W.M.ヴォーリズが愛した教会
近江八幡教会
日本キリスト教団
2026. 7. 26 聖霊降臨節第10主日礼拝(信徒立証礼拝)

< 今 週 の 聖 句 >
「神のなさることは時にかなって美しい」
(伝道の書3章11節)
証題『主に導かれて今ここに』 樋口 栄子姉
「絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。」
(テサロニケの信徒への手紙 Ⅰ 5章17~18節)
証題『振り返って今思うこと』 岩原 和恵姉
< 今 週 の 聖 句 >
「神のなされることはみな、その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお人は神のなされるわざを
はじめから終わりまで見極めることはできない。」
(伝道の書3章11節)
証題『主に導かれて今ここに』 樋口 栄子姉
「絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。」
(テサロニケの信徒への手紙 Ⅰ 5章16~18節)
証題『振り返って今思うこと』 岩原 和恵姉
愛唱讃美歌 聖歌604(樋口姉、岩原姉)
2026. 7. 19 聖霊降臨節第9主日礼拝

< 今 週 の 聖 句 >
「この女はアブラハムの娘なのに、十八年もの間サタンに縛られていたのだ。安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったのか。」
(ルカによる福音書13章16節)
「 安息日に 」 仁村 真司 教師
< 今 週 の 聖 句 >
「この女はアブラハムの娘なのに、十八年もの間サタンに縛られていたのだ。安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったのか。」
(ルカによる福音書13章16節)
「 安息日に 」 仁村 真司
律法では安息日に働くことは禁じられています。「癒し」も「働くこと」に
あたるとされていましたから、安息日に癒しを行えば律法違反になります。
その安息日にイエスが癒しを行う話がルカ福音書には三つあります (6章6~11節、13章10~17節、14章1~6節)。 今日の箇所はその二つ目ですが、まず一つ目の手の萎えた人を癒す話 (6章6~11節)を見ておきます。
1)
また、ほかの安息日に、イエスは会堂に入って教えておられた。そこに一人の人がいて、その右手が萎えていた。律法学者たちやファリサイ派の人々は、訴える口実を見つけようとして、イエスが安息日に病気をいやされるかどうか、注目していた。イエスは彼らの考えを見抜いて、手の萎えた人に、「立って、真ん中に出なさい」と言われた。その人は身を起こして立った。そこで、イエスは言われた。「あなたたちに尋ねたい。 安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、滅ぼすことか。」そして、彼ら一同を見回して、その人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。言われたようにすると、手は元どおりになった。 ところが、彼らは怒り狂って、イエスを何とかしようと話しあった。
(6章6~11節)
あとの二つ (13章10~17節 、14章1~6節)はルカ特有の記事ですが、この一つ目はマルコ (3章1~6節)マタイ(12章9~14節)にも並行記事があります。マタイもルカもマルコの記述を元にしている訳ですが、それぞれの仕方でマルコが伝えるイエスの言動を穏やかにしているようです。
[マルコ(3章4節)の「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか、命を救うことか、殺すことか」を、マタイは、持っている羊が安息日に穴に落ちて、それを引き上げない者はいない、「人間は羊よりもはるかに大切なものだ。だから、安息日に善いことをするのは許されている」(12章11・12節)に換えています。ルカは「命を救うことか、殺すことか」の「殺すことか」はどぎついと思ったのか「滅ぼすことか」にしています。また、「イエスは怒って人々を見回し・・・」(マルコ3章5節)というイエスの「怒り」をマタイもルカも削除しています。]
ただ、ルカの場合はイエスを訴えようとする人たちの反応も、“穏やか”
にはしていませんが、質の異なるものにしています。
