W.M.ヴォーリズが愛した教会
近江八幡教会
日本キリスト教団
2026. 8. 30 聖霊降臨節第15主日礼拝

< 今 週 の 聖 句 >
それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。
(コリントの信徒への手紙第一13章13節)
「最高の道を教えます」 深見 祥弘牧師
< 今 週 の 聖 句 >
それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。 (コリントの信徒への手紙第一13章13節)
「最高の道を教えます」 深見 祥弘
8月もあと二日で終わりです。この夏西日本は、少雨に加え、本当に暑い日が続きました。7月に地震で被災された熊本の方々は、この暑さの中、断水のために水が使えず、大変な状況の中でお過ごしになってこられました。一方東日本は、連日豪雨にみまわれ、千葉では広い地域で水害が発生し甚大な被害がでました。こうしたことを覚え私たちの教会では、6月に発生したベネズエラ地震で被災した方々、そして熊本地震で被災した教会や人々を覚えて救援募金を行っています。募金は本日までですが、愛をもって、被災された方々にお献げいたします。
今朝の御言葉は、コリントの信徒への手紙第一12章27節~13章13節です。ここでは、一人ひとりに与えられる霊的な賜物(知恵の言葉、知識の言葉、信仰、病気をいやす力、奇跡を行う力、預言する力、霊を見分ける力、異言を語る力、預言を解釈する力)についてと、すべての人に与えられる霊的な賜物(信仰告白の賜物、愛の賜物、希望の賜物)について書いています。そして、その中で愛の賜物こそが、すべての霊的な賜物を生かし、一つにする、最も大いなる賜物であると述べています。
コリントの信徒への手紙第一は、紀元54年の春に書かれました。使徒パウロが第二伝道旅行中に、エフェソから先に訪れたコリントの町の教会と信徒たちに宛てて書き送ったものです。パウロがエフェソに滞在中、伝え聞いたコリント教会の問題とは、信徒の人たちが分裂して争っていることでした。
パウロは、手紙の冒頭にこのように書いています。「わたしの兄弟たち、実はあなたがたの間に争いがあると、クロエの家の人たちから知らされました。あなたがたはめいめい、『わたしはパウロにつく』『わたしはアポロに』『わたしはケファに』『わたしはキリストに』などと言い合っているとのことです。」(1:11~12)。ここに書かれているパウロ派は伝道一筋の人たち、アポロ派は説教を重んじる人たち、ケファ(ペトロ)派は伝統を重んじる人たち、そしてキリスト派は派をつくることを嫌う人たちです。パウロは、自分もアポロもケファも神に召され「福音を告げ知らせるため」(1:17)に用いられたものにすぎない、人の名によって教会を治めるのでなく、キリストのみ名において教会を形づくり、一つとされることを願っていると伝えています。
12章は「霊的な賜物」について書いています。聖霊は一人ひとりに異なる賜物を与えます。「知恵の言葉」、「知識の言葉」、「病気をいやす力」、「奇跡を行う力」、「預言する力」、「霊を見分ける力」、「異言を語る力」、「異言を解釈する力」という賜物です。そして異なる賜物を与えられた人が、キリストの体なる教会において、それぞれの賜物を用いて働きをいたしました。
「使徒」は、イエス・キリストが人の罪のために死んだこと、葬られたこと、復活したこと、多くの人にあらわれたことを証言しました。「預言者」は、使徒の証言をもとにして、説教者として人に語りました。「教師」は、使徒や預言者から聞いたことを、多くの人々に語り伝えました。「奇跡を行う者」、「病気をいやす賜物を持つ者」はその言葉のとおりです。「援助する者」は困窮している教会員に物品等を配給する者、「管理する者」は教会の諸事を管理する者です。そして「異言を語る者」など、こうした人々が働きをいたしました。この手紙は、それぞれの霊的な賜物・働きを一つに結んでキリストの体である教会を形づくり、「もっと大きな賜物を受けるよう」(12:31)に勧めています。
それでは「もっと大きな賜物」とは、何のことでしょうか。
一つ目は、「信仰告白という賜物」です。12章3節に「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』とは言えないのです。」とあります。それまで「自分が主(神)」と告白し生きてきた者が、聖霊の賜物をいただくことによって、「イエスはわたしの主です、わたしたちの救い主です」との信仰告白に導かれます。この「信仰告白という賜物」によって人は、キリスト者とされ、キリストの体である教会に連なり、それぞれに霊的な賜物が与えられて働きをするのです。
二つ目の「もっと大きな賜物」とは、「愛の賜物」のことです。ここでパウロは、一人ひとりが様々な賜物を用いて働きをしても、そこに「愛がなければ、無に等しい」(13:2)と言います。すなわち「異言」が語られても、愛がなければ騒がしいどら、やかましいシンバル、「預言・神秘・知識・信仰」を持っていても、愛が無ければ無に等しい。「全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、わが身を死に引き渡そうとも」愛がなければ何の益もない。
このように述べられています。
