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≪次月 9月(2026)礼拝説教要旨 前月≫

2026. 9. 27 聖霊降臨節第19主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

その人は言った。「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と人と闘って勝ったからだ。」                  (創世記32章29節)

 

     「その名はイスラエル」      深見 祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

その人は言った。「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と人と闘って勝ったからだ。」 (創世記32章29節)

 

           「その名はイスラエル」      深見 祥弘

 今、大相撲秋場所が行われていて、今日が千秋楽です。大相撲の放送を見ることはできませんが、ニュースで結果を見たり、後からインターネットで取り組みを見たりしています。相撲ファンではありませんが、力士の宇良は毎場所注目しています。登場すると大きな歓声が起こる宇良は、大阪寝屋川の出身で34歳、今場所は東の前頭9枚目という地位です。彼はピンクの廻しを締め、相手に低い姿勢で粘り強く圧力をかけ、土俵際に追い込まれても「とったり」で相手を負かしたり、時には「居反り」といった珍しい決まり手で、相手を土俵に沈めたりいたします。メディアからは、「技のデパート」などと評され、海外でも大変人気の力士です。子どもの頃は、相撲と共にレスリングもしていたそうです。取り組みのあの低い姿勢で相手に向き合う姿は、レスリングそのものです。その後、関西学院大学教育学部を卒業し、角界入りをいたしました。幕内経験後、2017年に大きなケガをし、長期休場をしたことで西の序二段まで降格しましたが、再入幕をいたしました。彼の足に大きなサポータがつけられているのは、それによるものです。お相撲さんらしい体形と愛らしい顔、様々な技を繰り出して相手を負かすだけでなく、苦労人であることが人々の心をひきつけています。

 

 今朝のみ言葉は、旧約聖書 創世記32章23~33節です。ここには、ヤコブがヤボク川の渡しで、神さまと相撲をした話が書かれています。またその際に、神さまから「イスラエル」という名前をいただいたことも記されています。

 まず、ヤコブが神さまと相撲を取るに至るまでのお話をいたします。ヤコブは、イサクの息子で、祖父はアブラハムです。ベエル・シェバに暮らすイサクとリベカ夫妻には、双子の兄弟、兄のエサウと弟のヤコブがいました。イサクが老いて目もほとんど見えなくなった頃、弟ヤコブは兄に扮して父を騙し、兄に与えられるはずの長子の特権と祝福を奪いとりました。兄エサウは、父が亡くなったら弟を殺そうと計画いたしました。ところがこのことを母リベカが知り、ヤコブを自分の里に逃すことにしたのです。そこは、パダン・アラムといい、母リベカの兄ラバンが暮らしていました。 

 ラバンには、レアとラケルという二人の娘がいました。長い旅を経ておじの家に身を寄せたヤコブは、やがて妹ラケルを好きになり、おじに結婚させてほしいと願いました。おじは、7年間ここで働くならば結婚を認めると言いました。ヤコブは懸命に働き7年が過ぎました。婚礼の宴でヤコブは、お酒を飲み過ぎてしまいます。おじは祝宴の間に寝室のラケルを姉のレアに入れ替えました。朝が来て、ヤコブは隣に寝ているのが姉のレアであることに気づいてびっくりし、おじに訴えました。するとおじは、後7年ここで働くならば妹ラケルと結婚させてやろうと言いました。ヤコブには、神の祝福が臨んでいましたから、世話する家畜などがどんどん増えます。おじはヤコブを手放したくなかったのです。さらに7年が過ぎラケルと結婚したヤコブは、ついに故郷に帰ることといたしました。おじはいろいろと策を講じて、ヤコブたちの帰還を妨害しようとしたのですが、ヤコブは、二人の妻と二人に仕えている側女二人、この四人から生まれた11人の子供たち、そして家畜などの財産を携えて出発いたしました。

 