マルコ (3章6節)ではファリサイ派の人々がヘロデ派の人々と一緒に、マタイ (12章14節)ではファリサイ派の人々が、「イエスを殺す相談をし始めた (相談をした)」ですが、ルカ(6章11節)では「彼らは怒り狂って、イエスを何とかしようと話しあった」。「怒り狂って」の直訳は「理性・合理性を失うことに満たされて」ですから、「頭に血がのぼって、理性的にも合理的にも考えられなくなって、道理も理屈もそっちのけで、イエスをどうしてやろうかと互いに言い合った」と、そんな感じだと思います。
2)
手の萎えた人の癒しでは、イエスの反対者、律法主義者たちは兎も角カンカンになって怒っているのですが、今日の箇所、腰の曲がった女性の癒しでは、律法主義者も誰もこのような怒りに囚われることはありません。
14節に「… 会堂長は、イエスが安息日に病人をいやされたことに腹を立て」とありますが、「腹を立て」よりも「苛立って」の方が近いと思います。
「怒り狂って」とは違って一応の理屈はあって、「働いてはいけない安息日に、それも会堂で大っぴらにやらなくてもいいだろう。やり過ぎだ」という感じです。それで「働くべきは六日ある。その間に治してもらうが良い。安息日はいけない」とイエスにではなく、群衆に対して言っています。
これに近いことは私たちでも言う、思うんじゃないかと思います。「するのは良いが、日曜日、礼拝の時間にすることはない。してはいけない」。
イエスによる安息日の癒しの話を考える際の留意点は“緊急救命”の話ではないということです。「手の萎えた」も「腰の曲がった」も一分一秒を争う状態ではありません。それと律法主義者といっても、何事も字義通りに従わねばならぬとする “律法絶対主義者” はいたとしても極めて稀で、原則として必要な場合の安息日の治療行為は当然認められていたということです。
従って、会堂長が言った「働くべき六日の間に治してもらいなさい」は道理であり、常識的です。そしてまた、イエスのここでの言動からは、一つ目の話、手の萎えた人を癒す際の「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、滅ぼすことか」、この突き詰めて、突きつける、“切迫感” のようなものが殆ど伝わって来ません。
「偽善者たちよ、あなたたちはだれでも、安息日にも牛やろばを飼い葉桶から解いて、水を飲ませに引いて行くではないか。この女はアブラハムの娘なのに、十八年もの間サタンに縛られていたのだ。安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったか。」 (15~16節)
「人間なのに」でよい所を、「アブラハムの娘なのに」と言っている辺りは、
律法主義者が納得し易いよう配慮したのでは・・・という気さえします。
もしもイエスがはじめ(一つ目の話)からこのような言い方 (律法解釈)をしていれば、すぐれた律法学者、ラビの一人として尊敬されることはあっても、「怒り狂う」とか殺す相談といった反応にはならなったと思います。
こう言われると、反対者は皆恥じ入ったが、群衆はこぞって、イエスがなさった数々のすばらしい行いを見て喜んだ。 (17節)
3)
ですが、これはイエスがその見事な律法解釈によって反対者を納得させて恥じ入らせた、そういう話ではないです。16節のイエスの言葉の終わり、「安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったか」。
口語訳も聖書協会共同訳も「安息日であっても」ですが、文語訳では「安息日にその繋(つなぎ)より解かるべきならずや」で、この文語訳が直訳です。
つまり、「安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったか」ではなく、「安息日に(こそ)その束縛から解かれる、解放されるべきではないのか」、イエスはそう言っているということです。
前回、ルカは9章51節の「イエスは、天に上げられる時期が近づくと、エルサレムに向かう決意を固められた」から19章27節、エルサレムに入るまでをガリラヤからエルサレムへの「旅行記」として記している。そうすることによって、エルサレムへ、受難へと向かうイエスの姿に重ねて、歴史の中で苦難の道を歩む教会の姿をも伝えていると言いました。
そして、もしかしたら・・・ですが、今日の箇所については、ここでの安息日のユダヤ教の会堂(シナゴーグ)は、ルカが福音書を記していた頃の教会の様子を(も)表しているのではないか、そんな気がして来ました。
初期のキリスト教徒は、はじめはユダヤ教の会堂での安息日 (土曜日)の礼拝に参加していましたが、その内安息日の翌日、イエス・キリストが復活した日曜日に家ごとにあつまりパンを裂く式を行うようになりました。
