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≪次月 11月(2025)礼拝説教要旨 前月≫

2025. 11.30 降誕前第4主日(アドベントⅠ)
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< 今 週 の 聖 句 >

わたしの正義は近く、わたしの救いは現れ わたしの腕は諸国民を裁く。

島々はわたしに望みをおき わたしの腕を待ち望む。

               (イザヤ書51章5節)

 

 「喜びの歌をうたいながら」    深見 祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

わたしの正義は近く、わたしの救いは現れ わたしの腕は諸国民を裁く。

島々はわたしに望みをおき わたしの腕を待ち望む。(イザヤ書51章5節)

 

           「喜びの歌をうたいながら」    深見 祥弘

 本日より「アドベント」に入りました。「アドベント」は、「到来」を意味するラテン語「アドベントゥス」に由来します。それは、クリスマス(12月25日)までの4回の日曜日(30日、7日、14日、21日)で、典礼色は紫(悔い改め)を用います。わたしたちは、キリストの到来を記念するクリスマスを迎える準備をするとともに、第二の到来、すなわちキリストの再臨にも心を向け、悔い改めつつ主を待ち望みます。

 

 今、私たちの国と中国との関係がよくありません。高市首相が、国会での答弁で、台湾有事に際し武力攻撃が発生し、わたしたちの国の存立が脅かされる場合(国民の生命、自由、幸福追及の権利)は存立危機事態にあたり、その脅威に対応するため限定的な武力行使が可能となると発言したことに、中国が強く反発いたしました。中国にとってこれは、内政に関することであり、他国からの干渉を許さないとの立場です。これによって中国は、日本への観光者に自粛を、留学を考えている者には慎重に検討することを呼びかけ、日本の水産物の輸入を停止するなどして、高市首相に発言の撤回を求めています。これに対し高市首相は、撤回に応じませんので、観光に関わる人々や民間レベルでの交流に影響が出てきています。

 

 御言葉は、旧約聖書・イザヤ書です。イザヤ書は66章からなる長編ですが、第一イザヤ、第二イザヤ、第三イザヤと3つに分けられます。

「第一イザヤ」(1~39章)、イザヤは、南王国ユダの都エルサレムにおいてBC740頃~701年まで預言者として働きをいたしました。この頃、大国アッシリアの脅威にさらされ、BC722年、北王国イスラエルは滅ぼされて、BC701年南王国ユダもエルサレム陥落の寸前にまで至りました。この状況にあってイザヤは、大国との同盟に頼らず、神への信仰に立ち返ること、弱者を手厚く保護することを主の預言として告げました。さらにイザヤは「闇の中を歩む民は、大いなる光を見る。…ひとりのみどりごが、わたしたちのために生まれた。…その名は『平和の君』と唱えられる。」(9:1~)と語って、絶望の中にいた人々に救い主の到来を預言しました。しかし多くの人々はイザヤの言葉に耳を傾けることがありませんでした。

「第二イザヤ」(40~55章)は、第一イザヤとは別の人物です。アッシリアの攻撃によって陥落寸前にまで至った南王国ユダは、滅亡を免れました。

しかしアッシリアを滅ぼしたバビロンにより南王国は、2度にわたって攻撃を受けて(BC597、587)滅亡し、人々はバビロンに引かれて行き、その地で50年間暮らしました。第二イザヤは、捕囚の人々と共にバビロンにいて預言者として働きをいたしました。当初人々は、すぐに故国に戻れると考えましたが、そうはならず、嘆き悲しみ、やがてあきらめるようになりました。第二イザヤは、捕囚生活が50年となろうとする時、主の救いの業によって解放され、帰還すると預言をいたしました。これは、バビロンを滅ぼしたペルシャ王クロスの解放令(BC538)により実現いたします。

「第三イザヤ」(56~66章)は、帰還後、神殿や町を再建する人々と共にいて預言の働きをいたしました。帰還した人々は、周辺の王や人々から妨害を受けたため、再建はなかなか進みません。人々はこんなことならば、バビロンに残った方が良かったと、つぶやきはじめたのです。第三イザヤは、人々に対し、律法を守り、貧しい人々を愛するように勧め、そうするならば主は、繁栄へと導いてくださると励ましました。

