≪次月 9月(2022)礼拝説教要旨 前月≫

2022. 9. 25 聖霊降臨節第17主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

この国から貧しい者がいなくなることはないであろう。それゆえ、わたしはあなたに命じる。この国に住む同胞のうち、生活に苦しむ貧しい者に手を大きく開きなさい。             (申命記15章11節)

 

「手を大きく開きなさい」   深見 祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

この国から貧しい者がいなくなることはないであろう。それゆえ、わたしはあなたに命じる。この国に住む同胞のうち、生活に苦しむ貧しい者に手を大きく開きなさい。             (申命記15章11節)

 

         「手を大きく開きなさい」       深見 祥弘

 最近、若い学者たちの著書をときどき手にとります。斎藤幸平さん(大阪市立大)の「人新生の資本論」(集英社新書)、それから成田悠輔さん(イェール大)の「22世紀の民主主義」(SB新書)といった本です。成田さんの著書には、こんなことが書かれていました。

 私たちの国は、経済では「資本主義」であり、政治では「民主主義」です。資本主義経済は、少数の強者の作り出した事業が、大衆から資源を吸い上げ、その利益を自らの所有物として囲い込みますので、富む者がさらに富み、結果格差や弱者を生み出します。これに対して民主主義という政治制度は、そのようにして生まれてしまう弱者に声を与える仕組みです。暴れ馬である資本主義に、民主主義という手綱を付けることで、資本主義経済をうまくコントロールしながら民主国家をたてようとするやり方で、実際、中世から20世紀までの数百年間、経済成長には民主主義的な政治制度がいい影響を与えたと評価され、世界の半分がこのやり方をとってきました。

 ところが、21世紀に入って、この民主主義的な政治制度が劣化し、資本主義の暴走をうまく制御できなくなりました。その原因は、インターネットやSNSの浸透によって民主化の劣化が起こり、閉鎖的で近視眼的な民主国家に変質しているのです。

 今世紀に入った当初、多くの人がインターネットやSNSを通じた多人数双方向コミュニケーションにより、直接民主主義の究極形を実現できると期待いたしました。しかし中東の民主化運動「アラブの春」などに見られるように、それは一瞬だけ火花を散らし消えてしまいました。かえってネットが拡散するフェイクニュースなどにより選挙を浸食し、トランプ前米大統領やブラジルのボルソナロ大統領のような、大衆に迎合して人気を煽る政治家が増殖することとなりました。

 その結果21世紀に入って、非民主化・専制化する方向に政治制度を変える国が増え、すでに世界では専制国・非民主国に住む人の方が多数になりました。そしてこの傾向は、さらに加速をしている状況です。

 今朝の御言葉は、旧約聖書・申命記15章です。申命記は、その大部分がモーセの告別説教です。エジプトを脱出したイスラエルの民は、40年に及ぶ荒れ野の旅の終わりに、この説教を聞きました。主より約束の地に入ることをゆるされないモーセは、約束の地カナンを見渡しながら教えをいたしました。「あなたがたは、主が与えられる地で、どこかの町に一人でも貧しい人がいるならば、その同胞に手を大きく開いて必要とするものを十分に貸し与えなさい。たとえ負債が残っていても、7年目ごとの負債免除の年には、それを免除しなさい。貧しさによって自らを身売りした同胞に対しても、7年目のその年には、自由を与えなければならない。なぜなら主は、エジプトで奴隷であったわたしたちを救い出して下さったからである。」

  モーセは告げました。あなたがたが約束の地に入ると、主は皆に土地を与えて下さるので、貧しい人はいなくなる。

しかし、年月を重ねるうちに、貧富の差が生じ、生活の成り立たない人も出てくる。あなたがたは、そうした人を見たら、どこかの遠くの町であっても、たった一人であっても、手を大きく開いて、必要とするものを十分に貸し与えなさい。遠くの町の人で、一人だけのことだから、誰か近くのその人を知っている人が助けるに違いないとか、知らない人だから自分には関係ないとか思って、手を閉ざしてはいけない。

 また「7年ごとの負債免除の年」には、負債が残っていてもそれを免除しなさい。たとえ次の年が負債免除の年だとしても、助けを求める人にお金を貸すことはできないと言って断ってはならない。その同胞が、その無慈悲を主に訴えるならば、あなたは罪に問われる。彼に必ず与えなさい。主はあなたの手の働きを祝福してくださる。