それがやがて習慣化した荘重な儀式となっていって、それに参加して、今の私たちも祈り讃美し御言葉に聞き、満たされる…。それは勿論良い、大切なことです。しかし、それが主日(日)の全てなのか、それだけなのだろうか・・・。イエスはかつて、即座にどうにかしなくても、滅ぼすことにも殺すことにもなるはずのない人を、「安息日に許されているのは… 命を救うことか、滅ぼす (殺す)ことか」と言って癒した、苦しむ人に関わった。
「安息日にこそ束縛から解かれるべきなのではないか。」この言葉は、イエス・キリストに従おうとおよそ二千年前にその歩みをはじめた教会にとって、そのあり方への問いとして、今も意味を持ち続けていると思います。
2026. 7. 12 聖霊降臨節第8主日礼拝

< 今 週 の 聖 句 >
わたしが国で、あなたの御事績とあなたのお知恵について聞いていたことは、本当のことでした。 わたしは、ここに来て、自分の目で見るまでは、そのことを信じてはいませんでした。 (列王記上10章6~7節)
「ソロモンの知恵」 深見 祥弘牧師
< 今 週 の 聖 句 >
わたしが国で、あなたの御事績とあなたのお知恵について聞いていたことは、本当のことでした。 わたしは、ここに来て、自分の目で見るまでは、そのことを信じてはいませんでした。 (列王記上10章6~7節)
「ソロモンの知恵」 深見 祥弘
今朝の御言葉は、旧約聖書・列王記上10章「シェバの女王来訪」の話と、マルコによる福音書8章「イエスがベトサイダで盲人をいやす」話です。
シェバの女王は、ソロモン王の名声を聞き、多くの贈り物を携えて王を訪ね、あらかじめ用意していた質問をいたしました。ソロモンがその質問にことごとく答えたので、女王は「わたしが国で、あなたの御事績とあなたのお知恵について聞いていたことは、本当のことでした。」(6)と言い、王と王の神・主を讃えて贈り物をしました。ソロモンもまた、女王にふさわしい贈り物を与え、女王はそれを携えて国(シェバ)に帰っていきました。「シェバ」の国は、アラビア半島の南、イェメン付近にあったとも、アフリカのエチオピア付近にあったとも言われます。
「シェバの女王」については、次のように評価がなされます。ユダヤ教では神の人ソロモンを試みる悪女とされます。イスラム教では女王が自国の神を捨てて、アッラーへの信仰に回心したとされます。キリスト教では、女王を回心する異教徒の原型と捉えています。
もう一つの話は、マルコによる福音書8章 イエスがベトサイダで盲人をいやす話です。8章はイエスが四千人を七つのパンと少しの魚で養った話(1~10節)、ファリサイ派の人々が来てイエスにしるしを求めた話(11~13節)、舟の中でイエスが「ファリサイ派の人々のパン種とヘロデのパン種によく気をつけなさい」と弟子たちに話すと、自分たちが一つのパンしか持っていないことをとがめられたと思い論じ合い、それに対しイエスが一つのパン(主イエス)がいるなら豊かな養いをいただけることを「まだ分からないのか、悟らないのか。…目があっても見えないのか」と言われた話です(14~21節)。
このように1~21節には、イエスがどのような御方なのかを、人々が全く理解していなかったことが書かれています。
次に、イエスが向こう岸のベトサイダで盲人をいやす話(22~26節)、イエスが「あなたがたはわたしを何者だと言うのか」との問いに、ペトロが「あなたは、メシアです」と告白をする話(27~30節)、そして、イエスがご自分の受難と死と復活を予告すると、ペトロがイエスをわきへお連れしていさめる話(31節~)へと続きます。
この8章の流れから、盲人の癒しの話が何を伝えようとしているかが見えてきます。ガリラヤ湖北部のベトサイダは、ペトロとアンデレらの出身の村です。同時にベトサイダは罪深い村で、イエスは「コラジン、お前は不幸だ。ベトサイダ、お前は不幸だ。お前のところで行われた奇跡がティルスやシドンで行われていれば、これらの町はとうの昔に粗布をまとい、灰をかぶって、悔い改めたにちがいない」(マタイ11:21)と言われました。ベトサイダの罪とは、メシヤを迎え、そのしるしが示されながら、尚しるしを求め議論をしかける、そうしたところにあったのでしょう。
イエスと一行がベトサイダに到着すると、人々が一人の盲人を連れて来ました。イエスは、この人の手を取って村の外に連れ出し、その目に唾をつけ、両手をその人の上に置いて「何か見えるか」と尋ねられました。「人が見えます。木のようですが、歩いているのが分かります」とこの人が答えると、イエスはもう一度両手をその目に当てられました。するとこの人は、何でもはっきりと見えるようになりました。イエスは、「この村に入ってはいけない」と言って、この人を家に帰されました。この人は、ベトサイダ以外のところから、人々がイエスを試すために連れてきたのでした。