 創世記32章には、兄ラバンとの再会にむけての準備のことなどが記されています。ヤコブが逃亡してから、20年の月日が過ぎていました。ヤコブたちは旅立ち、マハナイム(二組の陣営の意味)まで来ました。ここで彼は連れてきた人々や家畜を二組に分けました。またヤコブは、エドムの野にいる兄のところに使いの者たちを遣わしました。「お前たちはわたしの主人エサウにこう言いなさい。あなたの僕ヤコブはこう申しております。わたしはラバンのもとに滞在し今日に至りましたが、牛、ろば、羊、男女の奴隷を所有するようになりました。」(5~6) すなわちヤコブは、あの時、長子の特権(他の兄弟より二倍を受けることができる)と祝福を騙し取ったが、今は十分な財産を持っているので、父の財産を欲しているわけではないと、使いの者たちに伝えさせたのです。やがて使いの者たちが帰ってきました。彼らは、エサウが400名のお供を連れて迎えに来る、もう出発したと報告しました。ヤコブには、それが心からの歓迎を意味することなのか、攻撃態勢を意味することなのかわかりませんでした。先ほど話したようにヤコブは、人と家畜を二組に分け、たとえ攻撃を受けても、片方が生き残るようにいたしました。また隊の先頭にエサウへの贈り物である家畜を歩ませ、しかも家畜の贈り物を第一の群れ、第二の群れ、第三の群れと間隔をとって歩ませ、エサウの心をなだめるようにしました。ヤコブは、ヤボク川を最初に贈り物を渡らせ、次に二人の妻と側女、11人の子どもたちを渡らせました。しかしヤコブ独りは、ヤボク川の渡しに残りました。

 

 ヤコブは、そこにあらわれた「何者か(神)」と格闘し、それは夜明けまで続きました。その人は、ヤコブに勝てないとみると、ヤコブの腿の関節を打って関節をはずしてしまいました。それでもヤコブは、この人に組みついて離れません。「もう去らせてくれ。夜が明けてしまうから」「いいえ、祝福してくださるまで離しません」。「お前の名は何というのか」とその人がたずねると、「ヤコブです」と答えました。その人は、「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と人と闘って勝ったからだ。」と言いました。 

 「ヤコブ」この名の意味は「かかと・おしのける者」です。双子の弟であった彼は、兄のかかとをつかんで生まれてきた、自分こそが兄として生まれるとの思いが込められている名です。その彼に「イスラエル」という名が与えられました。「イスラエル」この名の意味は「神が支配される」です。これはヤコブが神と闘い、ヤコブの腿が砕かれて神が勝利したが、神が彼を支配することによって、かえってヤコブが霊的な勝利を得ることを意味します。神の支配に屈することは、人の敗北ではなく勝利であるということ、神に服従することによって、自分を含めた人に勝つということだというのです。ヤコブは、目前の兄エサウに対して策を巡らしているが、神への服従によって出発しなさい、そうすれば、すべてがうまくいくと言われたのです。27節に「いいえ、祝福してくださるまで離しません」とあります。関節をはずされて神に負けたヤコブは、神の祝福と憐みを求めてやまないものになりました。彼は、人をおしのける者「ヤコブ」から、神を離さない者「イスラエル」に変えられたのです。

 エサウとヤコブは、神の導きの中で再会を果し、エサウは死海の南セイルの地にもどり、ヤコブはシケムに来て、その場に祭壇を築き、それを「エル・エロヘ・イスラエル」と呼びました。またなんと、ヘブロンにいた父イサクとも再会することができたのでした。

 神によって始められたヤコブとの格闘、自分なりの計略によって困難に対処しようとするヤコブに対し、神はヤコブの自我を打ち砕き、根本的な解決へと導かれたのです。神との格闘、それは人を変える格闘であり、祝福をもたらす格闘でありました。「イスラエル」その名は、今、罪深きものでありますが、願わくば神との格闘によって砕かれ、主の祝福と憐みを、自らにまた多くの人々にもたらす名に回復されるよう祈ります。

2026. 9. 20 聖霊降臨節第18主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

そこで、イエスは律法の専門家たちやファリサイ派の人々に言われた。

「安息日に病気を治すことは律法で許されているか、いないか。」 彼らは黙っていた。すると、イエスは病人の手を取り、病気をいやしてお帰しになった。              

            (ルカによる福音書14章3~4節)

 「律法と現実」     仁村 真司 教師 

< 今 週 の 聖 句 >

そこで、イエスは律法の専門家たちやファリサイ派の人々に言われた。「安息日に病気を治すことは律法で許されているか、いないか。」 彼らは

黙っていた。すると、イエスは病人の手を取り、病気をいやしてお帰しになった。              (ルカによる福音書14章3~4節)