 同じように、貧しさによって身売りした同胞に対しても、7年目に自由を与えなさい。その際、その人がしばらくの間、生活に困らないように、羊や麦、ぶどう酒などを惜しみなく与えなさい。なぜなら、主が奴隷であったわたしたちをエジプトから救い出して、負債を帳消しにし、自由を与え、土地をはじめ必要なものを惜しみなく与えてくださるからです。「わたしはあなたに命じる。・・・生活に苦しむ貧しい者に手を大きく開きなさい。」(15:11)

 

 わたしたちは、人々に大きく手を開かれた御方を知っています。イエス・キリストです。キリストは病む人の上に手を置いて癒しを行ない、死んでいた少女の手を取って、立ち上がらせました。そのキリストが大きく手を開かれたのは、十字架においてでありました。先ほどお話したモーセの負債免除の教えは、イスラエルの民の間でのことでした。15章3節に「外国人からは取り立ててもよいが、同胞である場合は負債を免除しなければならない。」と述べられているとおりです。しかし、キリストはイスラエルの同胞にとどまらず、すべての人に大きく手を開き、信じる人々に罪の負債の免除と自由を与えてくださるのです。

 

 初めに、民主主義の劣化についてお話しました。資本主義経済をとり、民主主義の政治体制をとる世界の国々において、弱者に声を与える民主主義という手綱がきかなくなって、資本主義の暴走を制御することが難しくなっています。その結果、富める人と貧しい人との格差が大きくなっているのです。それならば、専制主義国家はそうしたことがないのかというと、そうではありません。国の体制に、少しでも異をとなえるならば、弾圧が加えられて自由を奪われますし、貧しい人々も変わらずいるのです。

「この国から貧しい者がいなくなることはないであろう」(15:11)、この言葉が教えるように、この世界から貧困や束縛が姿を消すことはないのかもしれません。しかし人が歩んできた歴史という旅路を振り返るならば、大きく手を開くモーセとイエス・キリストの姿を見ることができます。

わたしたち自身は、自分のことで精一杯で、目と心と手を開くことはなかなか難しいことです。でも、そのような私(神さまから遠く離れ、たった一人の私)にキリストが目をとめてくださり、心と手を大きく開き、罪の負債の免除と、救いを与えてくださいました。わたしはそのキリストの愛によって、遠くにいる一人の兄姉に目を向け、心と手を大きく開くことができるのです。

 ここでわたしたちは、十字架において大きく手を開かれたキリストを見て信じた、初期の教会の人々の呼びかけに聞きましょう。「イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。そのことによって、わたしたちは愛を知りました・・・世の富を持ちながら、兄弟が必要な物に事欠くのを見て同情しない者があれば、どうして神の愛がそのような者の内にとどまるでしょう。子たちよ、言葉や口先だけではなく、行いをもって誠実に愛し合おう。」(ヨハネの手紙第一3:16~18) モーセを思い起こし、十字架のキリストを仰ぎ、信仰者の呼びかけの応え、わたしたちもキリストの愛をもって大きく手を開いて仕え、主の救いの御業を証しいたしましょう。

2022. 9. 18 聖霊降臨節第16主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

そこで、イエスがもう一度両手をその目に当てられると、よく見えてきていやされ、何でもはっきり見えるようになった。

(マルコによる福音書8章25節)

 

「 ただその人と・・・ 」  仁村 真司教師

< 今 週 の 聖 句 >

そこで、イエスがもう一度両手をその目に当てられると、よく見えてきていやされ、何でもはっきり見えるようになった。

(マルコによる福音書8章25節)

 

「 ただその人と・・・ 」    仁村 真司

 マルコ福音書には悪霊を追い出したり病を治したり、そういうイエスによる癒しの奇跡物語が十二あります。結構長いものが多いのですが、今日の物語は短く、そしてまたシンプルです。特に解説というか説明が要りそうなのは終わりの26節ぐらいでしょうか。・・・「イエスは、『この村に入ってはいけない』と言って、その人を家に帰された。」

