top of page

≪次月 6月(2026)礼拝説教要旨 前月≫

2026. 6. 28 聖霊降臨節第6主日礼拝
IMG_2174_edited.png

< 今 週 の 聖 句 >

「この時のためにこそ、あなたは王妃の位にまで達したのではないか。」

(エステル記4章14節)

 

  「この時のためにこそ」    深見 祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

「この時のためにこそ、あなたは王妃の位にまで達したのではないか。」

(エステル記4章14節)

 

           「この時のためにこそ」      深見 祥弘

 今月10日(水)、スペイン・バルセロナの「サクラダ・ファミリア大聖堂」で、主塔「イエス・キリストの塔」の完成を祝い、ローマ教皇レオ14世が記念ミサをおこないました。サクラダ・ファミリアは、1882年建築家アントニオ・ガウディ(1852~1926)の設計により着工し、死後はその遺志や設計図を尊重しつつ、多くの担い手たちによって建築が継承されてきました。またこの大聖堂の「生誕のファサード(正面部)」、「受難のファサード」が完成していますが、今後「栄光のファサード」が建設され、完成は2036年頃とされます。ガウディは、「私の依頼主(神)は急いでいない」と言っていたようです。教皇レオ14世は、記念ミサで「私たちはイエスを信じながら戦争を助長することはできない。苦しむ人々、惨禍から逃れる人々を見捨てることはできない」と説教をいたしました。「サクラダ・ファミリア」とは聖家族という意味で、「聖家族教会」、正確には「聖家族贖罪教会」という名です。この教会は単にキリスト教会ということに留まらず、民族や文化や宗教を異にする人々が集い、平和を祈るところとして創られているのです。着工から144年のこの時、世界の平和が実現したかというとそうではありません。この間に二度の世界大戦と、スペイン内戦(1936~1939)を経験いたしました。また今なお世界各地で戦禍はやむことなく、神は「この時のためにこそ」この教会を平和への祈りの場として、また一つの家族を創り出していく場として祝福を与えてくださっているのです。

 今朝のみ言葉は旧約聖書エステル記です。エステルは、ペルシャ王クセルクセスⅠ世(BC485~465)の王妃でユダヤ人です。彼女は、国内に住むユダヤ人を絶滅しようとするハマンのもくろみを阻止するために働きをいたしました。  まず、このことに至るまでのことをお話いたします。ユダヤの人々は、大国バビロンとの戦いに破れ、第一回捕囚(BC597年)、第二回捕囚(BC587)によりバビロンで生活をします。このバビロンを打ち破ったのがペルシャです。BC537年ペルシャ王キュロスは、捕囚民に故国への帰還をゆるしました。しかしこの時、この地に残ることを決断した人々がいました。エステル記は、ペルシャに残った人々の物語です。

 ペルシャ王クセルクセスは、人々の前で自らを辱めた王妃ワシュティと離婚し、新たな王妃を選びました。それがエステル(星の意)で、本名をハダサ(愛らしいの意)と言い、都スサの王宮の門衛であるモルディカイの養女でありました。モルディカイはユダヤ人で、第一回捕囚でバビロンに来たキシュの曾孫です。彼は、早くに両親を亡くしたいとこのエステルを引き取り、養女としました。モルディカイはユダヤ人であることを隠していましたし、王妃エステルにもユダヤ人であることを隠すよう命じました。

 さて王のもとには七人の大臣がいましたが、王はハマンを重用しました。王は人々に、ハマンに出会った時にはひざまずき拝礼するよう命じました。皆はそれに従いましたが、モルディカイはそれをしませんでした。彼は信仰により、人を拝礼することを拒んだのでした。ハマンはこれに腹をたてモルディカイについて調べさせたところ、彼がユダヤ人であること、またユダヤ人は神以外のものを拝礼しないことを知りました。ハマンはこの国に住むユダヤ人たちも同様に自分にも王にも拝礼しないことを思い、王に対し次のような進言をいたしました。「一つの独特の民族が帝国内に住み、『王の法律』よりも『彼らの法律』を尊びます。彼らが反乱を起せば大変です。」(3:8) これを聞いた王はその対応をハマンに任せました。ハマンは王の名で「第12の月の13日、ユダヤ人は一人残らず殺され、持ち物は没収する」という勅書を作成し、各州の長官等に届けました。