 

「律法と現実」     仁村 真司     

安息日のことだった。 イエスは食事のためにファリサイ派のある議員の家にお入りになったが、人々はイエスの様子をうかがっていた。(1節)

勿論イエスから「何か食べさせて」と言って入って行ったのではなく、ファリサイ派の議員がイエスをわざわざ食事に招待して、律法により働くこと

が禁じられている安息日に「どんな行動をとるか見張ってやれ」ということです。 そこに、たまたま? 水腫を患っている人がいて(2節) イエスは癒し

を行う。 続いて招待されていた客がたまたま? 上席を選ぶ様子に気づいて「婚宴に招待されたら、上席に着いてはならない」(8節)と譬え話を語る…。

ちょっと「出来過ぎた話」にも、あまりに作り話めいていて「出来てなさ過ぎた話」 にも思えますが、元々はイエスによる癒しと譬え話だけが伝わっ

ていて、どんな状況で為され、 語られたのかは伝わっていなかった。 それをルカがいろいろと考えて、このような場面・状況設定にしたのでしょう。

1)

ルカ福音書には安息日にイエスが癒しを行う話が三つ記されています。

今日の箇所は三つ目ですが、 これまでの二つの話でのイエスの言動、それに対する反対者 (律法主義者)たちの態度を簡単に見ておきます。

一つ目(6章6~11節)の手の萎えた人の癒しでは、イエスは「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、滅ぼすことか」と問いかけ、癒す。律法学者やファリサイ派の人々は「怒り狂って(理性を失って)、イエスを何とかしようと話し合った。」

二つ目(13章10~17節)。腰の曲がった婦人を癒した後、腹を立てた会堂長が「働くべきは六日ある。その間に治してもらうが良い。安息日はいけない」とイエスにではなく、群衆に言う。イエスが「偽善者たちよ、あなたたちはだれでも、安息日にも牛やろばを飼い葉桶から解いて、水を飲ませに引いて行くではないか。この女はアブラハムの娘なのに、十八年もの間サタンに縛られていたのだ。安息日であっても (安息日に)、その束縛から解いてやるべきではなかったか」と言う。「反対者は皆恥じ入った」…。

そして今日の箇所、三つ目の安息日の癒しでは、イエスはまず「安息日に病気を治すことは律法で許されているか、いないか」と問います(3節)。

「そのとき、イエスの前に水腫を患っている人がいた」(2節) という状況

ですから、「今、ここで、この人を癒す」と言っているようなものですが、律法の専門家やファリサイ派の人々は「黙っていた」(4節)。イエスは癒し、「あなたたちの中に、自分の息子か牛が井戸に落ちたら、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者がいるだろうか」と言います (5節)。

孟子の「性善説」の話 ―「よちよち歩きの子供が井戸に落ちそうなのを見かけたら、誰でも助けに駆け出すに違いない」―に似ていますが、イエスが言っているのは「自分の息子か牛が井戸に落ちたら」ですから、人が生来善でも悪でも、引き上げるのが善か悪か、安息日だけれども許されるのか等と考える前に誰もが咄嗟にそうする、否定し難い話です。かといって、律法違反(安息日の労働)を認める訳にもいかない。「彼らはこれに対して答えることができなかった」(6節) のも無理はないと思います。

このように賛成も反対・反論も出来ずに沈黙するしかなくなった律法学者やファリサイ派の人々にイエスは譬え話を語ります。

 2)

「婚宴に招待されたら、上席に着いてはならない。あなたよりも身分の高い人が招かれて、あなたやその人を招いた人が来て、『この方に席を譲ってください』と言うかもしれない。そのとき、あなたは恥をかいて末席に着くことになる。」                   (7~9節)

「だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」(11節)から、

自分を低くすることの教えと受け取られることが多いですが、ルカはイエスに反対する律法主義者たちが沈黙している、その状況に至る経緯が示されていると考えた。それでこの話をここに持って来たのだと思います。

一つ目の手の萎えた人の癒しにおいて、律法学者やファリサイ派の人々が怒って理性を失ったのは、「律法は全面的に(字義通りに)守らねばならない」という立場に固執したからです。しかしながら、二つ目 三つ目のエピソードで現実に人が行っていること、現実に行うべき「善」・「命を救うこと」 が具体的に示されてゆくと、「恥じ入る」 (13章17節)こととなり、今日の箇所では「黙っていた」(4節)・「答えることができなかった」(6節)と沈黙するしかなくなっている。それが、上席(高すぎる席)についていたけれども「恥をかいて末席に着くことになる」(9節)ということです。