 目が見えなかったのを癒された人の家は村の中にあるのですから、村に入らずに家に帰るのは不可能です。ここは多分単純な書き間違い、勘違いだと思います。他の癒しの物語に見られるような(例えば5章43節、7章36節)癒された人への沈黙の命令、「だれにもこのことを話してはいけない」と同じ趣旨で「村でこのことを吹聴してはいけない」ということなのでしょう。後は書いてあるとおりそのままの話です。

  1)

 なのですがこの物語が一体何を現しているのか、どんな意味があるのか・・・。何かにつけ小難しく考えるのが好きな私が今日の箇所について、「短くてシンプル」と思う(思える)ようになったのは最近のことです。

 勿論ずっとここばかり考えていた訳ではありませんが、長きにわたって「こういうことだ、いや違う、やっぱりわからない・・・」と、あれやこれやいろいろ考えました。今となっては殆どが見当違いだったと思うのですが、「結構いい線行っているのでは」という気になったこともあります。

 例えば25節「イエスがもう一度両手をその目に当てられると、よく見えてきていやされ、何でもはっきり見えるようになった。」・・・「はっきり見えるようになった」の「見える」はギリシア語では「中を見る」という語が使われているので「洞察する」とか、心の目、霊的な目が開かれる、イエスによって見えるようにされるとはそういうことなのではないか・・・。

 また私が考えたのではありませんが、24節「人が見えます。木のようですが、歩いているのが分かります」という状態から、イエスがもう一度両手を目に当ててはっきり見える状態になっている(26節)。このように漸次、徐々に見えるようになって行くことについて、イエスがキリストであることは隠されていて、それが次第に明らかにされて行き、私たちが受け入れていくプロセスを現しているだとか、これは弟子たちの目が開かれて行くプロセスで直後のペトロの「あなたは、メシア(キリスト)です」という「告白」(29節)に繋がっている、そういう受け止め方、解釈をしている人たちもいます。

 これらは、イエスによって見えるようにされるとは目が良くなる、視力が回復するという単なる身体的な体験ではなく、精神的・霊的な体験であるとしている点で共通しています。イエスがこの世を生きた後の時代を生きたキリスト者、今の私たちにとっても、これはその通りだと思います。

 そして、例えばヨハネ福音書(9章1節以下)の生まれつき目の見えなかった人の癒しの物語ならば、その受け止め方として無理はない、このようなことを示しているのだろうとも考えられます。

  2)

 ですが、マルコ福音書の今日の箇所の受け止め方としては無理がある。私も散々やってしまって来たことですが、こじつけになると思います。

 これはいろいろな点から言えるのですが、例えば今日の箇所の直前の21節でイエスは「まだ悟らないのか」と弟子たちに言っていますが、ここは「悟りを開く」というような深い認識に関わる話ではないです。そうではなくて、これ程近くで、わかりやすく、イエスを見て来て、見ていて、まだわからないのか。理解出来る出来ないという「能力」の問題でもなく、「まだ理解しないのか」、「わかろうとしないのか」という感じで、「普通に見ていればわかるだろう」ということにもなると思います。

 そうして今日の物語ですから、隠されていた事柄が徐々に明らかにされて行く、少しずつ見えるようにされるだとか、霊的な目が開かれるというような暗示的、何か他のことを譬えて示している話ではないでしょう。

 やっぱり書いてある通りの、普通に見れば、普通に読めば分かる話です。

 ある時、この村にイエス様がやって来られました。私らは早速目の見えない男をイエス様の所へ連れて行ったんです。そうしたらイエス様はその男の手を取って、村の外へ連れて行って・・・。それからしばらくしてその男は家に帰って来たのですが、驚いたことに目が見えているようです。何があったのかと聞いても口をつぐんでいたんですが、すぐに「イエス様が村でだれにも言ってはいけないと仰せになったんだが」と言って話し出しました。その男が言うには・・・

 こんなふうな話をマルコはベトサイダ付近で聞いたのでしょう。マルコはガリラヤ近辺を歩き回ってイエスについての伝承、人々のイエスの思い出を集めていたと考えられます。

 ですから23節以下・・・イエスが手を取って村の外に連れ出し、その目に唾をつけ、両手を上に置き、「何が見えるか」と尋ねた。「人が見えます。木のようですが、歩いているのが分かります」と答えた。もう一度イエスが両手を目に当てると、よく見えてきた。イエスは「村でこのことをだれにも言ってはいけない」と言って送り出した。・・・これは他の何事かを暗示しているのでも現しているのでもなく、癒された人の体験です。