 

 今朝の御言葉は、51章4~11節です。先ほどお話したように、捕囚民と共にあって働きをしてきた第二イザヤは、50年に及ぶ捕囚生活の終わりと、解放の日の到来を告げ知らせました。

 今朝の御言葉の前、51章1~3節には、少数であることを恐れるなと述べられています。1節の「わたしに聞け」は、少数者である「正しさを求める人」「主を尋ね求める人」に対する主の呼びかけです。捕囚民の中にあって「正しさを求める人・主を求める人」は、たとえ少数であっても恐れる必要はない。主は、信仰の父アブラハムと妻サラ、すなわち「切り出された岩」(アブラハム)と「掘り出された岩穴」(サラ)である二人の信仰に目を留められ、この二人から子孫を増やされました。今、バビロンにいる「正しさを求める人」は少数であるけれど、この人たちの信仰によって、主は荒れ地となっている故国をエデンの園とし、喜びと楽しみ、感謝の歌声が響く地にすると約束されました。

 4~8節では、主の正義に信頼し、人を恐れるなと述べています。主は、再び「わたしに聞け」と呼びかけ、主の正義と救いが現れると告げられました。目に見えるもの、形あるものは、煙のように消え、衣や羊毛のように虫に食われ朽ちはて、ぶよのように、死んでしまいます。しかし主の救いや恵みの業は、とこしえに続くので、正しさを求める人は、人から嘲られても、ののしられても恐れる必要はないと告げているのです。

 9~11節には、主の御腕への期待が述べられています。主は、かつてその御腕によってイスラエルの人々をエジプトから救い出されました。その出来事を、今思い起させようとされます。9節の「ラハブ・竜」とは悪しき力のことで、具体的にはエジプトの王や軍勢のことです。かつてイスラエルの民がエジプトを脱出した際、主は御腕をもって海を干上がらせ、追っ手の軍勢を退けられました。同様に、バビロンを出発するユダの民は、主の御腕に守られ、喜びの歌をうたいながらシオン(エルサレム)に帰ると告げられたのでした。

 

 はじめに、中国とわたしたちの国との関係が悪くなっているとお話しました。為政者は、中国やアメリカといった大国の顔色を伺いながら、国政や外交を行っています。しかしキリスト者である私たちは、少数者でありますが、為政者や世の人とは異なる立場からこの状況を判断し、救いの確信を告げ知らせてゆきたいと思います。主は信仰者アブラハムとサラをお立てになられ、二人を祝福し子孫を増やされました。主は海を分ける奇跡によって奴隷であったイスラエルの民を、大国エジプトの手から解放されました。さらに主は、捕囚であったユダの民を大国バビロンの手から解放されました。そして今、主は、大国中国やアメリカの手から、私たちを解放なさろうとしておられます。目に見えるもの、形あるものの力や繁栄は、やがて弱くなり、消え失せてしまうものです。しかし主の救いは、代々に永らえます。

 

「わたしの正義は近く、わたしの救いは現れ わたしの腕は諸国の民を裁く。島々はわたしに望みをおき わたしの腕を待ち望む。」(5) これは、主イエスのご降誕を預言する言葉です。主の正義と救いの恵みは、主イエスによってわたしたちのところに現れました。そしてこの主の救いの恵みは、とこしえに続きます。それゆえにキリスト者であるわたしたちは、少数者であっても、どのような時代状況にあっても、主の正義と救いの恵みである主イエスに信頼し、人を恐れることなく主の御腕の業を待ちたいのです。「闇の中を歩む民は、大いなる光を見…ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。…万軍の主の熱意がこれを成し遂げる。」(9:1・5・6)

わたしたちは、この主のみ言葉に耳を傾けたいものです。

2025. 11.23 特別伝道礼拝 降誕前第5主日
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< 今 週 の 聖 句 >

「しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。」

             (ヨハネによる福音書1章12節)

 

「あなたはあなたのままで」  望月 麻生牧師(西大和教会)

< 今 週 の 聖 句 >

「しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。」

             (ヨハネによる福音書1章12節)

 