そして、はじめ末席に着いていて「もっと上席にすすんでください」と言

われ「面目を施すことになる」(10章)のは、「律法(の字義)で禁じられていても、また“行え”と命じられていなくても、善を行う」という立場です。

安息日に「いかなる仕事もしてはならない」という規定は、創造の業の七

日目に神が休んだことに基づくと考えられます。しかし、イエスは安息日に癒した。この「癒し」は奇跡、ですから神の力の働きです。つまり、イエスによる安息日の癒しは、今や神は安息日にも休まずに働いていることの現れです。そしてまた、安息日に神の働き・神の支配のもと(=「律法で」)「善いことを行う」・「命を救うこと」が許されている根拠となります。

3)

律法も (旧約) 聖書の言葉ですから、今教会に来ている私たちにとっても

無視や軽視してよいものではないですが、「一言一句守られるべき」という人はまずいないと思います。そして、多くの人が(私も)「律法を守る=信仰を守る」とし、信仰を守ることと現実の社会生活を守ることとを両立させている、 律法(信仰) と現実の折り合いをつけているとも言えます。

これが間違っているとは私は思っていませんが、実はファリサイ派の人たちも同じようなことをしていました。律法の一言一句守られねばならぬという人はいたとしても稀で、捻りに捻って律法解釈をして、何とか律法の規定を実生活上の必要に合わせてゆくのがファリサイ派の“本領” です。

なので、今日の箇所を“昔話”として聞くのであれば、私たちもまたイエスの問いかけに沈黙したまま、そこに停まっていることになると思います。

イエスのそもそもの問いかけは、「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか、命を救うことか、滅ぼすことか」です。

律法と現実の折り合いをつけるのが間違いではないとしても、人の、 私たちの「現実的に必要」・「現実的にやむを得ない」という思いや判断が正しいとは限りません。あるいは私たちそれぞれにとっての「現実」が現実の全てではありません。ある人たちの「現実的必要」に基づく行動が他の人たちの「現実」を脅かすこともあります。

 「律法で許されている」、即ち律法の規定に優先して神に許され、現実に行うべき「善」・「命を救うこと」とはどういうことなのか・・・。残念ながら、今日の箇所やその周辺に答えらしきものは見当たらないと思います。ただ、15節~の「大宴会」の譬え話では招かれていた人たちが、「畑を買ったので」(18節)「牛を買ったので」(19節)「妻を迎えたばかりなので」(20節)と、それぞれの「現実の生活上の必要」により出席を断り、それによって「貧しい人、目の見えない人、足の不自由な人」が招かれることになります。もしかしたら、ここに「律法に優先する現実」のヒントがあるかもしれません。

しかしながら、どんな状況であっても神に許され行うべき「善」・「命を救うこと」を律法の規定のように言葉で定めることはできないでしょう。

私たちはいつも問い、考え続けなければならないということです。

2026. 9. 13 聖霊降臨節第17主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。

          (コリントの信徒への手紙第二9章6節)

 

    「惜しむ人と惜しまぬ人」      深見 祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。

                (コリントの信徒への手紙第二9章6節)

 

           「惜しむ人と惜しまぬ人」      深見祥弘

 今朝の御言葉は、コリントの信徒への手紙第二9章6~15節です。この手紙は、8章~9章でエルサレム教会への献金について書いています。パウロはマケドニア州の諸教会(フィリピ、テサロニケ、ベレア)におけるエルサレム教会に対する支援を紹介しながら、コリント教会においても協力を願っています。

 パウロたちは第二伝道旅行でコリントを訪れ、教会ができました。その後パウロは、エフェソに移りますが、コリント教会で起こった問題(信徒たちが分裂して争っている)を知り手紙を書きました。それがコリントの信徒への手紙第一で、手紙の終わりにエルサレム教会への献金のことと、コリント訪問を計画していることを告げておりました。しかしこの計画は、パウロがエフェソで投獄されたこと、またコリント教会に「使徒」と自称する者が来てパウロを批判し、パウロとコリント教会との関係が悪化したことで実行できなくなりました。このような事情の中で書かれたのが、第二の手紙でありました。 