この「愛」とはどのようなものでしょうか。13章4~7節には、15の愛が紹介されています。「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。」
「愛」を主語とするこの教えは、「わたし」を主語とするとどうなるでしょうか。「わたしは忍耐強くない。わたしは情け深くない。わたしはねたむ。わたしは自慢し、高ぶる。わたしは礼を失い、自分の利益を求め、いらだち、うらみを抱く。不義を喜び、真実を喜ばない。…」となってしまいます。 ここで主語となりうる御方は、唯一「十字架のイエス」です。「十字架のイエスは、忍耐強い。情け深い。自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。」
人には、ここに示されるような「愛」はありません。わたしたちにあるのは、「愛」とは正反対のものです。そんなわたしたちが、聖霊の働きによって「イエスは主である」と信仰告白に導かれ、イエスにつながる者とされる時、不完全なもの(幼子のように思い、鏡におぼろに映ったものに見える)ですが、「十字架のイエスの愛の賜物」をいただいて、この愛に生きることが可能となるのです。ですからキリスト者となり、教会で働きをするようになっても、高ぶったり自分の利益を求めたりしてはいけないというのです。
「もっと大いなる賜物」の三つ目は、「来るべき日への希望」です。それは、キリストがもう一度来てくださること(キリストの再臨)によって実現いたします。パウロは言います。今、あなたがたはそれぞれに与えられた賜物(預言・異言・知識の賜物)を誇り争っているが、再臨のキリストと顔と顔を合わせる日、それらの賜物は必要なくなります。今、互いに争うことで、求道の人がつまずいて「信仰告白の賜物」を受け取ることを妨げたり、信者たちが「十字架のイエスによって備えられた愛の賜物」を見失ったり、後の世の人々が「来るべき日」を待つことをあきらめてしまうことがあってはなりません。
パウロは「わたしはあなたがたに最高の道を教えます。」(12:31)と書きます。その「最高の道」とは、最も大いなる霊的な賜物「愛の賜物」に生きることです。そのときわたしたちは、十字架のイエスの愛によって、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐えることができるのです。
2026. 8. 23 聖霊降臨節第14主日礼拝

< 今 週 の 聖 句 >
家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える。
(マルコによる福音書12章10~11節)
「ほうり出されたイエス」 深見 祥弘牧師
< 今 週 の 聖 句 >
家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える。
(マルコによる福音書12章10~11節)
「ほうり出されたイエス」 深見 祥弘
ある牧師が、牧師たちのワークショップに参加した時のことを報告してくれました。それは「怒りの表現」と題するプログラムで、参加者には、硬いゴムホースと電話帳が渡され、それぞれ手に硬いゴムホースを持ち、電話帳を叩きながら、自分の怒りを叩き出していくというものでした。
これに参加した一人の牧師は、長い間、病に苦しんでいました。この方は、ひとり離れたところに行き、親、家族、友人、教会の人々、病い、そして自分自身に対しても、これまで隠し閉じ込めてきた怒りを、自分の心の奥から叩き出してゆきました。そして最後に叩き出した怒りの対象は、神さまでした。なぜ神さまが自分に牧師という務めを与えられたのか、なぜ長年、病いによる苦しみに耐えなければならないのかなどを、ゴムホースで電話帳に叩き出していきました。
今朝の御言葉は、マルコによる福音書12章1~12節「ぶどう園と農夫」のたとえです。聖書の中でぶどう園と言うと、「ぶどう園と労働者」のたとえを思い浮かべます。この「ぶどう園と農夫」のたとえは、イスラエルの指導者たちが神の子イエスを殴り辱め殺し捨ててしまうこと、しかし捨てられるイエスが人々の怒りや罪を引き受けてくださること、このイエスこそ人を赦し新たに建てる救い主であると伝えています。
受難週・火曜日のことです。イエスが神殿の境内を歩いていると、祭司長、律法学者、長老たちが来て「何の権威で、このようなことをしているのか」と問うたので、イエスはたとえを話されましました。
ある人が十分に設備を整えたぶどう園を作りました。ぶどう園の主人は、これを農夫たちに貸して旅に出ました。やがて収穫期に入ったので、主人は収穫を受け取るために僕を遣わしました。しかし農夫たちは遣わされてきた僕を捕まえて袋だたきにし、何ももたせないで帰しました。主人は、別の僕を遣わしますが、この僕も頭を殴られ侮辱されて帰ってきました。主人はその後も、約束の収穫を受け取るために次々と僕を遣わしますが、農夫たちに殴られたり侮辱されたり、中には殺されてしまう僕もいました。
主人は最後に「わたしの息子なら敬ってくれるだろう」と言って、息子を遣わしました。主人の息子を見た農夫たちは、話し合って言いました。「これは跡取りだ。さあ、殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる。」農夫たちは息子を捕まえて殺し、ぶどう園の外にほうり出してしまいました。