「あなたはあなたのままで」  望月 麻生

  教会という場にいて、私はいつも思います。教会が生き生きしているのは、集まっている人たちの、いろんな部分が神様に生かされているからだと。そのいろんな部分とは、必ずしも人に好かれるところだけではありません。たとえばその人の頑固さであるとか、その人の理屈っぽいところとか、どちらかといえば疎んじられやすいところが、案外教会を支えているのです。

 ヨハネによる福音書のはじまりには、神さまの恵みが、いかにあまねく人々に向けたものであるかが記されています。「万物」「すべての人」「世」「民」と、生きとし生けるものを包含する単語が、決して長くない文章の中に多用されているのは興味深いものです。そして、「自分を受け入れた人」「その名を信じる人々」(1:12)にも、条件は記されていません。だれも最初から排除されていません。だれも優先されていません。

 来週からアドベントです。イエスさまのお生まれを待ち望む、大切な時が始まろうとしています。さて、わたしたちはイエスさまのお母さんとなったマリアを心から祝福できるでしょうか。こんな問いかけは皆さんに失礼と映るかもしれません。「当たりまえだ」とお叱りを受けるかもしれません。この世界の誰もがそうであったら、どんなに素晴らしいことでしょう。もしそうであれば、世の中の価値観でははかれない生き方に踏み出した人たちが、非常識だ、世間知らずだ、親不孝だと非難されることはずっと少なくなるでしょうから。マリアは当時の「当たり前」からはだいぶ型破りなかたちで赤ちゃんをさずかりました。婚約者のヨセフが深く悩む姿は、いかに当時の価値観からその妊娠が受け入れ難いものであったかを伺えます。婚約していながら罪を犯した者は石打ちの刑にさえなりました。しかし、社会が祝福しないもの、わたしたちが受け入れ難いものを、神さまは天使の口をとおして「おめでとう、恵まれた方」と祝福なさるのです。そう、神さまは、祝福をなさるのです。イエスさまの誕生物語はヨハネ福音書に記されてはいませんが、イエスさまは「姦通の罪」で処刑されそうになっていた女性を助け、「わたしもあなたを罪に定めない」とおっしゃいます(8:11)。クリスマスの物語とこの場面をつなげることは飛躍にすぎるかもしれません。しかし、神さまの祝福や恵みとは何かを考える良いヒントです。たとえ自分が世の中から「生きるに値しない者」として打ち捨てられたとしても、神さまは見捨てません。むしろ、愛と恵みを受けてじゅうぶんに生きる者としてくださいます。社会が自分の居場所をことごとく奪ったとしても、神様がその人に与えてくださる居場所は、誰にも奪われません。

 今この時代にも、マリアのように生きる者たちがいます。しかし、わたしたちは彼らを、自分が思うほどにすぐさま応援も祝福もできないのが現実です。理解できない誰かの人生を、自分の人生をかけて少しずつ受け入れるようになるだけでも、人であるわたしたちにはじゅうぶん大きなことなのですから。

 時代や世間が求めた通りに生きていない人を、かなしいことに人はどこかで軽んじます。自分が誰かよりマトモに生きていると思いたい、誰かより幸せで優れていると思いたい……その願望を心の奥底に抱かぬ人など、おそらくいないでしょう。わたしたちは、自分自身が神様に導かれてやっとのことで生きているにも関わらず、同じく苦しみながら、迷いながら生きている誰かを排除したり、自らを正当化するための拠りどころとしてはいないでしょうか。その、人間であれば誰もが持ちうる感情は、あらゆる人を惜しみなく愛する神様の存在を、わたしたちの心から見えにくくしてしまいます。

 神様はすべての人の祈りを聞いてくださいます。それだけでなく、わたしたちに必要な助けを、かならず与えてくださいます。人が負っている重荷を、ご自身が負ってくださるのがキリスト教の神さまです。神さまは人と人とが会話するように、音声や言葉で返事をなさることはないでしょう。また、その場で答えが返ってくるとは限りません。わたしたちには非常にもどかしく思えることもあります。けれども神さまは「その独り子をお与えになったほどに世を愛された」のです(3:16)。「独り子を信じるものが、一人も滅びないで永遠の命を得るために」。そう、死ではなく命を得るために、神さまはわたしたちに独り子イエス・キリストをお与えくださいました。わたしたちに神さまがくださっている多くの恵み、多くの祝福を、ひとつでも多く数えていけるわたしたちでありたいものです。