盲人をイエスのところに連れてきた人々は、11~13節にも出てきた「しるしを欲しがる人々」でした。おそらくはベトサイダの人々でしょう。でもイエスは、ベトサイダの出身であるペトロたちを弟子といたしました。過ぐる日イエスは、ペトロたちの手を取って村の外に連れ出し、手を置いてくださいました。ペトロたちは、それによってイエスがどのような御方かぼんやりと見えるようになり、「あなたはメシヤです」と告白をいたしました。さらにペトロたちはこの後、イエスに従い、イエスの十字架と復活によって、イエスがどのような御方なのかはっきりと見えるようになりました。ですからここに登場する盲人とは、ペトロたちのかつての姿であり、今の姿であり、これからの姿をあらわしていると言えるでしょう。
はじめにシェバの女王の話をしました。女王はソロモン王の名声を聞き、
その名声にふさわしい王かどうかを確かめるために、しるしを求めてやって来ました。これまでは、ソロモンのことをぼんやりとしかわからなかったのです。しかし女王がソロモンと対面し、その知恵と富を見聞きしたとき、女王はソロモンがどのような王であるかをはっきりと知ることができました。「わたしが国で、あなたの御事績とあなたのお知恵について聞いていた事は、本当のことでした。わたしは、ここに来て、自分の目で見るまでは、そのことを信じてはいませんでした。しかし、わたしに知らされていたことはその半分にも及ばず、お知恵と富はうわさに聞いていたことをはるかに超えています。…あなたをイスラエルの王位につけることをお望みになったあなたの神、主はたたえられますように。」
キリスト教では、この女王の告白がまことの王イエス・キリストへの告白であり、ソロモンの知恵は主イエス・キリストの知恵であると受け止めているのです。
わたしたちもまた、かつてイエスがどのような御方がわからない者でした。そんなわたしたちを、イエスのところに導く人がいて、イエスとの出会いが与えられました。それまでわたしたちは、力ある者を見つけると、自分を助けることのできる者かどうかを確かめるために、何度もしるしを求め議論をしかけました。けれどもイエスは、そんなわたしたちの手をとって導き、両手を置いて見えるようにと祈ってくださいました。その手当てによってイエスが大切な御方であることをおぼろに知るようになり、わたしたちは信仰を告白しました。しかしこの御方が、十字架と復活の主であることを知りませんでした。そのことを見出すためには、自らの十字架を負ってイエスに従っていくことが必要であったのです。
イエスの死と復活の後も、すぐに弟子たちの皆が信じるようになったかというとそうではなく、「わたしたちは主を見た」という人々に、「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、わたしは決して信じない」と言ったトマスもいました。そうした時、イエスが教えてくださったことは、家族のいる家に帰ることでした。トマスが「あの方の手に釘の跡を見なければ…決して信じない」と言ってしるしを求めた時、仲間の弟子たちは、彼がイエスをしっかりと見るその時まで、8日間トマスと共に家にいたのでした。
「家」とは教会のことです。教会に導かれてきた人々は、兄弟姉妹の祈りにより、イエスのことをおぼろに知るようになり、やがて十字架と復活の主によってその知恵と恵みをはっきりと知り、「本当のことでした。主がたたえられますように」との告白へと導かれるのです。
2026. 7. 5 聖霊降臨節第7主日礼拝

< 今 週 の 聖 句 >
キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切です。 (ガラテヤの信徒への手紙5章6節)
「愛の実践を伴う信仰」 深見 祥弘牧師
< 今 週 の 聖 句 >
キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切です。 (ガラテヤの信徒への手紙5章6節)
「愛の実践を伴う信仰」 深見 祥弘
今朝の御言葉は、ガラテヤの信徒への手紙5章2節~11節です。パウロは、ガラテヤ地方の教会において、ユダヤ人キリスト者が異邦人キリスト者に対し「割礼」を受けるように強くもとめ、異邦人キリスト者を悩ませているとの報告を聞きました。かつてパウロは律法主義者であり教会の迫害者でありましたが、ダマスコ途上においてキリストより与えられた罪の赦しと愛の恵みの体験をしました。彼はこのことを証しし、ユダヤ人キリスト者に対して「割礼」に象徴される律法主義に立ち返ることによって、キリストの恵みを失うことのないようにと勧めたのでした。
