W.M.ヴォーリズが愛した教会
近江八幡教会
日本キリスト教団
2026. 5. 17 復活節第7主日礼拝

< 今 週 の 聖 句 >
二人のことでくじを引くと、 マティアに当たったので、 この人が十一人の使徒の仲間に加えられることになった。
(使徒言行録1章26節)
「イエスの十二人」 仁村 真司教師
< 今 週 の 聖 句 >
二人のことでくじを引くと、 マティアに当たったので、 この人が十一人の使徒の仲間に加えられることになった。 (使徒言行録1章26節)
「イエスの十二人」 仁村 真司
ルカが紀元70年以後、80年頃までには書き上げていた文書に 「使徒言行録」という書名が付いたのは2世紀後半以後です。もっと早い時期に、またルカ自身が付けたのならば、このような書名にはならなかったはずです。
「使徒言行録」の後半は殆ど「パウロ言行録」と言えるぐらいですが、パウロが一般に使徒と認められるようになったのは2世紀後半だからです。
(イエスは)朝になると弟子たちを呼び集め、その中から十二人を選んで使徒と名付けられた。 (ルカ福音書 6章13節)
ルカにとって使徒は後にも先にもイエスが選んだ十二人です。が、その十二使徒に欠員が出た。そこで補欠選挙というのが今日の話なのですが…。
1)
欠員が出たのはイスカリオテのユダがいなくなったからですが、そこから補欠選挙に至る事情説明をペトロはこんなふうに始めます。
「イエスを捕らえた者たちの手引きをしたあのユダについては、聖霊がダビデの口を通して預言しています。この聖書の言葉は、実現しなければならなかったのです。」 (16節)
「ダビデの口を通して預言しています」というのは、20節の「詩編にはこう書いてあります」と同じことです。古代のユダヤ教徒もキリスト教徒も詩編にあるのはダビデの詩だと信じていました。続く17節、「ユダは・・・同じ任務を割り当てられていました」の「割り当てられていました」は「くじ(引き)で得ていた」というのが元々の意味です。
くじは、旧約聖書に限らず古くは神意をうかがう方法として広く行われていました。どうでもいいからくじ引きなのではありません。十二使徒の補欠選挙がくじ引きなのは(26節) 重大事だからこそ神にうかがうということですが、要するにペトロがここで言っているのは、ユダの「裏切り」も、ユダが使徒に選ばれたのも、その死についても、そうして欠員が出た使徒を補うことになったのも、全ては人の思いや、偶然に拠るのではなく、神の必然であり、実現しなければならなかったということです。
それにしても…なのか、それにしては…なのか、「ユダは不正を働いて得た報酬で土地を買ったのですが、その地面にまっさかさまに落ちて、体が真ん中から裂け、はらわたがみな出てしまいました」 (18節)はあんまりだと思います。 マタイ福音書はユダの死をこのように伝えています。
…ユダは、イエスに有罪の判決が下ったのを知って後悔し、銀貨三十枚を祭司長たちや長老たちに返そうとして、「わたしは罪のない人の血を売り渡し、罪を犯しました」と言った。…(中略)…そこで、ユダは銀貨を神殿に投げ込んで立ち去り、首をつって死んだ。 (27章3~5節)
使徒言行録よりも後に記されたヨハネ福音書はユダの死には触れていませんが、「あなたがた十二人は、わたしが選んだのではないか。ところが、その中の一人 (ユダ) は悪魔だ」(6章70節)。受難物語ではなく、ガリラヤで活動している時にイエスがこう言ったとしているのですから、ユダは始めから“救いようのない人”だったということになります。
その死に言及していないとは言え、ヨハネ福音書が最もユダに否定的なようですが、ユダは決して救われない、「救いの外」に置かれているのはマタイ福音書・使徒言行録・ヨハネ福音書、いずれも同じです。では、何故イエス・キリスト、救い主が選んだ十二人から救われない人が出て来るのか、あるいはまた何故「救いの外」に置かれる、乃至始めから「救いの外」に置かれている人を選んだのか・・・。疑問、不思議であり、理解に苦しみます。
2)
「ペトロたちはイエスを見棄てただけでない。はっきり言えば、ユダと同様に裏切ったのである」と言ったのは遠藤周作ですが、「たとえ、御一緒に死ななければならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」 (マルコ14章31節他) と言ったペトロが三度イエスを「知らない」と言った、これははっきり言わなくても「裏切り」です。が、他の弟子たちの逃げ隠れも、普通は「つまずき」と言われ、「裏切り」とは言われません。 ただマルコ福音書はユダだけではなく、弟子たち全てにイエスを裏切る可能性があったと示唆していると思います。 14章18・19節・・・
…イエスは言われた。「…あなたがたのうちの一人で、わたしと一緒に食事をしている者が、わたしを裏切ろうとしている。」弟子たちは心を痛めて、「まさかわたしのことでは」と代わる代わる言い始めた。
マタイ福音書にも「弟子たちは非常に心を痛めて」(26章22節)とあります