2025. 11.16 降誕前第6主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

「ところが、 旅をしていたあるサマリア人は、 そばに来ると、 その人を見て憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。」

(ルカによる福音書10章33~34節)

 

「普通の人々」    仁村 真司教師

< 今 週 の 聖 句 >

「ところが、 旅をしていたあるサマリア人は、 そばに来ると、 その人を

見て憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。」

(ルカによる福音書10章33~34節)

 

「普通の人々」    仁村 真司 

「サマリア人」とはサマリアに住んでいる人・・・ということではなく、ユダヤ人がユダヤ教徒であるのと同じで 「サマリア教徒」ということです。

サマリアは北王国イスラエルの首都でしたが、前712年にアッシリアに征服され、 多くの住民が他国につれ去られた一方で 「異邦人」がかなり入って来て人種的な混血もなされました。宗教的にはかなりの程度ユダヤ教が保たれたのですが、どうしても異質な要素も合わせ持つことになります。

以降の歴史的経緯の中で、サマリア人はユダヤ人から、同じ信仰を持つ「隣人」ではない、「裏切り者」と見下され、敵視されていったようです。

そんなサマリア人が、「隣人を自分のように愛しなさい」、隣人愛を実行したということなのでしょう。一人のサマリア人が傷ついた一人のユダヤ人を助けたというイエスの譬え話は、昔から “The good Samaritan“ 「善いサマリア人」と呼ばれて来ました。

ですが、イエスはこの話の中でサマリア人や、他の登場人物についても、「善い」とか「悪い」とか、そういうことは一切言っていません。

まずは、イエスが語る登場人物たちのそれぞれについて、「どんな人なのだろうか」・「どうしてそんなことになったのだろうか」・「どうしてそんなことをしたのだろうか」…こういったことから考えてゆきましょう。

1)

イエスはお答えになった。「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。」                 (30節)

「追いはぎ」イコール「強盗」ですが、この話の (複数形なので)「追いはぎたち」がした「服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにし・・・」という行為は強盗 (暴力や脅迫を用いて、財物を奪うこと)にしては奇妙だと思います。金品が目的なら、服をはぎ取ったところで目的達成のはずです。複数人で一人を半殺しにするまで殴りつける必要はないですし、「顔を見られてマズイ」というのなら半殺しのまま置き去りになどしないでしょう。

サスペンスドラマなら刑事が出て来て「物取りにしては不自然だ。マルガイに恨みを持つ者がいなかったか交友関係を洗ってくれ」等という所ですがこの話では譬え話としては珍しく、「ある所で・・・」ではなく「エルサレムからエリコへ下って行く途中」と “事件現場” が特定されています。

イエスは当時のユダヤ人、ユダヤ教社会に属する人なら、だれもが思い当たるような実際の出来事を(元にして)語っているのではないか・・・。だとすれば、聞いた人は襲われたのがどんな人で、襲った追いはぎたちがどんな人たちの集団だったのか、直ぐにピンと来たと思います。

ユダヤ人、ユダヤ教徒の中にも様々な立場 派閥がありました。そんな中で、「追いはぎたち」とは、自分たちこそが最も純粋に熱心に神に従っていると信じ込んでいる人たちの集団なのではないかと思います。こういう人たちは独善的で排他的になりがちです。

襲われた人は、この人もユダヤ教徒で神に従っているのだけれども、その言動が何かの事情で他の立場の人たちからは神に背いていると見なされたのだと思います。それで「追いはぎたち」は、神に背いたこの人に罰を下した…つもりだったのでしょう。

つまり、「追いはぎたち」は神に従って義しいことをしたと信じている本当の意味の確信犯ですから、「顔を見られてマズイ」等ということはないですし、半殺しにするまでに留めた、殺さなかったのは、「殺してはならない」(十戒) という律法、神の言葉に従ってのことだと考えられます。

2)

人々はこの一件を「追いはぎの犯罪・事件」ではなく、「神に背いた者の末路」というふうに語っていた、そう語るしかなかったのではないかと思います。少しでも被害者を気遣ったり、庇うようことを言えば同じ目を見ることになる、そんな “空気” は村八分やいじめの場合と同じでしょう。