 勅書は都スサでも交布されました。モルディカイはその日以来、粗布をまとい、灰をかぶった姿で王宮の門衛に立つようになりました。このことが王宮内でも話題になり、エステルの知るところとなりました。エステルは勅書のことを知らず、養父がなぜそのような姿をしているのかを知るため宦官ハクタを遣わしました。モルディカイはハクタに事情を説明し、エステルが王に歎願するよう伝えさせました。しかし彼女はモルディカイに、王に召し出されることなく近づく者は死刑であること、王が金の笏を差し伸べた場合のみゆるされることを知っていましたので、歎願は難しいと伝えました。これに対しモルディカイはこう返事をしました。すなわち王妃であるあなたもユダヤ人であるので、その立場のゆえに無事だと考えてはならない。あなたが何もしなければ、ユダヤ人の解放と救いは他のところから起こりあなたと私の家は滅ぼされる。あなたが王妃であるのは、「この時のため」全ユダヤ人の救いのためである。エステルは、モルディカイに伝えました。わたしは三日三晩断食し、王の前に出ます。あなたもスサにいるすべてのユダヤ人を集め、三日三晩の断食をしてください。エステルは、神がペルシャにいるわたしたちと共にいて逃れの道を備えてくださる、あなたがたはその使命を果そうとする私のために祈ってほしいと願ったのです。

エステルは王の前に進み出ました。王がエステルを見て金の笏を差し伸べると彼女はそれに触れました。エステルは今日、酒宴を準備するのでハマンと一緒にお出ましくださいと願いました。王はこのことのために命の危険を犯して私の前に立ったのかと思い、その願いの重大さを感じ了承しました。その日王とハマンは、エステル主催の酒宴に出席しました。しかしエステルはこの日願いを述べることはなく、明日また酒宴を開くのでおいでください、その時に申し上げますと告げました。その夜王は、眠れませんでした。そこで侍従に「宮廷日誌」を読み上げさせたところ、二人の宦官が王に対し謀反を企てたが、モルディカイがそれを阻止したと記載されていました。王はその者に栄誉を与えよと命じました。 

 ハマンは、二日続けて王妃の酒宴に招かれたことを喜びながら、この日も拝礼をしなかったモルディカイを思い出しました。家の者たちは、彼に王の命令に背く者として明日の朝モルディカイを木につるし、気持ちよく酒宴に出席するようにすすめました。次の朝ハマンがモルディカイ処刑の許しを得るために王の前に立つと、王は彼に私の命の恩人であるモルディカイに栄誉を与えよと命じ、ハマンは計画を実行できませんでした。

 二日目の酒宴にも王とハマンが出席しました。その席でエステルは「私と私の民族をお助けいただきとうございます。私と私の民族は取り引きされ、滅ぼされ、殺され、絶滅されそうになっているのでございます。」と願いました。エステルは自分がユダヤ人であることを明らかにし、王に自分と自分の民族を救っていただきたいと願いました。王が「一体、誰がそのようなことをたくらんでいるのか。」とたずねると、エステルは「その恐ろしい敵とは、この悪者ハマンでございます」と答えました。王はハマンの顔に覆いをかぶせ、ハマンが用意していた柱に架けるよう命じたのでした。

 モルディカイは、エステルが王妃となったのは、ハマンが計画したユダヤ人絶滅計画を阻止するためだと言いました。「この時のためにこそ」です。

人は、自分が今この場にいるのは、「このことのため」、「この時のため」であったと気づかされることがあります。その気づきは自分と共にいてくださる神への信仰と、人々の祈りや支えによって与えられます。サクラダ・ファミリアの建設を計画したガウディは、その深い信仰とこの場に集う人々の平和への祈りによって、その時代時代の「この時のために」仕えてゆきたいと願ったのではないでしょうか。わたしたちも信仰と祈りに支えられて、主が与えてくださっている使命に気づき仕えてまいりましょう。

< 今 週 の 聖 句 >

「この時のためにこそ、あなたは王妃の位にまで達したのではないか。」

(エステル記4章14節)

 

