匹の魚」「七つのパンと小さな魚少し」を献げます。イエス・キリストがそれを手に取って祝福してくださるなら、主の業を見ることができます。
ユダヤ人と異邦人は、イエスのなされた業にまことの「羊飼い」を見出しました。また求めるならばユダヤ人も異邦人も、それぞれの籠の中から豊かに養いをいただくことができると示されました。人々は、イエス・キリストにまことの「羊飼い」と「憐み」を見出し、「神の国」への希望をもいただくことができます。
イエス・キリストによって裂かれ、わたしたちの手に渡されたパンは、イエス・キリストの体です。十字架においてわが身を裂き、憐みを成し遂げてくださったイエス・キリストによって世界の人々は、罪を赦され、今を満たされ、将来に希望をいだくことができるのです。