なので、半殺しにされ倒れている人を「見ると、道の向こう側を通って行った」祭司やレビ人を「宗教者なのに傷ついた人を見捨てた」等と批判

する人はいなかったと思います。反対に「神に仕える職務を粛々と遂行すべく、その人に関わることによる “穢れ” を避けた」と肯定する、称賛する人はいたかもしれません。そして多分、当時のユダヤ教社会において、大っぴらに語られたのはこの辺りまでです。それ以上・それ以外のことには殆どの人が口をつぐんでいたと思います。しかし、イエスは語った。

「ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を  

見て憐れに思い、近寄って・・・」            (33~34節)

このサマリア人が傷ついた人を助けたのは「見て憐れに思った」から、それだけです。「ユダヤ人とサマリア人を隔てる敵意の壁を乗り越えて」等ということではなく、ユダヤ教社会内のしがらみ 確執に無縁のサマリア人であるこの人は傷つき倒れている人を見て、普通に心が動き、憐れに思い、体が動いて、傷つき倒れている人に近寄っていったのだと思います。

それにしても、その行動―その場で傷に油とぶどう酒を注ぎ包帯をし、ろばに乗せて宿屋に連れて行って介抱して、翌日宿屋の主人にお金を渡して介抱を頼み、足りなければ帰りに払うと言って出発する―これらは一つ一つが適切で無駄がない。また、自分の旅の本来の用件も予定通りにこなしているようです。つまりは、助ける技術や備え、それに余裕があった。

この人には助ける理由しかなくて、助けない理由は皆無だったと思います。

3)

「さて、あなたはこの三人 (祭司レビ人サマリア人)の中で、だれが追いは  

ぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」 (36節)

イエスが実際にこのように問いかけたのか、定かではありません。ですが、この譬え話によって示されているのは、 隣人愛を実践した一人の「善い人」の姿だけではありません。また「隣人を自分のように愛しなさい」、「隣人愛の何たるか」をイエスが説いたのでもないと私は考えます。

隣人愛を説いたのではないというのは、例えば「ユダヤ教の隣人愛はユダヤ教内、ユダヤ人同士の愛であって狭い。だが、イエス・キリストの説く隣人愛には広がりがある」等という話ではないということです。

狭くても、広くても、いくら広げたとしても、「隣人 (の範囲)」を定める限り、「隣人」と「隣人でない人」を別け隔てするのは同じです。

だからといって、サマリア人の行為が「隣人愛」ではないと言うのではないです。ただ、「正しい信仰をわきまえないサマリア人だが、 隣人愛を行った『善いサマリア人』の譬え話」という捉え方、そのように捉え続けるのであれば、それはユダヤ教徒ではなく私たちキリスト教徒が、サマリアの人々を見下す差別意識 偏見から未だに脱していないということです。

私はこの譬え話は「普通の人々」の話だと思います。―同じ人が、時によって、置かれた状況によって、祭司やレビ人のように傷つき苦しむ人を見ても、知っても、通り過ぎてゆくこともある。追いはぎたちのように独りよがりの “正義” を振りかざして人を傷つけることもある。反対に、標的・はけ口となり、襲われた人と同じように傷つけられることもあるかもしれない。そしてまた、サマリア人のように痛み・悲しみにある人を見て、知って、寄り添おう、助けようとすることもある―そういう「普通の人々」の有り様が示されている。そして、そこから更に、イエスが私たちに示していることがある…とすれば、「隣人を自分のように愛しなさい」ではなく、「自分から隣人になりなさい」、これしかないと思います。

2025. 11.9 降誕前第7主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

烏のことを考えてみなさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、納屋も倉も持たない。だが、神は烏を養ってくださる。あなたがたは、烏よりもどれほど価値があることか。                       (ルカによる福音書12章24節)

 

    「ただ神の国を求めなさい」     深見祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

烏のことを考えてみなさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、納屋も倉も持たない。だが、神は烏を養ってくださる。あなたがたは、烏よりもどれほど価値があることか。                       (ルカによる福音書12章24節)

 