           「この時のためにこそ」      深見 祥弘

 今月10日(水)、スペイン・バルセロナの「サクラダ・ファミリア大聖堂」で、主塔「イエス・キリストの塔」の完成を祝い、ローマ教皇レオ14世が記念ミサをおこないました。サクラダ・ファミリアは、1882年建築家アントニオ・ガウディ(1852~1926)の設計により着工し、死後はその遺志や設計図を尊重しつつ、多くの担い手たちによって建築が継承されてきました。またこの大聖堂の「生誕のファサード(正面部)」、「受難のファサード」が完成していますが、今後「栄光のファサード」が建設され、完成は2036年頃とされます。ガウディは、「私の依頼主(神)は急いでいない」と言っていたようです。教皇レオ14世は、記念ミサで「私たちはイエスを信じながら戦争を助長することはできない。苦しむ人々、惨禍から逃れる人々を見捨てることはできない」と説教をいたしました。「サクラダ・ファミリア」とは聖家族という意味で、「聖家族教会」、正確には「聖家族贖罪教会」という名です。この教会は単にキリスト教会ということに留まらず、民族や文化や宗教を異にする人々が集い、平和を祈るところとして創られているのです。着工から144年のこの時、世界の平和が実現したかというとそうではありません。この間に二度の世界大戦と、スペイン内戦(1936~1939)を経験いたしました。また今なお世界各地で戦禍はやむことなく、神は「この時のためにこそ」この教会を平和への祈りの場として、また一つの家族を創り出していく場として祝福を与えてくださっているのです。

 今朝のみ言葉は旧約聖書エステル記です。エステルは、ペルシャ王クセルクセスⅠ世(BC485~465)の王妃でユダヤ人です。彼女は、国内に住むユダヤ人を絶滅しようとするハマンのもくろみを阻止するために働きをいたしました。  まず、このことに至るまでのことをお話いたします。ユダヤの人々は、大国バビロンとの戦いに破れ、第一回捕囚(BC597年)、第二回捕囚(BC587)によりバビロンで生活をします。このバビロンを打ち破ったのがペルシャです。BC537年ペルシャ王キュロスは、捕囚民に故国への帰還をゆるしました。しかしこの時、この地に残ることを決断した人々がいました。エステル記は、ペルシャに残った人々の物語です。

 ペルシャ王クセルクセスは、人々の前で自らを辱めた王妃ワシュティと離婚し、新たな王妃を選びました。それがエステル(星の意)で、本名をハダサ(愛らしいの意)と言い、都スサの王宮の門衛であるモルディカイの養女でありました。モルディカイはユダヤ人で、第一回捕囚でバビロンに来たキシュの曾孫です。彼は、早くに両親を亡くしたいとこのエステルを引き取り、養女としました。モルディカイはユダヤ人であることを隠していましたし、王妃エステルにもユダヤ人であることを隠すよう命じました。

 さて王のもとには七人の大臣がいましたが、王はハマンを重用しました。王は人々に、ハマンに出会った時にはひざまずき拝礼するよう命じました。皆はそれに従いましたが、モルディカイはそれをしませんでした。彼は信仰により、人を拝礼することを拒んだのでした。ハマンはこれに腹をたてモルディカイについて調べさせたところ、彼がユダヤ人であること、またユダヤ人は神以外のものを拝礼しないことを知りました。ハマンはこの国に住むユダヤ人たちも同様に自分にも王にも拝礼しないことを思い、王に対し次のような進言をいたしました。「一つの独特の民族が帝国内に住み、『王の法律』よりも『彼らの法律』を尊びます。彼らが反乱を起せば大変です。」(3:8) これを聞いた王はその対応をハマンに任せました。ハマンは王の名で「第12の月の13日、ユダヤ人は一人残らず殺され、持ち物は没収する」という勅書を作成し、各州の長官等に届けました。

 勅書は都スサでも交布されました。モルディカイはその日以来、粗布をまとい、灰をかぶった姿で王宮の門衛に立つようになりました。このことが王宮内でも話題になり、エステルの知るところとなりました。エステルは勅書のことを知らず、養父がなぜそのような姿をしているのかを知るため宦官ハクタを遣わしました。モルディカイはハクタに事情を説明し、エステルが王に歎願するよう伝えさせました。しかし彼女はモルディカイに、王に召し出されることなく近づく者は死刑であること、王が金の笏を差し伸べた場合のみゆるされることを知っていましたので、歎願は難しいと伝えました。これに対しモルディカイはこう返事をしました。すなわち王妃であるあなたもユダヤ人であるので、その立場のゆえに無事だと考えてはならない。あなたが何もしなければ、ユダヤ人の解放と救いは他のところから起こりあなたと私の家は滅ぼされる。あなたが王妃であるのは、「この時のため」全ユダヤ人の救いのためである。エステルは、モルディカイに伝えました。わたしは三日三晩断食し、王の前に出ます。あなたもスサにいるすべてのユダヤ人を集め、三日三晩の断食をしてください。エステルは、神がペルシャにいるわたしたちと共にいて逃れの道を備えてくださる、あなたがたはその使命を果そうとする私のために祈ってほしいと願ったのです。