さてこの後、ぶどう園の主人はどうするだろうか。主人は戻って来て農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるにちがいない。
これは、たとえです。「ある人」、「ぶどう園の主人」とは父なる神のことです。主人の作った「ぶどう園」とはイスラエルのことです。ぶどう園で働く「農夫たち」とは、イスラエルの指導者たち(祭司長、律法学者、長老)のこと、主人から遣わされて来た「僕」とは預言者たちのことです。最後に主人が遣わした「愛する息子」とはイエス・キリストのことであり、「捨てた石」とは受難と十字架を経験されるイエスのこと、「隅の親石」とは復活し教会の礎石となるイエス・キリストのことです。そしてぶどう園を与えられる「ほかの人たち」とは、キリスト者たちのことです。
主人は農夫たちが、心配なく働くことのできるよう、垣を巡らし、搾り場を備え、見張りのやぐらもあるぶどう園を作りました。これはイスラエルに対する神の愛と、指導者たちに対する期待を表しています。
主人が「旅に出た」とは、父なる神が指導者たちを信頼しこれをゆだねたことをあらわしています。当時農園の主人は町に住み、園を農夫たちに貸与いたしました。そして収穫期になると、農夫たちから借地料を受け取るために僕を遣わします。主人は、委ねた農夫たちと収穫高に応じて、借地料の支払い額を決めていたようです。例えば収穫高の1/2を主人に支払うといったようにです。
このたとえでは、父なる神が指導者たちに求めたのは、信仰であったのではないでしょうか。豊かな恵みが与えられるに伴い、神は指導者たちにより明確な信仰を求めたのではないでしょうか。ところが指導者たちは、父なる神を裏切って偶像を崇拝したり社会的弱者を辱めたりし、自らの力を誇り私利私欲に走るようになっておりました。父なる神は、そのような指導者たちのところに次々と預言者たちを遣わし悔い改めを求めますが、指導者たちは彼らを迫害いたしました。
農夫たち(指導者たち)の怒りの原因は、何であったのでしょうか。一つは、主人が旅にでて、自分たちは放置されたという思いがあったことです。
二つ目は、農夫たち(指導者たち)は自分たちの力でこの収穫を得たという思いをもったことです。三つ目は、それなのに借地料を取り立てられることです。がんばってぶどうの世話をし、収穫を増やせば増やすほど、その割合にしたがって持っていかれる、主人は、自分たちの収穫を横取りしているという怒りがありました。農園を放置する無責任な主人、このぶどう園においては自分たちこそ主人にふさわしい、自分たちには主人にまさる力があるとの思いに至ったのです。そして彼らの怒りや罪は、預言者たちに向けて叩き出されることとなりました。
最後に父なる神は、「わたしの息子なら敬ってくれるだろう」とイエスを彼らのところに遣わしました。それに対し指導者たちは、自分たちの怒りと罪を叩き出すために息子を捕らえ、殺し、外に放り出してしまいました。これは、この後起こるイエスの逮捕と十字架、そして埋葬を表しています。ところで父なる神は、「わたしの息子ならば敬ってくれるだろう」と初めは楽観的であったのでしょうか。そうではなく父なる神は、息子を遣わすことで、指導者たちの怒りを積極的に受け止め、これで終わらせようとしておられたのではないでしょうか。あなたたちの怒りをわたしの息子イエスにむけて叩き出しなさい。叩かれ殺され捨てられるイエスは、あなたたちの罪を負うて裁きを受けたのであり、イエスこそあなたたちの罪の姿なのだ。さらに捨てられたイエスは、復活し、信じる人々の群れ(教会)の礎としてよみがえる。罪深いあなたたちも、信じる人々の群れへと導かれる。
「家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える。」詩編118編22~23節からの引用です。理不尽にも思えますが、父なる神は、指導者たちの怒りと罪を、預言者たちに負わせました。さらに父なる神は、罪なき御方、御子イエスに、指導者たちはじめすべての人の罪を負わせられました。人の怒りをうけとめ、ゴムホースでボロボロになり、捨てられる電話帳、それは、人の怒りや罪を受け止め鞭打たれ、十字架に架けられ、捨てられるイエスの姿に重なります。 父なる神は、その捨てられるイエスを、信じる人々の群れ(教会)の親石とされるのです。
「これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える。」、このことにアーメンと告白いたします。
2026. 8. 16 聖霊降臨節第13主日礼拝

< 今 週 の 聖 句 >
そこで、イエスは言われた。 「神の国は何に似ているか。 何にたとえようか。 それは、 からし種に似ている。 人がこれを取って庭に蒔くと、 成長して木になり、その枝には空の鳥が巣を作る。」
(ルカによる福音書13章18~19節)
「神の国とからし種」 仁村 真司教師
< 今 週 の 聖 句 >
そこで、イエスは言われた。 「神の国は何に似ているか。 何にたとえようか。 それは、 からし種に似ている。 人がこれを取って庭に蒔くと、 成長して木になり、その枝には空の鳥が巣を作る。」
(ルカによる福音書13章18~19節)
「神の国とからし種」 仁村 真司
愛を説くキリスト教がどうして戦争をするのか、戦争に協力するのか?