 パウロは、「使徒」としての使命はキリストの苦難を身に負うことであり、また苦難の中にも感謝と喜びをもって働き、キリストを復活させた神の力を証しすることだと自覚していました。彼はその働きによって、人々がキリストの命に与ることを、なによりも喜びました。

 

 さてパウロは、8章でエルサレム教会への献金についてマケドニア州の諸教会の取り組みを紹介しています。「兄弟たち(コリントの信徒たち)、マケドニア州の諸教会に与えられた神の恵みについて知らせましょう。彼らは苦しみによる激しい試練を受けていたのに、その満ち満ちていた喜びと極度の貧しさがあふれ出て、人に惜しまず施す豊かさとなったということです。」(8:1~2) パウロは、エルサレム教会への献金を、「マケドニア州の諸教会に与えられた神の恵み」と書いています。これは、ギリシャ語の「カリス」(恵み)という言葉で、キリストの救いの恵みのことです。キリストの救いの恵みをいただいた者は、どんなに貧しく試練にあっても、喜びに満たされ他者を助けるというのです。「人に惜しまず施す」、ギリシャ語の「ハプロテース(二心でないもの)」で、利己的な思いや功利的な動機がないことです。マケドニア州の諸教会は、激しい試練や極度の貧しさにあっても、キリストの救いの恵みをいただき、喜んで献げものをいたしました。  

 パウロはその様子を3つ紹介しています。

 一つ目、彼らは、自分たちの力以上に献げたこと、金額は決して多くはないが、彼らの力量をはるかに超えて献げたことです。先週お話した、持っているもののすべて、レプトン銅貨二枚を献げたやもめのように献げました。 

 二つ目、彼らは自ら進んでささげました。「聖なる者たち(エルサレム教会の信徒たち)を助けるための慈善の業と奉仕に参加させてほしいと、しきりにわたしたちに願い出たのでした。」(8:4) 彼らは、献金が神への「奉仕」であり、神との「交わり」であること、そして神に対する「献身」であることを知っていました。またそれは、エルサレム教会への「奉仕」であり、「交わり」であり、「献身」であることも知っていたのです。  

 三つ目、彼らが「奉仕」と「交わり」と「献身」の動機としたのは、8章9節に記されているこの言葉でした。「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです。」パウロは、これまでエルサレム教会がこのキリストの恵みに感謝し、試練や貧しさの中にあっても自らを献げ、懸命に福音宣教に仕えてきたことを覚え、コリント教会もまた、献金によって奉仕をしようと呼びかけています。「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶ」(Ⅰコリント12:26)、キリストのからだなる教会として、互いに「奉仕」と「交わり」と「献身」をもって仕えようと書いているのです。

 パウロは、今投獄されていますので、コリントを訪問することができません。そこで信頼できるテトスはじめとする3人を、コリントに遣わすことにいたしました。コリント教会はエルサレム教会への献金の準備をしていましたが、教会内の争いによってそれを中断していました。この手紙は、3人の使者が到着した時、献金を渡すことができるようにしておいてくださいと、伝えています。

 

 パウロは、このように書いた後、9章6~15節で「献金についての一般的な原則」を記しています。

 献金についての一つ目の原則は、キリストが人々のために「ご自分を貧しくされた」、それは「貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだった」ということです。パウロは、神がこの世に独り子を与えてくださったこと、御子イエスが人々の罪の贖いのために自らを献げてくださったこと、十字架のイエスが復活し信じる者すべてに永遠の命と神の国を備えてくださったこと、これら「言葉では言い尽くせない贈り物について神に感謝します」と告白いたします。この神の贈り物に感謝して、人々は「奉仕」と「交わり」と「献身」をもって献金をするのです。献金の動機は、キリストの愛に対する感謝にあるのです。 

 献金についての二つ目の原則、献げることは「蒔く」ことであり、決して失うことではないということです。蒔かれたものから芽が出て、やがて実を結びます。それゆえに「惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。」。また神は「惜しまず豊かに蒔く人」にはさらに種を増し加えられます。それによって蒔いた者には、豊かな刈り入れの実をいただくことができます。そのように献げる人は豊かになり、献げる事が神の恵みであることを知るようになるのです。  