エステルは王の前に進み出ました。王がエステルを見て金の笏を差し伸べると彼女はそれに触れました。エステルは今日、酒宴を準備するのでハマンと一緒にお出ましくださいと願いました。王はこのことのために命の危険を犯して私の前に立ったのかと思い、その願いの重大さを感じ了承しました。その日王とハマンは、エステル主催の酒宴に出席しました。しかしエステルはこの日願いを述べることはなく、明日また酒宴を開くのでおいでください、その時に申し上げますと告げました。その夜王は、眠れませんでした。そこで侍従に「宮廷日誌」を読み上げさせたところ、二人の宦官が王に対し謀反を企てたが、モルディカイがそれを阻止したと記載されていました。王はその者に栄誉を与えよと命じました。 

 ハマンは、二日続けて王妃の酒宴に招かれたことを喜びながら、この日も拝礼をしなかったモルディカイを思い出しました。家の者たちは、彼に王の命令に背く者として明日の朝モルディカイを木につるし、気持ちよく酒宴に出席するようにすすめました。次の朝ハマンがモルディカイ処刑の許しを得るために王の前に立つと、王は彼に私の命の恩人であるモルディカイに栄誉を与えよと命じ、ハマンは計画を実行できませんでした。

 二日目の酒宴にも王とハマンが出席しました。その席でエステルは「私と私の民族をお助けいただきとうございます。私と私の民族は取り引きされ、滅ぼされ、殺され、絶滅されそうになっているのでございます。」と願いました。エステルは自分がユダヤ人であることを明らかにし、王に自分と自分の民族を救っていただきたいと願いました。王が「一体、誰がそのようなことをたくらんでいるのか。」とたずねると、エステルは「その恐ろしい敵とは、この悪者ハマンでございます」と答えました。王はハマンの顔に覆いをかぶせ、ハマンが用意していた柱に架けるよう命じたのでした。

 モルディカイは、エステルが王妃となったのは、ハマンが計画したユダヤ人絶滅計画を阻止するためだと言いました。「この時のためにこそ」です。

人は、自分が今この場にいるのは、「このことのため」、「この時のため」であったと気づかされることがあります。その気づきは自分と共にいてくださる神への信仰と、人々の祈りや支えによって与えられます。サクラダ・ファミリアの建設を計画したガウディは、その深い信仰とこの場に集う人々の平和への祈りによって、その時代時代の「この時のために」仕えてゆきたいと願ったのではないでしょうか。わたしたちも信仰と祈りに支えられて、主が与えてくださっている使命に気づき仕えてまいりましょう。

2026. 6. 14 聖霊降臨節第4主日礼拝
                     こどもの日花の日合同礼拝
IMG_20250601_101125.jpg

< 今 週 の 聖 句 >

だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。

    (マタイによる福音書6章25節)

          

​      「野の花を見なさい」        深見 祥弘

< 今 週 の 聖 句 >

だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。

                      (マタイによる福音書6章25節)

 

             「野の花を見なさい」        深見 祥弘

 今日6月第二日曜日は、「子どもの日(花の日)」です。礼拝堂に花を飾りました。これは教会学校の教師が準備し、わたしたちに連なる子どもたちのことを憶えながら飾り付けをいたしました。教会が子どもたちを覚えて花を飾り、礼拝を守るようになった由来をお話いたします。

 今から170年前、1856年6月、アメリカ・マサチューセッツ州チェルシー市メソジスト教会のレオナルド牧師が、子どものためのプログラムを準備し集会を行いました。10年後の1866年、アメリカ・メソジスト教会は総会において、6月第二日曜日を「子どもの日」とし教会行事に加えることを決議いたしました。アメリカでは、6月が1年で最も多くの花の咲く季節であることから、この日信者たちが各々花を持ち寄って礼拝堂に飾り、礼拝後、その花を病院の患者さんのところに、また各社会施設などに届けました。