キリスト教がこれまでに多くの戦争をしてきた、戦争や侵略、それに伴う
抑圧・差別政策を執る国家に協力・加担してきたのは事実です。この疑問について「それはその時のキリスト教徒の過ちであって、キリスト教そのものが間違っているのではない」等とよく説明(?)されます。ですが、クリスチャンでない人は、クリスチャンであっても、何か引っ掛かる、釈然としない、納得し切れないという人は多いのではないかと思います。
キリスト教が間違っているのか、いないのか等と考えるその前に・・・
もしあなたがたが、聖書に従って、「隣人を自分のように愛しなさい」という最も尊い律法を実行しているのなら、それは結構なことです。 しかし、 人を分け隔てするなら、あなたがたは罪を犯すことになり、律法によって違反者と断定されます。 (ヤコブの手紙2章8~9節)
聖書にこう記されているのは、キリスト教が説く愛の “代表格”、「最も尊い律法」とされる隣人愛を実行しつつ人を分け隔て (差別)する、隣人愛と差別が“両立”する現実があった、今もあるということだと私は思います。
このような現実の中で、現実に対して、イエスは物言う。例えば•••
「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。」 (マタイ福音書5章43節)
これは「隣人を自分のように愛しなさい」が、「隣人以外は敵」・「敵を憎
め」と同義になっている、隣人愛と共に敵を憎むことが“善いこと”とされているというイエスの洞察だと思います。その現実、そこに生きる人々に向かってイエスは「敵を愛せ」と言った(マタイ5章44節、ルカ6章27節)。
1)
今日の箇所でイエスはからし種とパン種に譬えて神の国について語っていますが、「神の国は近づいた、すぐに来る」 というのが当時の一般的な考え方 ・思想です。となると、気になるのはどんな人が入れて、どんな人が入れないのか、どうすれば入れるのかということですが、そこはユダヤ教が支配する社会です。律法を十全に守って生きる敬虔なユダヤ人、ユダヤ教徒が入り、担う、そんな神の国が来るとされていました。 洗礼者ヨハネが言った「悔い改めよ。天の国 (神の国)は近づいた」(マタイ3章2節)も基本的には同じことだと考えられます。
ですが、そんな神の国を待ち望むことができるのは自分は完璧に律法に従っている、故に間違いなく神の国に入ると思い込めるユダヤ教指導者、生活にある程度以上の余裕があり律法に従って暮らすことができる人たち、あるいはヨハネのような脱世間、浮世離れした禁欲的な修行者ぐらいです。
大多数の人たちにとっては、神の国が来ると言われても、生活の隅々にまで及ぶ律法の事細かな規定に従っていなければ入れないというのですから、ひどく窮屈で陰鬱な話です。到底待ち望む気にはなれないと思います。
そしてまた、律法に従っていたのではとてもじゃないが生きて行けない貧しい人たちや律法に背く罪人とされていた人たちは当然神の国に入れないとされます。この世で既に「汚れた者」と分け隔てされている人たちが、「神の国に決して入れない者」として重ねて分け隔てされるということです。
しかし神の国(=神の支配)に分け隔てはあるのか。あるのだとしても人が 「こんな人が入れる、こんな人は入れない」等と云々出来るものなのか...。
「はっきり言っておく。徴税人や娼婦たちの方が、あなたたち (ユダヤ教指導者たち) より先に神の国に入るだろう。」 (マタイ21章31節)
「貧しい人々は幸いである。神の国はあなたがた (貧しい人々)のものである。」 (ルカ6章20節)
これらの物言いは隣人と隣人以外の分け隔てを取り払う「敵を愛せ」と同じく、「入れる者と入れない者」は元より、神の国において分け隔て等ない、あるはずがない、イエスはそう言っているのではないかと思います。
2)
からし種とパン種は、どちらも日本語では“種”ですが、全くの別物です。
なので元々「からし種」の譬えと「パン種」の譬えは、別々に語られたのではないかとも思うのですが、まず後の方、「パン種」の譬えについて考えます。
「パン種」は聖書において、その生地を発酵させ膨らませる作用から、多くの場合否定的な意味で影響力の譬えとして用いられています。イエスは他に「ファリサイ派の人々のパン種によく気をつけなさい」 (マルコ8章15節、 並行マタイ16章6節・ルカ12章1節)という用い方をしています。
イエスがこう言ったのは、四千人の供食のしるしの直後に、ファリサイ派の人々がしるしを求めて来たことにまつわってです。自分たち理屈に合うしるしを見せてみろということだったのでしょう。