  3)

 このようにシンプルな、わかりやすい話なのですが、多くの人たちが(私もそうだったのですが)そのまま受け取れないのはこれがキリスト教の正典、聖書が伝えている物語だからだと思います。

 キリスト教はユダヤ教を継承しつつ、そのユダヤ民族主義を克服して世界に広がり行く、いつの時代でも全ての人々に通用する普遍性を持つに至った、その教えが普遍的な世界宗教であると一般的にも考えられています。

 ですからイエスはキリスト、神の子であると信じるキリスト者が、今日の箇所について昔一人の目の見えなかった人が癒されたということだけではなく他に何か深い、いつの時代にも世界中で通じる、普遍的な教え、教訓が語られているはずだと考えるのもおかしなことではない、むしろ当然のことだと思います。

 ただ、今日見て来た物語もそうですが、マルコが伝える癒しの物語の他にも沢山あるイエスによる奇跡物語は言わば「民間説話」です。当時のガリラヤの人々でなければピンと来ない、興味も関心もわかないような語り口で記されています。先程言いましたようにガリラヤ近辺を歩き回って人々の中で生き続けているイエスの姿を聞いていたマルコは、出来る限り実際にイエスと関わった人たちの思い、体験をそのまま伝えようとしたのでしょう。それで粗削りで素朴な民間説話のようになったのだと思いますが、そこから普遍的な世界宗教たるキリスト教に相応しい教えを引き出そうとしてもやはり無理があります。

 では、マルコが伝えるこの世を生きたイエス、殆どがガリラヤという辺境の地、世界の片隅でなされたその働きは、昔そういうことがあった、それだけのこと・・・ではないです。

 今日の物語では目の見えなかった人が見えるようにされた。これがどれ程のことか。その驚き、喜び。そして、そのことを知った村人たちの驚き、喜び。これ以上に驚き、喜び、身を震わす「良い知らせ」はないでしょう。

 「福音」という言葉の原義は「よい知らせ」です。イエスはいつでも、どこででも、ただその人と関わる、そのことによって「福音」をもたらした。イエスが共にいる、そのことが福音であるということです。

2022. 9. 11 聖霊降臨節第15主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。   (Ⅰコリント13章13節)

「最高の道」      深見 祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。      (Ⅰコリント13章13節)

            「最高の道」          深見 祥弘

 この夏、福井県敦賀を訪ねました。敦賀は、1899年に外国貿易港として開港、1902年敦賀・ウラジオストク間に直通航路が開設されました。欧亜国際連絡列車が、東京・新橋駅から敦賀・金ヶ崎駅まで運行され、シベリア鉄道を利用して、ヨーロッパ各都市を結ぶ拠点港となりました。

 この敦賀港に、1920年代ポーランド孤児が、1940年代には杉浦千畝さんの発行した「命のビザ」を携えたユダヤ難民が上陸しました。

 「ポーランド孤児」について紹介します。1795年、ロシア帝国などによってポーランドは分割され、地図からこの国が消滅しました。その際抵抗した十数万の人々は、シベリアに流刑され、その後重労働や飢餓に耐え、幾世代にもわたりその地に暮らしました。1917年のロシア革命と内戦の混乱により、シベリアに暮らすポーランドの多くの人々が、家族や家を失いました。とりわけ、親と死別した子どもたち2000人余りが、身を寄せる場所もなく、極限状況にありました。この惨状を見て1919年、ウラジオストク在住のポーランド人アンナ・ビルケウィチさんが「ポーランド児童救済会」を組織し救出活動を行いました。アンナ姉は、日本赤十字社に助けを願い、第一次救済として1920年7月以降、370名の子供たちを救出しました。敦賀に上陸した子供たちは、東京の福祉施設で帰国の準備をし、同年9月以降、横浜から米国経由でポーランドに帰国しました。(1919年6月ポーランド独立)  さらに第二次救済として、1922年8月以降、400名の子どもたちが、敦賀に上陸し、大阪の看護婦寄宿舎に滞在、神戸から、インド洋、スエズ運河、地中海、ロンドンを経由してポーランドに帰国しました。しかし、シベリアに残された子どもたちの多くが、飢餓や病気のために亡くなってしまいました。