「ガラテヤ」は、小アジア(現トルコ)中央北部の地方です。パウロたちが第2回・第3回伝道旅行でこの地を訪れ、伝道をいたしました。パウロは、第3伝道旅行でガラテヤを訪れた後、さらに西のエフェソに向いました。そして彼は3年近くこの町に滞在いたしますが、その滞在中にガラテヤ地方の教会に起こった「割礼」をめぐる問題について知らせを聞きました。これを受けてパウロは「ガラテヤの信徒への手紙」を書きました。紀元54年頃のことです。
ところでこの「割礼」とは、男性器の包皮を切除する行為で、ユダヤ教では宗教儀礼として生後8日目に行われました。また、異邦人がユダヤ教に改宗する際も、割礼を求めました。
パウロは手紙に、まず数年前に行われた「エルサレム会議」に出席した時のことを書きました。その時パウロはギリシャ人であるテトスと共に出席しましたが、人々はテトスに割礼を求めませんでした。(2:3) 異邦人キリスト者に割礼を強制しないこと、これが公式の教会の方針でありました。しかし、この方針に反してガラテヤ地方の教会において、ユダヤ人キリスト者が異邦人のキリスト教入信にあたり割礼を求めたのでした。パウロは、この手紙で割礼を求めたガラテヤ地方の教会をとても厳しい言葉で非難しています。「もし割礼を受けるなら、あなたがたにとってキリストは何の役にも立たない方になります。…そういう人は律法全体を行う義務があるのです。律法によって義とされようとするなら、あなたがたはだれであろうと、キリストとは縁もゆかりもない者とされ、いただいた恵みも失います。」(5:2~4) ガラテヤの信徒への手紙は、パウロのこうした厳しい言葉を記していますので「たたかいの書簡」と呼ばれます。
パウロの厳しさには理由がありました。それはパウロ自身の体験によるものです。その体験とは、彼がユダヤ教ファリサイ派に属する律法主義者であったことと、その彼がキリスト者を迫害するためにダマスコに向う途中に、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」(使徒9:4)というキリストの声を聞いたことでありました。律法において最も大切なことは、「あなたの神である主を愛すること」と「隣人を自分のように愛すること」(ルカ10:27)です。ダマスコ途上パウロに現れたキリストは、なぜあなたはわたしを迫害するのか、なぜ隣人を迫害するのか、と問われました。パウロは、この問いかけに衝撃を受け、自分は誰よりも熱心に律法を守る義なる者だと思っていたのに、なぜキリストを迫害し、隣人を悩ませることをしてしまったのだろうかとの思いに満たされ、回心へと導かれました。
パウロはこの回心の体験から、律法を守ることで自分の思いは実現できても、キリストの願っていることやご計画を実現することはできない。また律法を守ることで自分の思いは実現できても、隣人をないがしろにしてしまうことに気づかされました。にもかかわらず、キリストはパウロを見捨てず十字架の死をもって彼の罪を贖い、聖霊の働きによって生まれ変わらせ、宣教という使命を与えてくださったのです。パウロはイエス・キリストを信じ愛することによってのみ、人は義とされ、神のご計画である人々の救いが実現することを知りました。それゆえにパウロは、ガラテヤ地方の教会で行われている「割礼」についてだまっていることができなかったのです。
ところでパウロは、この手紙によって「割礼」を強制しようとしたガラテヤのユダヤ人キリスト者たちを敵とし、教会から排除しようとしたのでしょうか。そうではありません。次の言葉はパウロの思いを表しています。ローマの信徒への手紙9章「わたしには深い悲しみがあり、わたしの心には絶え間ない痛みがあります。わたし自身、兄弟たち、つまり肉による同胞のためならば、キリストから離され、神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています。」(2~3) パウロは、同胞を深く愛していました。そして神が迫害者であったパウロに愛を示されたように、割礼を強制しているユダヤ人キリスト者に対しても神の愛が示されることを信じているのです。。
今日、宗教に関わる対立に「原理主義者」の姿を思い起こすことができます。熱心であればあるほど対立が深まり、悲惨な事態にいたることもあります。先ほどガラテヤの信徒への手紙は、「たたかいの書簡」と呼ばれるといいました。しかしパウロは「敵と味方」「義と悪」という関係の中で、自分を「義」とし、敵や悪と戦っているのではありません。かえってパウロは自分の内にいる敵や悪との戦いを示すことによって、同胞のキリスト者の悔い改めを願いこの手紙を書いているのです。