W.M.ヴォーリズが愛した教会
近江八幡教会
日本キリスト教団
2026. 5. 3 復活節第5主日(教会創立125周年記念)礼拝

< 今 週 の 聖 句 >
「そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた。 (ヨハネによる福音書20章19節)
「赦され、赦し、赦し合う」
小野 團三牧師(東京山手教会)
< 今 週 の 聖 句 >
「そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた。 (ヨハネによる福音書20章19節)
「赦され、赦し、赦し合う」 小野 團三
(東京山手教会)
前橋刑務所の教誨師を9年間、また府中刑務所の教誨師をして10年ほどになります。前橋刑務所では被収容者の方々と聖書を読み、讃美歌を歌い、お話しをさせていただき、祝祷で終わる礼拝を月に1回守っていました。その中で54年版の讃美歌511(みゆるしあらずば)を毎回歌っていました。
「みゆるしあらずば ほろぶべきこの身、わが主よ、あわれみすくいたまえ」と歌詞は始まり、「イエスきみよ、このままに/我をこのままに 救い給え」。賛美の調べと共に、深い慰めが与えられます。
折々に「悔い改めなさい」と言われますが一体、人はいつ、どこでその事を体験したのでしょうか。本当に悔い改めできた人は、数少ないのではと。何かいつまでも自己保存の頑迷な心は奥にしまい込んだまま、主イエスを求め、神を求めている姿があるような気がします。ありのままの自分がそのような姿かなと…。
あの日の弟子たちは、家の戸に鍵をかけ、後ろめたい気持ち、すっきりしない思いを抱えながら、不安と怯えのなかに置かれていました。何とか外の騒ぎが収まるのを待ち、息をひそめていました。主を見捨て、見放したことを心から懺悔していたわけではなく自分のことで精一杯です。復活の主イエスが突然現れました「真ん中に立ち」、挨拶されました。「あなたがたに平和があるように」と訳されています。爽やかなほど、晴れ晴れとした復活の心です。圧倒的な赦しの心が先にあります。わたしをありのままに受け容れてくださる主の愛を信頼します。もう一度、いや何度でもやり直そうと立ち上がります。手とわき腹の傷は残ったままでした。自分の罪深さに目をそむけるな、わたしがあなたを愛し、いつまでも共にいると永遠の同伴者、キリスト・イエスは言われます。