 日本に滞在中、子どもたちは、朝6時に起床、洗面の後お祈りをし、7時に朝食、午前中は勉強し、午後は寄贈されたおもちゃで遊んだり町を見物したりし、夕食後、お祈りをして午後8時に就寝しました。またこの間、病気やケガの治療、衣服など身の周りの品の提供を受けるなどして、帰国の備えをしました。敦賀の人々も、入港の度に、小学校などを解放して食事や菓子果物などを準備して温かく迎え入れ、これまでの労苦と長旅をねぎらったのでした。

 ※参考資料 古江孝治「人道の港 敦賀」(日本海地誌調査研究会 2007)

 御言葉は、Ⅰコリント12章27節~13章13節です。12章1節~26節には、聖霊が一人一人に様々な賜物を与えてくださると述べられていました。すなわち、知恵の言葉、知識の言葉、信仰(全てのキリスト者に与えられ救いに導く信仰のことではなく、特別な奉仕を遂行する信仰)、病気を癒す力、奇跡を行う力、預言する力、霊を見分ける力、異言を語る力、異言を解釈する力です。人はその与えられた賜物を用い、使徒、預言者、教師、奇跡を行なう者、病気をいやす者、援助する者、管理する者、異言を語る者として、キリストの体なる教会の一部分となって働きをいたします。

 さらにこの各自の賜物の他に、すべての人に与えられる共通の賜物があることも述べています。一つは信仰告白の賜物(12:3)です。人は聖霊の賜物によって「イエスは主です」との信仰告白に導かれます。もう一つは、愛の賜物(13:1~13)です。この愛の賜物がなければ、各自に与えられている様々な賜物を用いての働きも無に等しく(騒がしいどら、やかましいシンバル)、それゆえに愛の賜物を熱心に求めるように勧めています。

 この愛について、13章4節以下にこのように書かれています。「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。愛は決して滅びない。」私は結婚式の際、新郎新婦にむけて、愛をもってともに新しい生活へと歩み始めてくださいとお勧めをいたします。

 では愛とはどのような愛なのか、これは新郎新婦の愛のことを言っているのでしょうか。実はこの愛とはイエス・キリストのこと、十字架のキリストのことです。愛をキリストに読み替えると、このようになります。「キリストは忍耐強い。キリストは情け深い。ねたまない。キリストは自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。キリストは決して滅びない。」

 

 そして私たちの内には、本来このキリストの愛はありません。新郎新婦が、結婚式で愛の誓いをしても、生活する中で次のような姿があらわれてきます。「私はあきらめやすい。わたしは冷たい。私はねたむ。私は自慢し、高ぶって、不作法をする。つねに自分の利益をもとめ、思うようにいかないと、いらだち、人を恨む。」

 そんな私たちが聖霊にとらえられるならば、その賜物によって「イエスは主です」との信仰告白に導かれ、キリストに結ばれて愛の賜物をいただき、キリストの愛に生きる者となります。さらに、キリストにお会いする再臨の日への希望(神の国と永遠の命)をもいただくことができるのです。

         

 1921年4月、東京に滞在していたポーランドの子どもたちに腸チフスが発生し、22名が感染しました。治療により子どもたちは全員快復しましたが、看護師松澤フミさんが感染し亡くなる悲しい出来事が起こりました。 

 1983年10月、大阪に滞在したポーランド孤児の一人、イジエ・ストシャウコフスキさんが、日赤大阪支部を訪ねました。彼は、帰国後、17歳の時に、全国に散らばって生活していた孤児であった人々と「極東青年会」を結成しました。1939年9月、ドイツ軍の侵攻により、再びポーランドは地図から消えてしまいました。その際、イジエさんは、極東青年会のメンバーを中心に結成された地下組織「特別蜂起部隊イエジキ」に参加し、祖国のために戦いました。イジエさんは、「62年前、ポーランド孤児が日本、大阪の赤十字に受けた恩義を、全孤児を代表し、お礼を言うために来ました。ありがとうございました。」と大粒の涙を流しながら、挨拶をなさいました。