           「ただ神の国を求めなさい」     深見祥弘

 今朝は、私たちの教会の収穫感謝礼拝です。「私たちの教会の」と言いましたのは、キリスト教の暦では、11月23日(日)が「収穫感謝日」であるからです。私たちの教会では、11月第二日曜日に収穫感謝礼拝を守ります。

 さて今朝は、聖餐卓にパンとぶどう液が用意されています。これはイエスから私たちへのプレゼントです。それから秋の実りもここに並べました。これは父なる神からのプレゼントです。

 ここに並べられている柿やリンゴを見ると、これを食べるために山から熊が下りて来て被害が出ていることを思います。作物の被害だけでなく、今年は人里に下りて来た熊が人と鉢合わせし、パニックに陥って人を襲い、けがや死亡事故も発生しています。このことに対して、鉄製のおりを仕掛けたり、猟銃で射殺したりしています。なぜ、熊が人里に下りてくるのか、その理由の一つとして、森の木の実の不作が上げられています。それでなくても、これまで森であったところに人が入って住宅や畑にしたり、実のならない木(杉やヒノキ)に植え替えたりして、森の実りが少なくなっていて、熊だけでなく多くの野生の生き物たちに迷惑をかけてきました。少し時間がかかるかもしれませんが、森の動物たちも人も共存できる環境を造っていくことが必要なのでしょう。

 

 今朝の御言葉は、ルカによる福音書12章13~34節です。ここには「愚かな金持ち」のたとえと、「何を食べようか、何を着ようかと思い悩むな、ただ神の国を求めなさい」との教えが書かれています。すなわち人が自分の力で得たものだと考えている食べ物も着物も財産も命も、実はまことの所有者は神であり、それらを神が与えてくださっていることをもう一度覚えてほしいと教えているのです。

 ある金持ちの畑が豊作でした。金持ちは収穫した穀物を前にして「どうしよう。作物をしまっておく場所がない。」とうれしい悲鳴をあげ、思いをめぐらしました。豊作は神が与えてくださる祝福・恵みであり、それは悪いことではありません。問題は、この時の金持ちの気持ちでした。「こうしよう。倉を壊して、もっと大きいのを建て、そこに穀物や財産をみなしまい、こう自分に言ってやるのだ。『さあ、これから先何年も生きていくだけの蓄えができたぞ。ひと休みして、食べたり飲んだりして楽しめ』」 

金持ちは、豊作の穀物を前にして、これは自分の力によって得たもの、これによって自分は生き続けることができると思いました。神は、「愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前の用意した物は、いったいだれのものになるのか。」と言われました。

 金持ちは「これから先何年も生きていくだけの蓄えができた」と言いました。それに対し神は「今夜、お前の命は取り上げられる」と言われました。自分で生きていけると思っている人が、実は神に生かされ治められている存在であることを明らかにしています。烏は、種も蒔かず、刈り入れもせず、倉も持たない、だが神は烏を養ってくださる。野の花は、働きも紡ぎもしない、しかし栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾っていなかった。これらのみ言葉にあるように、人も神の恵みによって生かされるものなのです。

 イエスは、弟子たちに「命や体のための食べ物や衣服の心配をするな」と言われました。あなた方は、人でありわたしの弟子であるのだから、神はそれらのものが必要なことを知っていて与えてくださる。神に信頼しなさい。

 また、自分の無力を知れと言われました。「思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。」それなのに5年も10年も先の生活を、どうして楽観したり思い悩んだりするのか、神に委ねよと言われたのです。

 そしてイエスは「ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、日々の生活に必要とされるものは与えられる。」と言われました。神は「小さな群れ」に神の国をお与えになられます。「小さな群れ」とはイエスの弟子たちのことであり、神にすべてを委ねる者たちのことです。弟子たちに対して、ただ神の国を求めることの証しとして「自分の持ち物を売り払って施し、尽きることのない富を天に積みなさい。」と勧められます。神の養いに信頼し、自分の無力を知り、神にすべてを委ねて神の国を求めなさい。神の国を求め、施しの生活をするならば、富を天に積むこととなり、日々の生活に必要なものもまた与えられると教えられました。

 

 今、世界は人間の傲慢によって、神がお創りになられた世界の秩序が乱されています。人をはじめ創られた物すべてが、神の創造の秩序(神の国)を思い求めるならば、豊かな世界を回復することができるのです。