 献金についての三つ目の原則、献金は「不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです」。先週のお話で賽銭箱にたくさんの献金を入れていた金持ちのように、周囲の評価を気にして献げてはいけません。 

 献金についての四つ目の原則、献金は「神に対する多くの感謝を」生み出します。献金は、献金者の福音に対する従順を広く証しすることとなり、その結果すべての人々があなたを慕い、あなたのために祈るようになるのです。

 

 今朝の説教題は、「惜しむ人と惜しまぬ人」といたしました。「惜しむ人」とはわたしたちのことで、「惜しまぬ人」とはイエス・キリストのことです。わたしたちは、手にした恵みを手放すことに不安を憶える「惜しむ人」です。同時にわたしたちは、惜しみなく分け与える御方、慈しみを永遠に与えてくださる御方、「惜しまぬ人」であるイエス・キリストを知っています。わたしたちはこの御方の救いと恵みを信じて献げるとき、献げれば献げるほどに、あらゆることに豊かなものとされることを経験するのです。そのようにして、わたしたちはキリストに感謝しつつ「惜しまぬ人」に変えられることを祈り願い献げ物をいたします。 

2026. 9. 6 聖霊降臨節第16主日礼拝
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< 今 週 の 聖 句 >

どうして律法学者たちは、『メシアはダビデの子だ』と言うのか。

         (マルコによる福音書12章35節)

 

      「虚飾と誠心」        深見 祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

どうして律法学者たちは、『メシアはダビデの子だ』と言うのか。

                 (マルコによる福音書12章35節)

 

            「虚飾と誠心」        深見 祥弘

 今朝の御言葉は、マルコによる福音書12章35~44節です。ここには、イエスが神殿の境内で、集まっていた人々に話した「ダビデの子についての問答」、「律法学者への非難」、そして「やもめの献金」について書かれています。説教題は「虚飾と誠心」といたしました。「虚飾」とは主に対する律法学者や金持ちの姿を、「誠心」とは主に対するやもめやイエスの姿をあらわしています。

 

 先月23日の礼拝では、今朝と同じマルコ福音書12章の「ぶどう園と農夫」のたとえより説教をいたしました。このたとえは、受難週の火曜日、イエスが神殿の境内で祭司長・律法学者・長老たち、そして群衆に話したものでした。そして今朝の「ダビデの子についての問答」、「律法学者への非難」、それに続く「やもめの献金」の話も、同じ日に同じ場所でイエスが教えたものです。イエスは、ご自身に迫りつつある十字架を覚え、これら三つの教えを弟子たちと群衆に語ったのでした。

 

 さて3つの教えの一つ「ダビデの子についての問答」は、少々難しいのですが、大切な箇所ですから丁寧に見てゆきましょう。35節「イエスは神殿の境内で教えていたとき、こう言われた。どうして律法学者たちは、『メシアはダビデの子だ』と言うのか。」この「ダビデの子」は、聖書によく出てくる表現で、ダビデ王の子孫、ダビデ王のような者という意味です。人々が待ち続けるメシヤ(救い主)は、ダビデ王のような英雄であり、神の国を実現してくださる御方であります。多くの苦しみを経験してきたイスラエルの人々は、やがてダビデ王の子孫からメシアがあらわれ、ダビデにまさる力によってこの国を解放し、繁栄を回復してくださると信じておりました。このように教えていたのが、律法学者たちでありました。

 これに対してイエスは、ご自分が「ダビデの子(子孫)」であり「メシア」であることに間違いはないけれど、律法学者たちが教え、人々が待望しているようなメシアではないと話しました。まずイエスが紹介したのは、ダビデ王の詩です。『主は、わたしの主にお告げになった。「わたしの右の座に着きなさい。わたしがあなたの敵を あなたの足もとに屈服させる時まで」と。』 これは詩編110編1節です。この時ダビデは、聖霊を受けて、主がメシア(イエス)に告げる言葉を聞きました。ダビデにとってメシアは、「わたしの主」と呼ぶべき御方です。メシアはダビデの子(子孫)である、これは正しいことです。すなわちマリアに聖霊が降ってイエスを身ごもったが、マリアがダビデの子孫であるヨセフと結婚することで、ヨセフはイエスの父となり、イエスは「ダビデの子(子孫)」になりました。