とするならば、「神の国を何にたとえようか。パン種に似ている」(20節~)の「神の国」とは本当の神の国ではなく、ユダヤ教指導者やファリサイ派の人々が 「自分は入る。そしてこういう人は入れる。こんな人は入れない」と喧伝していた「神の国」だと思います。それが膨れ上がって多くの人々にとって神の国の到来は待ち望めるものではなく、恐ろしいものになっていた。
そして神の国はそんな恐ろしいものではありませんよというのが、「神の国は何に似ているか。何にたとえようか。それは、からし種に似ている。人がこれを取って庭に蒔くと、成長して木になり、その枝には空の鳥が巣を作る」 (18~19節)です。
この譬えのポイントは成長して、その枝には空の鳥が巣を作る「木」が神の国の譬えなのではなく、「からし種」が神の国の譬えだということです。
豊かな自然に恵まれたガリラヤではからし種はそんじょそこらに落ちていたでしょう。神の国はだれの手にも届く所にあるのだということです。
3)
今日ここまで見て来ましたように、隣人愛の実行においても、神の国の到来を待ち望むに際しても、「隣人と隣人以外の人」・「神の国に入れる人と入れない人」とに分け隔てする、知らず知らずの内に分け隔てしてしまう、人にはそういう所があるということです。そして…
日本では特に八月には、年々希薄になっているとは言え、かつての戦争の記憶・軌跡を辿ることがなされます。それは何よりも二度とそのようなことが起こらないようにするためのはずです。しかし、「二度と起こらないようにするために」ということにおいても人の分け隔ては起こり得ます。
かつて、アウシュビッツから生還したユダヤ人の歴史家イェフダ・エルカナという人が、こんな言葉を残しています。
「アウシュビッツの灰燼からイスラエルには二つの国民が生まれました。 一つは『二度とこのようなことが (誰にも)起きてはならない」と主張する少数派。もう一つは『二度とこのようなことが自分たちに起きてはならない』と主張する多数派です。」
日本でも「二つの国民」が生まれています。広島の原爆慰霊碑の「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」。「過ちを繰り返させぬ」ではなく、被爆者自らが「繰り返しませぬ」と記したこの碑文は、「二度と誰にも起きてはならない」という主張ですが、例えば非核三原則見直し論は、「自分たち以外に起きても仕方がない」ということに繋がります。そこには自分たちとそれ以外の人々、その先にあるのは味方と敵の分け隔てです。
キリスト教に限らず、ユダヤ教に限らず、どの国でも、誰でも、自分たち(だけ)が正しいとなれば、人を分け隔てし、過ちを犯すことになります。
それに対してイエスは物言う。私たちはそれを聞いてゆかねばなりません。
2026. 8. 9 聖霊降臨節第12主日礼拝

< 今 週 の 聖 句 >
キリストに対する畏れをもって、互いに仕え合いなさい。
(エフェソの信徒への手紙5章21節)
「キリストが愛するように互いに」 深見 祥弘牧師
< 今 週 の 聖 句 >
キリストに対する畏れをもって、互いに仕え合いなさい。
(エフェソの信徒への手紙5章21節)
「キリストが愛するように互いに」 深見 祥弘
「痛いの痛いの飛んで行け!」 子どもの頃、転んで泣いているとお母さんが駆け寄ってきて、「どうしたの。どこが痛いの。大丈夫、大丈夫。」と声をかけ、痛いところをさすりながら、「痛いの痛いの飛んでいけ!痛いの痛いの飛んでいけ!」と大きな声で言ってくれた、こんな経験のある人は多いのではないでしょうか。痛いところをさすってもらいながら、このおまじないのような言葉を聞くと、不思議と痛みがやわらぐように思いました。
先日、新聞にこんな記事をみつけました。それは、九州大学の研究グループが、「痛いところをさすると痛みが和らぐ現象の神経メカニズムの一端を解明した」という内容でした。わたしたちの皮膚には、外からの刺激を感じ取る「感覚神経」が張り巡らされています。その「感覚神経」には、触れられたことを伝える「触覚神経」や、痛みを伝える「痛覚神経」などがあります。けがをした時、痛いところに触れて痛みを和らげようとする行動は、人間だけでなく動物にも見られるそうです。研究チームは、皮膚に痛みを感じると、その場所をなめるマウスの行動を観察し、ある特定の触覚神経を取り除いた状態で痛みを与えると、なめつづける時間が通常の約5倍になった。また痛みを与えた際に、その触覚神経を刺激すると、なめ続ける時間が通常の半分近くに減った、その際に脊髄を観察すると、「痛覚神経」から出る「痛み信号」を脳に伝える神経の反応が低下していた。こうしたことから「痛み信号」の伝わりが、触覚神経から出ている「触覚信号」で抑制され、脳で感じる痛みが和らぐことが分かったとのことでした。(7/31毎日新聞)