が、マルコ福音書では弟子たちのイエスに対する無理解が、ここまでに何度も露わにされています。「心を痛めて」の直訳は「苦しんで」ですから、弟子たちは「自分がイエスを裏切るのではないか」と思い苦しんだ、つまりイエスが選んだ十二人全てに裏切りの可能性・“要素” があったということです。
またマルコ福音書の文脈からすれば、イエスが弟子たちに「あなたがたは皆わたしにつまずく」・「しかし、わたしは復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く」と言った(14章27節)場面にユダもいて、ユダに対しても語られたと考えられます。だとするならば、油を塗るために墓に赴いた女性たちにイエスの復活を伝えた際の若者の言葉、16章7節…
「さあ行って、弟子たちとペトロに告げなさい。「あの方は、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』 と。」
この「弟子たち」の中にユダも含まれているのではないか・・・。最初に記さ
れた福音書であるマルコ福音書ではユダも「救いの内」に置かれている、少なくとも「救いの内」に入れられる可能性は開かれていると思います。
ユダがイエスの死の前後、復活以前に悲惨な死を遂げたという伝承は、弟子(使徒)にも、本来誰にでもある悪・罪、「神への裏切り」の可能性への不安・恐れをユダ一人、そこからユダヤ人全般に押し付けて行く (マタイ27章25節、「民はこぞって答えた。『その血の責任は、我々と子孫にある』」)過程の初期、マルコ福音書が記された後に、作られて行ったのでしょう。
3)
かと言って私は、例えば外典の「ユダの福音書」のようにユダは「すべての弟子を超える存在」等とは思いません。他の弟子たちと同じように、つまずくし、間違える。それでもどうしようもなくイエスに惹かれていた。
「体が真ん中から裂け」(使徒言行録)と「首をつって死んだ」(マタイ福音書)、いずれも事実ではなくても、イエスに惹かれる思いとイエスに反する思い、真逆の心の働き・力に引き裂かれたことを表しているのかもしれません。
それは兎も角として、イエスをユダヤ教当局に引き渡し、その後他の弟子(使徒) たちと行動を共にしなかったことは事実でしょう。
そうして一人欠けた十二使徒を補うためにくじ引きで、即ち神によって選ばれたとされるのがマティアという人なのですが (26節)、ここにしか出て来ないので「マティア」という名前と「ヨハネの洗礼のときから… 天に上げられた日まで、いつも(イエスと)一緒にいた者」(21-22節)の中の一人ということの他は何もわかりません。なので、ユダの場合のように「何故このような人が選ばれたのか」という疑問、問いも成り立ちません。
今日の箇所がマティアについて、ユダについて、示しているのは、マティアは神に選ばれた、ユダは確かにイエスに選ばれたということです。そしてそこに人が納得出来るような理由 事情を見出すことはそもそも出来ない。そこから更に私たちに示されていることがあるとすれば、如何なる困難に置かれようとも、どうしようもない過ちを犯したとしても、私たちの方から神に見放されることも、見棄てられることも出来得ない。私たちに出来るのは神に選ばれていると信じること・・・ということだと思います。
2026. 5. 10 復活節第6主日(母の日)礼拝

< 今 週 の 聖 句 >
あなたにゆだねられている良いものを、わたしたちの内に住まわれる聖霊によって守りなさい。
(テモテへの手紙第二1章14節)
「ゆだねられた良いもの」 深見 祥弘牧師
< 今 週 の 聖 句 >
あなたにゆだねられている良いものを、わたしたちの内に住まわれる聖霊によって守りなさい。 (テモテへの手紙第二1章14節)
「ゆだねられた良いもの」 深見祥弘
今朝のみ言葉は、テモテへの手紙第二1章3~14節です。殉教を目前にしたパウロが、弟子であるテモテに対し、信仰と愛と神の賜物(霊)によってゆだねられた任務を果すように励ましています。この手紙は、紀元65年頃、パウロがローマの獄中で、エフェソにいるテモテに書いたものです。まずは、手紙を書くに至るまでのことをお話いたします。
教会の迫害者であったパウロは、復活の主に出会って回心し、使徒となりました。彼は、シリアのアンティオキア教会から派遣され、バルナバらと3回の伝道旅行に出かけます。パウロは、第3伝道旅行中に募った献金をもってエルサレム教会を訪れますが、その際に逮捕されます。ローマの市民権を持つ彼は、皇帝に上訴し、ローマに来て裁判を待っていました。
第2伝道旅行中、50年頃パウロはリストラを訪れ、テモテとその母エウニケ、その祖母ロイスに出会い、彼らをキリスト教徒としました。使徒言行録16章に、「パウロは、デルベにもリストラにも行った。そこに、信者のユダヤ婦人の子で、ギリシャ人を父親に持つテモテという弟子がいた。彼は、リストラとイコニオンの兄弟の間で評判の良い人であった。パウロは、このテモテを一緒に連れて行きたかったので、その地方に住むユダヤ人の手前、彼に割礼を授けた。父親がギリシャ人であることを、皆が知っていたからである。」とあります。さらにパウロは、テモテに按手を授け(Ⅰテモテ1:6)、彼を最も信頼すべき助け手としたのです。