 そのメシアは、律法学者たちが教えているような姿で登場しませんでした。律法学者たちは、人々が「ダビデの子にホサナ。」と叫びながらイエスをエルサレムに迎え入れた時、「あの男はダビデの子などではない」と思いました。なぜならばエルサレムに入場するイエスは、みすぼらしい衣をまとい、ろばの子に乗り、わずかばかりの弟子をつれた者であったからです。律法学者たちは、ダビデの子たるメシアの入場を、ダビデ王のごとき凱旋する王の姿でそれはなされ、ただちにこの国を支配国ローマから解放し、神の国をお立てになると考えていたからです。

 

 イエスは、「(まことの)メシア」を、律法学者たちが教えている「ダビデの子」の姿とは全く異なっていることを、次の教えによって伝えようとなさいました。

まず「まことのメシア」は、父なる神と人々の前に、誰よりもご自分を低くされる御方です。38~40節には律法学者たちの姿が紹介されています。彼らは、時間があれば、用もないのに長い衣をまとって歩き回り人々に自分の権威を示そうとしますし、広場に行って人々から敬意をもって挨拶されることを好みます。またユダヤ教の会堂では上席を、宴会でも上座に座ることを好み、見せかけの長い祈りをして自らの信心を披瀝いたします。しかし裏では、弱い立場の人々を食い物にし、私服を肥やしているのです。

 また「まことのメシア」は、誰よりもご自分を貧しくし、すべてを献げる御方です。イエスは、やもめの家を食い物にする律法学者について話した後、41~44節において「やもめの献金」について語られました。

イエスは神殿の「婦人の庭」にやってきました。そこには賽銭箱が置かれており、イエスは賽銭箱の向いに座り、人々が献金をする様子を見ておられました。すると大勢の金持ちが、たくさんの献金を入れました。また一人の貧しいやもめが、レプトン銅貨二枚を入れました。賽銭箱というと、わたしたちは神社の賽銭箱を思い浮かべますが、エルサレム神殿のそれはラッパ形の口が出ている箱で、全部で13個置いてありました。それぞれの箱には献金の使途を書いていました。また賽銭箱のそばには祭司がいて、献金者が祭司に使途と献金額を示すと、祭司は境内にいる人々にわかるように献金額と使途を大きな声で告げ、その後、献金者が献金をいたします。金持ちたちは、自分がとれだけ信心深いかを人に示すために、13の箱全部にたくさんの献金をし、人々を感心さました。 

そこに一人の貧しいやもめも来て、ローマの最小単位であるレプトン銅貨二枚を献げました。当時1日の労賃は1デナリオンです。レプトンは1デナリオンの1/128、1デナリオンを仮に1万円とすると、1レプトンは150円、二枚で300円となります。少額ではありましたがこのやもめは、この時持っている物をすべて、生活費の全部を入れました。しかし祭司がその献金額を告げ、やもめが献げると、周りの人は失笑したのではないでしょうか。しかしイエスは、弟子たちに「この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、だれよりもたくさんいれた。皆は有り余る中から入れたが、この人は、乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからである。」と言われました。

 

 イエスは、一緒にいる弟子たちや、祭司長・律法学者・長老たち、そして群衆に告げます。来るべき「(まことの)メシア」は、ここにいるあなた方の思いとは異なり、神と人との前にあって誰よりも自らを低くされるお方、また神に信頼し持つものすべてをささげ、誰よりもご自身を貧しくされるお方です。すなわち逮捕されて十字架に架けられ、墓に葬られ、そして復活し、父なる神の右の座にお着きになられるイエスこそが、メシアであると知らせるのです。過ぐる日ダビデは、このメシアの姿を聖霊によって示され、歌ったのでした。

 

 イエスは、この言葉を聞いた者たちに、これからあなたたちは、わたしと同じく自分を低くして神と人に仕えるかと問うています。さらにイエスは、わたしと同じく神に信頼し貧しさに進みゆき、神と人とに仕えるのかと問うています。

 律法学者の目には「虚飾」に見えたイエスが、実は「誠心」であり、人の目には「誠心」に見えた律法学者や金持ちが、「虚飾」であったことに気づかされます。「虚飾」と「誠心」を見分ける目は、十字架の主への信仰によって与えられるものなのです。

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