2025. 11.2 降誕前第8主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。   

 

(ヨハネによる福音書16章20節)

​「悲しみが喜びに変わる」   深見祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。

                  (ヨハネによる福音書16章20節)

 

           「悲しみが喜びに変わる」      深見祥弘

 教会では、11月第一日曜日を「聖人の日・永眠者記念日」とし、召天された兄弟姉妹を覚え記念礼拝を守ってきました。今朝は、ご遺族の皆さまと礼拝を共にでき感謝いたします。この礼拝では、昨年11月から今年10月末までに召された7名の方々を含む、688名の方々を記念いたします。[新召天者7名の方々とは、川本美知栄姉(11/1)、武藤久子姉(12/24)、津田愛姉(3/3)、森本理兄(7/21)、檜山秋彦兄(7/24)、西川寬子さん(9/5)、奥村文子姉(9/23)です。]

 

688名の兄弟姉妹と教師が連なったこの教会は、来年2026年5月に創立125周年を迎えます。ご出席の皆さんの中には、この教会のことをよく知らないという方もおられることでしょう。この教会の歩みを簡単にお話いたします。滋賀県にプロテスタントのキリスト教を伝えたのは、新島襄をはじめとするアメリカンボードの宣教師たち、また同志社英学校(1875年創立)を卒業した牧師たちでした。1879年6月、彦根教会と八日市教会が設立されました。八日市教会が設立されたその日、信徒広瀬又治が教会設立の感動を胸に近江八幡の友人野間憲吉を訪ね、この近江八幡にキリスト教の種が蒔かれました。野間は、翌年1880年に自宅を開放し、八日市教会の牧師を招いて家庭集会・聖書研究会を始めました。近江八幡教会が産声をあげた時です。1880年、この年は東京YMCAが創立された年、またヴォーリズが誕生した年でもありました。この集会は、様々な困難を経験しながら1888年に「八幡基督教講義所」となり初めて牧師(宮川友之助)を迎えることができました。さらにこの講義所は、1901年5月9日「八幡組合基督教会」となりました。彦根や八日市では、比較的短期間で教会の設立に至りましたが、この教会は教会設立までに20年余りの時が必要でした。

 教会創立から4年後、1905年、W.メレル.ヴォーリズが来幡し、県立商業学校の英語教師として赴任いたしました。ヴォーリズ、24歳の時でした。2年後、英語教師を解職されると、ヴォーリズはYMCAを組織し、教会信徒の協力により為心町に「八幡キリスト教教育会館」を建築しました。教会も同じ時にこの地に会堂を建築しています。ヴォーリズは「近江ミッション」(近江兄弟社)を設立し、その発展とともに教会も教勢を拡大し、やがて教会は近江兄弟社と一体化することとなりました。近江兄弟社教務部に属する社員が近江八幡教会の牧師であり、近江兄弟社の社員が近江八幡教会の教会員でありました。これによって少数であった教会員が劇的に増加することとなったのです。また近江兄弟社は、滋賀県下に伝道し、各地に「基督教会館」(教会)を設立しますが、近江八幡教会はこうした教会の精神的核心となりました。1940年、教会は近江兄弟社学園内に移転、1941年、日本基督教団近江八幡教会と改称しました。戦後、教会は再び為心町の会堂に戻り、やがて近江兄弟社と教会が一体化している関係を解消し、創立当初のように町の教会として福音宣教にあたるようになりました。

ご出席の皆さんに連なる天上のご家族は、どの時代に教会に連なり、ご奉仕をしてくださったでしょうか。それぞれの時代状況の中にあって、懸命に祈り働きをしてくださった皆様を覚え、創立125年を迎えるにあたり心から感謝を申し上げます。

 

 今朝の聖書は、ヨハネによる福音書16章16~24節、これは「イエスの決別説教」の一部です。イエスは弟子たちに別れの時が迫っていること、これによってもたらされる悲しみは喜びに変わることを伝えています。  

 「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる。」(16) 「しばらくすると」とは、イエスの逮捕と処刑(十字架刑)を指しています。イエスは、ユダヤ当局者から「自らをメシアと称する者」、神を侮辱する者として狙われていました。それを知ってイエスは、間もなくユダヤ当局者に捕らえられ、「自らを王と称する者」としてローマ総督に引き渡され十字架に架けられる。しかし、復活と聖霊降臨によって「またしばらくすると」、わたしを見るようになると言われたのです。