今朝のみ言葉は、エフェソの信徒への手紙5章21節~6章4節です。ここでは、人に対する神の和解が教会に実現していることを伝えています。
エフェソの信徒への手紙は、「獄中書簡」と呼ばれます。この手紙をパウロがローマの獄中で書いたとすれば、紀元62年頃のことです。パウロは、第3伝道旅行中、3年近くエフェソに滞在いたしました。そして、この手紙はテキコによってエフェソに届けられました。
この手紙のメッセージは、「教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。」(1:23)、この言葉に集約されます。ここには「充満(プレーローマ)」という言葉が使われていますが、教会は、すべてのものを満たしている方(キリスト)が、すべてのものを満たしていく場であると述べられています。教会は信仰者の集まる人間的な集団ではなく、神の救いの働きの具現化であるというのです。
5章21節から33節には、妻と夫に関する教えが述べられています。今のわたしたちには、抵抗を感じる表現もあります。特に妻に対する言葉にそれは見られます。「妻たちよ、自分の夫に仕えなさい。」(22)「夫は妻の頭だからです」(23)「妻もすべての面で夫に仕えるべきです」(24)「妻は夫を敬いなさい」(33)。これらの言葉から、これは二千年前の手紙なのだからしかたがないと考えるべきものなのかもしれません。反面、この言葉から、日常妻たちが夫をないがしろにしていたのかもしれないと推測することもできます。
まず皆さんにお示ししたいのは、21節に「キリストに対する畏れをもって、互いに仕え合いなさい。」と書かれていることです。これは、妻と夫の関係について述べるパウロの根本的な言葉です。すなわち妻に対して一方的に「仕えなさい」と言っている訳でなく、妻は夫に仕え、夫も妻に仕えなさいと教えています。しかも「キリストに対する畏れをもって」と言っているのです。「キリストに対する畏れ」とは、キリストが全ての人のために、十字架の死と復活をもって仕えてくださったことからくる畏れです。妻たちよ、夫たちよ、キリストがそのように仕えて下さったのですから、キリストへの感謝に押し出され、あなたがたも互いに仕え合いなさいということです。22節「主に仕えるように、自分の夫に仕えなさい」とあるとおりです。
続く夫に対する教えには、「妻を愛しなさい」(25)、「妻を自分のように愛しなさい」(33)とあります。これは日頃、夫が妻をないがしろにしているということでしょうか。25節には「夫たちよ、キリストが教会を愛し、教会のために御自分をお与えになったように、妻を愛しなさい」(25)と教えています。キリストの愛は、十字架における愛です。キリストは愛することのできない者を十字架の愛によって贖い赦してくださった。それゆえにキリストに愛され赦された者として、「夫よ、妻を愛しなさい」と勧めるです。
6章1節からは子と親に対する教えが短く綴られています。「子供たち、両親に従いなさい」(1)、「父親たち、子供を怒らせてはなりません。主がしつけ諭されるように、育てなさい」(4)。親が子を力によって支配している状態とも、子が両親に反抗していると状態とも受け取れます。この手紙は、「子供たち、主に結ばれている者として両親に従いなさい」「父親たち、主がしつけ諭されるように、育てなさい」と勧めています。親も子も、主に愛され仕えられている者(主に結ばれている者)であるので、子は親に仕え従い、親は子を、愛をもって育てなさいと教えています。
さらにこの妻と夫、親と子の関係は、キリストと教会の関係をあらわすものです。教会がキリストに仕えるように、妻は夫に仕える。キリストが教会を愛するように、夫は妻を愛する。教会がキリストに従うように、子供は親に従う。キリストが教会を育てるように、親は子をしつけ諭し育ててる。 そして妻が主に仕える具体的なことの一つが「夫に仕える」ことであり、夫が主を愛する具体的なことの一つが「妻を愛する」こと、そして子が主に従う具体的なことの一つが「両親に従う」こと、親が主を敬う具体的なことの一つが「子を諭し育てる」ことであるのです。キリストが頭、教会は体、これは関係の優劣を示すものではなく、その一体性をあらわすものです。