 松澤フミさんは、看護の賜物をポーランドの子どもたちに与えました。イジエさんたち日本に滞在した人々は、祖国ポーランドのために与えられた賜物を用いました。日赤の人たちと敦賀の人々は、愛の賜物によって忍耐強く、情け深く、子どもたちに接しました。各自に与えられた賜物を用いての働きは尊いものですが、決して完全なものではありませんでした。

しかしこれに関わった人々は、もっと大きな賜物の存在を知り、これを求める道を歩み始めたのです。それは信仰(平和を遂行する信仰)と愛と希望を求める道であります。それはポーランドの子どもたちが、日本滞在中、いやシベリアにおいても祖国に帰還後も、朝夕に主に祈った祈りによって実現したことでありました。

 

 私たち各自に与えられている霊的な賜物は、様々な理由によりやがては失なわれてしまいます。しかし皆に共通して与えられる霊的な賜物による「イエスは主です」との信仰と、主の愛と、再臨の希望(神の国と永遠の命への希望)は、何者も奪うことができず失われません。私たちは、祈りをもって信仰と希望と愛、この最高の道をともに歩んでまいりましょう。 

 
2022. 9. 4  聖霊降臨節第14主日礼拝(振起日礼拝)
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< 今 週 の 聖 句 >

異邦人たちはこれを聞いて喜び、主の言葉を賛美した。そして、永遠の命を得るように定められている人は皆、信仰に入った。

        (使徒言行録13章48節)

 

 「救いをもたらすために」 深見 祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

異邦人たちはこれを聞いて喜び、主の言葉を賛美した。そして、永遠の命を得るように定められている人は皆、信仰に入った。

                         (使徒言行録13章48節)

 

          「救いをもたらすために」     深見 祥弘

 暑かった夏も終わり、秋9月を迎えました。かつて教会では、9月第一日曜日を「振起日」と呼び、総員礼拝を行いました。疲れを覚える信者・教師が、この礼拝において癒しと希望をいただくために集まったのです。

 この夏を振り返ってみると、希望を見出すことのできないことばかりでした。コロナ第7波は、ピーク時に新規感染者が1日23万人を越えました。しだいに減少をしてきていますが、なお高止まりの状態です。特に高齢者の死者数が多くなっていることを心配します。ロシヤによるウクライナ侵攻は半年となりますが、戦いは継続し、ザポロジエ原発にミサイル攻撃をするという信じられないことも起こっています。またこの戦争の影響で、物価が高騰し、アフリカ諸国では、穀物の供給が少なくなり、価格が高騰して飢餓を引き起こしています。さらに、民主主義国家と専制主義国家の対立により世界の分断が深刻化しています。核拡散防止条約再検討会議(NPT)では、最終文書の採択ができませんでした。この他、台湾をめぐる問題、旧統一教会問題(政治と宗教、霊感商法等の被害)、地球環境の問題(温暖化に伴う異常気象)など挙げればきりがありません。私たちは、自分の生活を守ることに思いを向けざるをえない状況です。

 

 今朝は、時代や場所を越える神の救いの計画とその営みについて、お話をしてみたいと思います。御言葉は、使徒言行録13章で、パウロとバルナバによるビシディア州アンティオキアでの伝道を書いています。パウロとバルナバ、そして助手のマルコとよばれるヨハネが、シリア州のアンティオキア教会から派遣され、キプロス島で伝道した後、船でペルゲに渡りました。ところがここで、助手のヨハネがエルサレムに帰ってしまいます。理由ははっきりしませんが、ヨハネがパウロの伝道(異邦人への伝道)について十分に理解をしていなかったことが原因かもしれません。その後、パウロとバルナバは、ペルゲから北に160km、ピシディア州のアンティオキアを訪れました。 

 パウロたちは、安息日にユダヤ会堂に入って、出席していたユダヤ人や改宗者たちに説教をいたしました。まずパウロは、イスラエルの歴史(出エジプトからダビデ王まで)を回顧しながら、その歴史に働かれる神の恵みと導きを語り、これらすべては、神の約束である救い主を迎える準備であったと述べました。「神は約束に従って、このダビデの子孫からイスラエルに救い主を送ってくださったのです。」(23)