 私たちの教会ではじめて花の日が守られたのは、1920年(T9)のことです。

「(6月)20日、花の祭(花の日)で村松吉太郎氏講話、午後行われた近江療養院二周年記念会には原田助牧師講話、日曜学校生徒が花を持って来院し患者を見舞った。夜は吉田柳子記念講演会もあり、百余名が来聴して原田助牧師が講演した。」(百年史)

この花の日の訪問は引継がれ、6月2日、3日と近江兄弟社中学と高校の生徒さんが、学校の花の日礼拝後、教会にお花を届けてくださり、先週階段の踊り場やメモリアルホールに飾りました。また私たちの教会は、礼拝堂のお花を礼拝後、信愛館と止揚学園にお届けいたします。

 

 今朝の御言葉は、マタイによる福音書6章25~34節、イエスの「山上の説教」のひとつ「思い悩むな」の教えです。まずは前節、24節からお話をはじめましょう。ここに「だれも、二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」とあります。「仕える」とは、人が神に仕えること、「富」も神と同様のものとされています。神と富、この一方を憎んで他方を愛しても、両方を愛することはできない。また神と富、この一方に親しみ他方を軽んじても、両方を重んじることはできないというのです。

「富」は人の仕える神であると言いました。これはギリシャ語のマモーナースいう言葉で、「人が全信頼をかけるもの」という意味があります。そしてこれが「マモン」と固有名詞化・人格化され、神のような存在(悪魔)となります。24節で人は、まことの神と偶像マモンの両方に仕えることはできないと言っています。イエスがこのように教えたのは、聞く人々の中に神と富の両方が大切と思っている人がいたこと、さらに富の方が神よりも信頼できると思っている人がいたからです。

 

 イエスは22節で「目が澄んでいれば、あなたの全身が明るいが、濁っていれば、全身が暗い。」と話しています。この教えを聞いてあなたがたは澄んだ目を取り戻し、真実を見極めよと言われます。それは人々が思い悩みの中で日々を過ごすのではなく、安心の中で日々を過ごしてほしいと願ったからです。 「富」なる神は、虫に食われたり(衣類・食物)、さびついたり(金銭・武器)、盗人に盗み出されたりいたします。人は、この神をどうすれば虫に食われたり錆びついたりすることから防げるのか、どうすれば泥棒から守れるかと思い悩み、それによっていつも心を「富」なる神に向けさせられ支配されるのです。そのようにして偶像マモンは人を支配し仕えさせるのです。

 

 イエスは「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。」と教えます。今あなたがたは、神の国と神の義を求めることを軽んじ、「人の国」と「人の義」を求めることに一生懸命であるが、果たしてそれで幸せなのかと問うています。昨今よく聞く「自国第一主義」、「経済第一主義」は、他国との軋轢を生み出し、やがて殺戮と破壊を義とするようになります。またそれによって自国が豊かになっているかというとそうではなく、ますます思い悩みが深くなりますし、世界に貧困と飢餓を蔓延させています。でもこれを主張する者の目は、濁っているのでその状況を理解できていません。これこそが人が富(偶像マモン)に支配されている様をあらわしています。

「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。」あなたたちは、何を食べようかと思い悩み戦争をして命を失っていないか、何を着ようかと思い悩み略奪をして体を傷つけていないか。

 澄んだ目で、すなわちまことの神への信仰によって「空の鳥」をよく見なさい。鳥は種もまかず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。でも天の父は鳥を養ってくださることがわかる。あなたがたは鳥よりも価値あるものではないか。澄んだ目で、すなわちまことの神への信仰によって「野の花」を注意して見なさい。野の花は働きもせず、紡ぎもしない。にもかかわらず、神は栄華を極めたソロモンにまさる装いを与えてくださっていることがわかる。ましてあなたがたにはなおさらのことではないか。あなたがたは、神の愛に委ねなさい。

「だから、明日のことまで思い悩むな」。この神の愛を知るものは、信仰によって明日を知る神に委ねることができます。日々神への信頼に生きる人は、明日への思い悩みから解放されます。イエスは、わたしたちのすべてを知り愛してくださる神に全幅の信頼を寄せ、「富」という偶像から解放されなさいと教えられたのでした。