さきほど、「痛いの痛いの飛んでいけ!」の話をしました。なぜそれを話したのかというと、それは「わが身を憎んだ者は一人もおらず、かえって、キリストが教会になさったように、わが身を養い、いたわるものです。わたしたちは、キリストの体の一部なのです。」(29.30)との言葉によってでした。
キリストが頭で、教会は体、わたしたちはそれに連なる肢体です。キリストは、今も傷つき痛む教会とそこに連なる人々に手を置いて、いたわり、その痛みを和らげてくださいます。手紙の著者パウロは、獄中にいて痛んでいました。手紙を受け取ったエフェソの教会も、迫害の中で痛みを経験していました。キリストは、そんなエフェソの教会や人々に手をおき、その痛みを我がものとしていたわってくださり、痛みを和らげてくださいます。パウロは、誰からもいたわりを受けることのなかったキリストの十字架の痛みに感謝しつつ、互いにいたわりあって、キリストの体なる教会をたててゆこうと励ましているのです。
キリストがわたしたちの痛みに手を置いていたわり「痛いの痛いの飛んでいけ!」と言ってくださったことに感謝し、わたしたちも互いの痛みに手を置いて「痛いの痛いの飛んでいけ!」と愛し仕えてゆきましょう。
2026. 8. 2 聖霊降臨節第11主日(平和聖日)礼拝

< 今 週 の 聖 句 >
およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。 (ヘブライ人への手紙12章11節)
「鍛え上げられた人々」 深見 祥弘牧師
< 今 週 の 聖 句 >
およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。 (ヘブライ人への手紙12章11節)
「鍛え上げられた人々」 深見 祥弘
「たとえ世界の終末が明日であっても、自分は今日リンゴの木を植える。」 宗教改革者ルターの言葉です。なぜリンゴの木を植えるのか、それは今日の営みに連なる未来のためです。「未来はない」と言うのにどうして植えるのか、それは神の愛を信じているからです。
この言葉を、信仰をもって実行した人がいます。ドイツ人司祭、コルビニアン・アイグナー(1885~1966)です。アイグナーは、バイエルンの地にリンゴ栽培の普及に尽力しながら、ナチスに抵抗し強制収容所に送られた異色の司祭です。
コルビニアン・アイグナーは、1885年5月11日、同名の父コルビニアンと母ヴァルブルガ夫妻の11人の子の長男として、農村ホーエンポルディンクに生まれました。彼の家は、カトリックの信仰に篤く、農家でありました。彼は、子どもの頃から聖職者としての道を歩むことを決めていました。
アイグナーは、リツェーウム(後の哲学神学大学)神学部で学び、生まれた村に自ら設立した「果樹栽培農家協会」の指導員としても働きをいたしました。1911年、26才の時、司祭に叙階されます。その成績証明書には「神学よりも果樹栽培家を志している。司祭としての義務を十分自覚し、人間のあり方を深めることを考えなければならない」と記載されていました。このような評価により、彼は田舎まわりの司祭として26年間に8か所の教区や学校で働きをいたします。しかし彼はそのことを喜び、司祭の働きと共に果樹栽培の普及に取り組みました。
彼が46才の時、ジッテンバッハ小教区(信徒数890名)の主任司祭として働きをした頃、ナチスが台頭し独裁体制を築いてゆきました。そうした中、ドイツ政府とローマ教皇庁が政教協約を結び、カトリック教会指導部は教職者に対し政治的な動きを封印し、体制側との対立を避けるように指示を出しました。しかし政治的な言動を理由にナチスに迫害されたカトリック司祭は、全聖職者の4割にあたる8021名にのぼり、この内、4189名が強制収容所に送られました。アイグナーもそうした司祭の一人で、礼拝説教でナチスを批判し、ゲシュタポ(秘密国家警察)の監視下に置かれるようになりました。こうしたことからアイグナーは左遷され、信徒数288名のホーヘンベルヒャ小教区に移動となりました。