  次にパウロは、先にユダヤ人指導者たちによって十字架に架けられ、復活したイエスが神の約束の救い主であり、自分たちはイエスの死と復活の証人であると述べました。

 最後にパウロは、このイエスを救い主と信じるならば、誰でもその信仰によって義とされ救われると述べました。「信じる者は皆、この方によって義とされるのです。」(39) 同時に、彼は、ハバクク書1章5節の言葉を紹介しながら、救い主イエスによる恵みと救いを無視する人は、厳しい裁きを受けなければならないことも伝えました。

 このパウロの説教は、会堂にいた人々に深い関心を呼び起こし、人々は次の安息日にも同じことを話すように頼みました。

 

 次の安息日、ほとんどの町の人々が、話を聞こうと集まって来ました。でも先の安息日に説教を聞いたユダヤ人たちは、その姿勢を変えていました。彼らは集まった大勢の人々を見てパウロたちにねたみをもち、パウロたちやイエスを口汚くののしり、パウロが話すことに反対しました。ユダヤ人たちは、十字架のイエスを救い主と信じる事ができません。またイエスを救い主と信じる者は、ユダヤ人・異邦人の別なく、誰でも救われるとの教えに同意できません。彼らは、約束の救い主は栄光の御方であり、十字架のイエスは救い主ではない、さらに神に選ばれた民である自分たちはそのままで義なる者であり救われると考えました。

 パウロは、ののしりに負けることなく、勇敢に語りました。福音(イエスは救い主であり、信じる人は誰でも救われる)は、まず神の民であるユダヤ人に語られるべきで、この町でもユダヤ会堂で彼らに語られましたが、これを聞いたユダヤ人たちは、その恵みを拒みました。「自分自身を永遠に命を得るに価しない者にしている。」(46)

 パウロは、ユダヤ人たちに「見なさい。わたしたちは異邦人の方に行く。主はわたしたちにこう命じておられるからです。『わたしは、あなたを異邦人の光と定めた、あなたが、地の果てにまでも 救いをもたらすために。』」(46~47)とイザヤ書49章6節の言葉を引用し宣言をしました。神は、ユダヤ人が拒むことを知っておられ、それによって神の救いが、異邦人に告げられることとなりました。パウロたちは、イザヤの預言した「異邦人の光」として、その救いを「地の果てにまでも」伝える者となりました。救いを待ち望んでいた異邦人たちは、主を賛美し、永遠の命を得るように定められている人は皆、信仰に入りました。救いの福音は、こうしてこの地方全体に広まったのでした。

 

 説教題を「救いをもたらすために」といたしました。イザヤ書49章6節

の言葉で、パウロたちは、これを使命としました。説教のはじめに、今私たちを取り巻く状況を見るならば、希望を見出せないと申しました。でも使徒言行録13章は、このように語っていました。 神はいにしえよりすべての人(ユダヤ人も異邦人も)の救いを計画しておられました。その計画を実行するために、小さく力弱いイスラエルを選び、恵みを与えられました。ところがイスラエルの人々は、神の選びを自らの義と考え、罪を犯しました。そこで神は、救い主イエスを遣わし、十字架に架けて彼らの罪をあがない、復活の力を与えて立ち上がらせてくださるのです。またその際、神の計画であるすべての人の救いを実現するために、イエスを救い主と信じる者は、異邦人も義とされ、救いをいただくことができるのです。

 パウロは、この福音をまずユダヤ人に伝えました。自らを義とする彼らの悔い改めを願ったからです。しかしユダヤ人たちは福音を拒み、異邦人たちがこれを受け入れました。神は、ユダヤ人の拒みもご存じでありました。パウロは、ユダヤ人の救いが神のご計画であることを覚え、どの町を訪れても、まずユダヤ会堂でその町に住むユダヤ人に福音を語りました。さらにパウロたちが、一度は足の塵を払い落して立ち去った町であっても、第二伝道旅行、第三伝道旅行と、くり返しそうした町を訪ねて、信じるように勧めをしたのでした。

 

 今の状況に私たちは、希望を持つことができません。でも、神はすべての人の救いを計画し、そのために救い主イエスを遣わしてくださいました。世界の罪をイエスの十字架で滅ぼし、贖い、復活へと導いてくださるのです。私たちは、私たち人間が造り出している状況に、希望を見出すことはできませんが、神の救いの計画とイエスによる豊かな働きには失望をいたしません。「永遠の命を得るように定められている人は皆、信仰に入った。」(48)この御言葉に、慰めと希望をいただきましょう。