 

 6月5日経済産業省は、廃炉の決まった原発の建て替えを2040年までに最大5基、2050年までに11~14基、行うとの目標を発表しました。2011年の原発事故後、政府は「可能な限り原発依存度を低減する」との方針を掲げてきました。しかし昨年2025年に策定されたエネルギー基本計画は、この文言を削除し、原発を最大限活用する方針を明記しました。その理由は、これからAIの普及などによるデータセンターの整備に伴い電力需要が大幅に増えると見込まれること、「温室効果ガス」の排出を減らし、森林などで吸収される分で差し引きゼロの達成をめざすためとしています。(毎日新聞6/6)

 2013年5月京都教区総会で議決した「宣教基本方針・方策」(「環境」項目)は、「世界規模で進んでいる自然の生態系の破壊は、次世代の未来を奪うことにつながる。東日本大震災での原発事故による被爆の問題が問いかけている『環境のかけがえのなさ』と、それをいかに守るのかという課題に向き合い取り組む。原子力発電所に反対し、ライフスタイルの転換を含んだ省エネルギー、自然エネルギーの導入をめざす。」としています。

滋賀地区「当面の宣教の課題」は、「自然に負荷を与えない生活を推進し、CO₂の削減に寄与するよう取り組む。また原発のない社会を目指す。」です。

わたしたちはマモンの誘惑を受け、思い悩み、一時の豊かさを享受するために、たくさんの負の遺産を、子どもたちに残してはいけません。わたしたちは、神への信仰によって「野の花を見なさい」と同世代を戒め、後の世代を励ましてまいりましょう。

2026. 6. 7 聖霊降臨節第3主日礼拝
DSC05523_edited.jpg

< 今 週 の 聖 句 >

主よ、今こそ彼らの脅しに目を留め、あなたの僕たちが、思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください。…祈りが終わると、一同の集まっていた場所が揺れ動き、皆、聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語りだした。                 (使徒言行録4章29・31節)

 

   「大胆に御言葉を語る」      深見 祥弘牧師

< 今 週 の 聖 句 >

主よ、今こそ彼らの脅しに目を留め、あなたの僕たちが、思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください。…祈りが終わると、一同の集まっていた場所が揺れ動き、皆、聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語りだした。                 (使徒言行録4章29・31節)

 

           「大胆に御言葉を語る」      深見 祥弘

 ネット社会の今、政治や社会、信仰など私たちに関わる事について発言をしたり行動したりすると、時に匿名の人々から誹謗中傷を受けるということがあります。またフェイクニュース(誤情報や意図的に改ざんした情報)によって、意図せぬことに利用されてしまうこともあります。そうした風潮の中で、わたしたちは発言したり行動することに躊躇を覚えたり萎縮をしてしまうこともあります。かつては、治安維持のためにという理由で、政治的社会的な言論や信仰が監視弾圧された時代がありましたが、今はネットによって監視や脅迫、また私刑ともいうべき事が行なわれる社会となりつつあることに強い危機感を覚えます。

 

 今朝の御言葉は、使徒言行録4章13~31節です。ここにはペトロとヨハネが神殿で説教をしたこと、聞いた多くの人たちが信じたこと、逮捕され議会で取り調べを受けたこと、そして釈放後仲間たちと祈ったことが書かれています。

 まず、ペトロとヨハネが逮捕されるまでのことをお話いたします。ある日、二人は祈るために神殿にきました。「美しい門」を通りかかると、生まれながら足の不自由な人がいました。二人がこの人をじっと見ると、男もまた施しをもらえると思い二人を見つめました。ペトロは彼に「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」(3:6)と言い、彼の右手を取ると、彼は躍り上がって立ち上がり、歩きだして神を賛美いたしました。

 二人が神殿に入るとこの人も従い、この人を見て驚いた人々も皆ついてきました。祈りを終えて「ソロモンの回廊」に来た時、ペトロは人々に説教をいたしました。それはこのような内容でした。