1939年11月、ゲオルク・エルザーの「アドルフ・ヒトラー暗殺未遂事件」が起こりました。アイグナーは、「暗殺実行者が考えていたことが罪であるかどうか、私にはわからない。そうなったら、おそらく百万人の人々が救われたかもしれない。」と発言し、ゲシュタポに拘束され、1940年9月ザクセンハウゼン強制収容所に送られました。55才の時です。1年後、彼はダッハウ強制収容所に移されました。そこは、主に政治犯や反社会分子とされる人々が収容され、収容者は飢えや射殺によって次々と亡くなっていきました。彼は、収容所の隣接地に設けられていた栽培試験場(食料となる作物や薬草を栽培)にて使役させられました。その過酷な状況の中、2つのバラックの間の土地に、120本のリンゴの木を植えました。このリンゴの木は「コルビニアンのリンゴ」と呼ばれ、「大量殺戮を眼にした者の詩的な抵抗の行動」とされ、一部は厳しい監視をくぐりぬけて苗木が持ち出され、抵抗運動を続ける人々に勇気を与えました。敗戦間際の1945年4月、迫りくるアメリカ軍を前にナチス親衛隊はダッハウから撤退を図り、監視の中、7000人の収容者たちは南チロル地方に向けて死の行進を強いられました。アイグナーもその行進の中にいましたが、途中で逃亡し、女子修道院にかくまわれ、5月8日敗戦と解放の時を迎えました。60才でありました。戦後、彼はホーヘンベルヒャの司祭として、またバイエルン州果樹栽培農家連合会の会長として働きをし、1966年10月、81年の生涯を終えました。 (山縣光晶著「ヒトラーを怖れなかったキリスト者たち―ナチスへの抵抗の足跡を旅する―」(彩流社 2026)
今朝の御言葉は、ヘブライ人への手紙12章3~13節です。ここには、神がキリスト者を「鍛錬」するのは、愛しておられるからであり、義という平和に満ちた実を結ばせるためであると述べられています。
前の11章には、旧約時代の信仰者の名が紹介されています。手紙の著者は、この信仰者たちの生涯を証しすることで、今、苦難や試練の中で信仰生活に苦慮している人々を励まそうとしています。旧約の信仰者が証しをするように、この手紙を読む人々も「すべての重荷」や「絡みつく罪」をかなぐり捨てて、忍耐強く走りぬこうと呼びかけます。
そのことにおいて人々が模範とすべきは、イエス・キリストです。イエス・キリストは、世の楽しみや喜びを捨て、十字架の死に耐え、今は神の玉座の右にお座りになっておられます。この御方をしっかりと見つめ走るならば、途中で疲れ果ててしまうことはありませんし、罪人たちの抵抗にも忍耐することができるのです。考えてみるならばこれまで人々は、罪との戦いにおいて、血を流すまで抵抗をしたことがありません。また箴言3章11~12節に書かれている子どもたちに対する勧告を忘れています。そこには、神がキリスト者をわが子として諭され、懲らしめられると書かれています。
「わが子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。主は愛する者を鍛えられる。」神は、あなたがたを子としてくださいますので、様々な苦難や試練を主の鍛錬として忍耐しなさい。そして、手紙の著者は読者に語ります。あなたがたには肉の父がいて、しばらくの間は、父親の思いで鍛えてくれました。さらにあなたがたには、霊の父すなわち神がおられ、あなたたちの益となるように、すなわち神聖にあずからせるために生涯、あなたたちを鍛えられるのです。「その鍛錬は、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせます。」
今弱くなっているあなたがたは、この言葉によって力を得て歩みなさい。また今試練により信仰から離れている人たちがもどってこられるように、証しとしてあなたがたの足でまっすぐな道を歩きなさいと勧めています。
アイグナーは、ダッハウ強制収容所にどうしてリンゴの木を植えたのでしょうか。その理由は、リンゴの木を植えること、果樹を栽培することは、彼の変わらない日常であったからではないでしょうか。明日はないと思われる極限の中でも、彼はそれまでと変わらぬ日常を保持していました。このことが、彼に生きる力を与えていたのではないかと思うのです。
二つ目の理由は、臨み来る様々な試練や迫害を、彼は主による鍛錬と受け止めていたからではないでしょうか。「およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。」このようにアイグナーは、神の愛を信じていた、そしてこれもまた、彼の変わらぬ日常であったということなのではないでしょうか。
「鍛錬」(パイデイア)は、子を意味するパイスから出た語で、子どもを教育するという意味です。神がわたしたちを我が子として鍛え育てておられる日常を知り、わたしたちも神の愛を信じ、義という平和の実を望みながら「リンゴの木を植える」日常を大切にしてゆきたいものです。