 けれども、イエスのこの説教は、弟子たちには理解されませんでした。弟子たちは、「何のことだろう。何を話しておられるのか分からない」と言って論じ合いました。これを見てイエスは、「はっきり言っておく。あなたがたは泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びにかわる。」(20)と言われました。イエスが捕らえられ十字架に架けられると、あなたたちは悲嘆にくれるが、ユダヤ当局者は喜ぶ。しかしあなたがたの悲しみは、3日後のイエスの復活により、50日後の聖霊降臨によって喜びに変わるというのです。イエスの復活がもたらす喜びは新しい命の出現です。そして、聖霊降臨がもたらす喜びはこれまで分からなかったイエスのことがよくわかるようになり、弟子たちを信仰告白に導くことです。イエスと弟子たちを引き裂く別れがおとずれ、弟子たちは絶望と悲嘆を経験することになる。その時イエスの説教の言葉、「あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びにかわる」、「今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる。」を思い起こしてほしいと勧めているのです。

 

 ルドルフ・ボーレン(1922~2010)は、スイスに生まれ、ハイデルベルク大学で教えた神学者です。彼のお連れ合いさんは、重いこころの病でありました。著書「天水桶の深みにて―こころ病む者と共に生きて」は、お連れ合いさんと一緒に病と戦ってこられた日々を書かれています。ボーレンは、その日々において絶望と悲嘆を経験しました。困難に四方を囲まれどうしょうもないと思った時、彼は天が開いていることに気づき、天を仰いで祈りをささげました。さらに天さえ塞がれてしまい、くず折れてしまった時、祈りさえできない彼の内から、蓄えてきたイエスの言葉が自ら語りはじめ、彼を慰め、耐えさせ、立ち上がらせてくださることを経験したのです。「パートナー(御言葉)を得る。孤独のままではない。このパートナーは、初めは沈黙しているが、やがて語りはじめる。私が行くところ、立つところ、御言葉も私と共に行き、私と共に立つ。私を正し、立ち上がらせる。重いこころの病に抗して。」

 

 「はっきり言っておく。あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。…願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる。(23.24)

  私は、命の終わりを間近にする兄弟姉妹や召天者の家族に、「イエス・キリスト、インマヌエル、アーメン」とお祈りくださいとお勧めをいたします。「わたしの名によって願いなさい」とあるように、「イエス・キリスト」の名によって祈ります。「イエス・キリスト」とは、「イエスは救い主」という意味です。「インマヌエル」とは、「神は我々と共にいます」という意味です。そして「アーメン」とは、「(そのことは)ほんとうです」という意味です。すなわち「イエスは(私の・私たちの)救い主、過去も今も未来も一緒にいてくださる。このことは本当です。」という信仰告白なのです。イエスは、十字架で亡くなった後、復活し、信じる私たちに新しい命を与えてくださり、聖霊によってイエス・キリストを理解し、信んじる私たちを新しいものにつくりかえてくださいます。

 今日、ご出席の皆様の内に留めていただきたいことは、「イエス・キリスト、インマヌエル、アーメン」この言葉、この祈り、この信仰告白です。

私は牧師として働きを始めて43年、近江八幡教会に来て13年になります。

「お前は牧師として何を伝えたいのか、ひと言で言え。」と言われるなら、

それは「イエス・キリスト、インマヌエル、アーメン。」このことですと答えるでしょう。

 「イエス・キリスト」その名によって願うならば、「その悲しみは喜びに変わる」のです。愛する人を失って悲嘆と絶望にくれる時、四方は囲まれていても天が開いています。「イエス・キリスト、インマヌエル、アーメン」と祈りましょう。また天も塞がれくず折れてしまった時、心のうちに蓄えてあった「イエス・キリスト、インマヌエル、アーメン」、この言葉が、この祈りが、この信仰告白が、あなたの内にあって自ら語りはじめ、あなたを慰め、癒し、希望と力に満たしてくださることでしょう。「悲しみが喜びに変わる」これは、この祈りによって可能なのです。

 

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