 ここにいる生まれつき足の不自由な男が癒され自分の足で立っているのは、わたしたちの力や信心によるものではありません。これはわたしたちの先祖の神が、人々に拒まれ殺されたイエスに栄光をお与えになられたことによるものです。神はイエスを死者の中から復活させられました。わたしたちはイエスの死と復活の証人です。この男におこった奇跡の原因は、復活のイエスにあります。わたしたちは、この男に「ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」と声をかけました。この復活のイエスの名が、この人を強くしました。この男が、わたしたちの呼びかけを、信仰をもって受け入れたので、この奇跡が起こったのです。あなたがたは、イエスを十字架に架けて殺してしまいましたが、それはあなたがたの無知によるものでした。自分たちの罪が消し去られるように、悔い改めてイエスを救い主と信じなさい。

 これを聞いて信じた人々は、男で五千人ほどになりました。

 

 次にペトロとヨハネが逮捕され、議会で取り調べを受けた時のことをお話します。二人が神殿で説教をしていると、祭司たち、神殿守衛長、サドカイ派の人たちが来て、二人を逮捕しましたが、日暮れ時であったので翌日まで牢に入れました。逮捕の理由は、イエスが死者の中から復活したと宣べ伝えたからです。翌日、大祭司カイアファを議長とする議会(71名)が開かれ、二人を尋問いたしました。「お前たちは何の権威によって、だれの名によってああいうことをしたのか」(4:7)。逮捕の理由は「死者の復活」を宣べ伝えたことでありましたが、議会では逮捕理由が変えられ、それは「だれの名によって」なしたのかと尋問がなされました。議会議員の中に、死者の復活を信じるファリサイ派の人たちがいたからです。

 ペトロは聖霊に満たされて言いました。「この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです。」(4:10) さらにペトロは詩編118編22節の言葉を紹介し、イエスこそが「隅の親石となった石」であると告げました。あなたがたが十字架で殺してしまったイエス(あなたがたに捨てられたイエス)は、今や栄光の座におられる。そのイエスは病の癒しだけでなく、罪と死、また終末における裁きから人を救う唯一の御方であると、聖霊の導きの中で語りました。  

 議会は、二人を退席させて協議いたしました。しかし議場にはペトロたちによって癒された男がいて二人の証言の正しさを裏付けていましたので、二人を処罰することができませんでした。二人を呼び戻した議会は、今後決してイエスの名によって話したり教えたりしないように命じました。二人は、「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです。」(4:19.20)と答えました。議員たちは、二人をさらに脅してから釈放いたしました。

 

 最後に釈放後のことをお話いたします。釈放後、二人は仲間たちのところへ行き、この間のことを話し、仲間と心を一つにして祈りを献げました。まず、詩編2編1~2節の預言を覚えて祈りました。「指導者たちは団結して、主とそのメシヤに逆らう。」つまり、領主ヘロデ・アンティパスに代表される地上の王たち、ローマ総督ポンテオ・ピラトに代表される指導者たちは、神が油を注がれたイエスに逆らいました。それは詩人が預言したとおり、神の計画がそのように行われたということでした。また今、ペトロたちの行っている宣教も神が与えてくださっている使命であります。ペトロとヨハネ、そして仲間たちは、「主よ、今こそ彼らの脅しに目を留め、あなたの僕たちが、思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください。」と祈りました。祈り終えると、その場所が揺れ動き、皆、聖霊に満たされて大胆に神の言葉を語りだしたのでした。

 

 はじめにネット社会において、人の発言や行動がバッシングを受けたり脅されたりすることがあるとお話しました。わたしたちキリスト者も、その信仰によって発言をしたり行動することにおいて、そうしたことを経験することがあります。今朝の御言葉は、神が死者の中から復活させたイエス・キリスト以外に、救いは得られないことを告げています。次にこの救いの福音に対してなされる脅しに神が目を留めていてくださること、神が僕たちを聖霊で満たし福音を伝えようとしておられることも明らかにされました。そのことを覚えわたしたちは心を一つにし「主よ、今こそ彼らの脅しに目を留め、あなたの僕たちが、思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください。どうか、御手を伸ばして聖なる僕イエスの名によって、病気がいやされ、しるしと不思議な業が行われるようにしてください。」と祈るのです。そうするならば祈りが聞かれ、聖霊の満たしの中で大胆に神の言葉を語ることができます。

「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。」(4:19) このペトロとヨハネの問いかけに、わたしたちが信仰の証しを立てていく時が来ているのだと思います。心を一つにして祈り、聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語り、イエスの名によって働きをいたしましょう。

© OMI HACHIMAN CHURCH. All rights reserved. W.M.ヴォーリズが愛した教会

bottom of page