第3伝道旅行でのことです。3年間エフェソに滞在したパウロは、第2伝道旅行で訪れたマケドニア州を再訪問するために出発いたします。しかし彼は同行していたテモテに、エフェソに留まるように命じました。それはエフェソの状況を考えてのことでした。Ⅰテモテ1章3~4節に「マケドニア州に出発するときに頼んでおいたように、あなたはエフェソにとどまって、ある人々に命じなさい。異なる教えを説いたり、作り話や切りのない系図に心を奪われたりしないようにと。このような作り話や系図は、信仰による神の救いの計画の実現よりも、むしろ無意味な詮索を引き起こします。」とあります。エフェソには、パウロが教えた信仰を空しくするさまざまな教えが蔓延していました。パウロは、テモテをこの町に残し宣教にあたらせることにしました。
さてローマに到着し投獄されていたパウロは、どのような日々をすごしていたのでしょうか。時の皇帝はネロ(在位54~68年)です。64年7月、ローマで大火がありました。ローマ14区中、10区に被害が及び、この火災は、ネロの命令によるものとのうわさが広がりました。これを払拭するためにネロは、火を放ったのはキリスト教徒だと言って罪を負わせ、迫害しました。パウロは、到着時(60~62年)軟禁状態でありましたので、人々がパウロのもとを訪れて支援をいたしました。しかしネロによる迫害がはじまると訪れる者はわずかになり、パウロ自身も厳しい判決を覚悟いたしました。そんな中、危険を顧みずエフェソのオネシフォロが来て支援し、またテモテの様子を伝えたので、パウロはテモテに手紙を書いたのです。
手紙には、「わたしは、昼も夜も祈りの中で絶えずあなたを思い起こし、先祖に倣い清い良心をもって仕えている神に、感謝しています。」(3)と書きました。パウロは、獄の中、昼夜の祈りでテモテを思い起こし、かわらぬ忠誠をもって働いていることを感謝していますと書いたのでした。
さらにエフェソでの別れの際に、テモテが涙を流したこと、その純真な信仰についても思い起こしていると書きました。その信仰は、テモテの祖母ロイスと母エウニケからゆだねられたものです。テモテは幼いころから、母と祖母の導きで聖書を読み、ユダヤ教が教える律法を守りつつメシヤの到来を純真な思いで待っていました。先ほど使徒言行録16章を読みましたが、テモテの父はギリシャ人です。母エウニケは、ギリシャ人の夫と結婚することで、ユダヤ人のコミュニティから疎外されていたのかもしれません。パウロがリストラを訪れた際、あなたがたが待っているメシヤがイエス・キリストであること、イエスを救い主と信じる者はユダヤ人異邦人の別なく誰でも救われることを知り、この家族はキリスト教に導かれました。
エフェソに残されたテモテは、パウロよりゆだねられた務めをはたすことができず、落ち込んでおりました。パウロは、オネシフォロからそのことを知り、テモテを励まします。「わたしが手を置いたことによってあなたに与えられている神の賜物を、再び燃えたたせるように勧めます。神は、おくびょうの霊ではなく、力と愛と思慮分別の霊をわたしたちにくださったのです。」(6~7)「だから、わたしたちの主を証しすることも、わたしが主の囚人であることも恥じてはなりません。むしろ、神の力に支えられて、福音のためにわたしと共に苦しみを忍んでください。」(8)
パウロは、落ち込んでいるテモテに言います。神がわたしパウロを、テモテの祖母ロイスを、母エウニケを、そしてあなたテモテを救ってくださっているのは、わたしたちの行いによるものではなく、神ご自身の計画と恵みによるものです。その救いの恵みは、わたしたちが造られるはるか昔に計画され、救い主イエスにおいて実現したものです。今わたしパウロは、捕らえられ死に瀕していますが、それを恥とはいたしません。キリストは十字架と復活により死を滅ぼし、不滅の命を実現してくださいました。それゆえにわたしパウロはキリストに信頼し、与えられた信仰と愛と聖霊を守りぬくことができると確信しています。テモテあなたも幼いころから家族によって与えられてきた信仰と愛を、聖霊によって守りなさいと励ましています。
最後にパウロは、「世を去る時が近づきました。わたしは、戦いを立派に
戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。今や、義の栄冠を受けるばかりです。」(4:6~7)と感謝と救いの確信を告白するとともに、テモテに対しては、「御言葉を宣べ伝えなさい。折りが良くても悪くても励みなさい。…どんな場合にも身を慎み、苦しみを耐え忍び、福音宣教者の仕事に励み、自分の務めを果しなさい。」(4:2~5)と勧めています。
パウロはテモテが困難に直面し、意気消沈していることを知り、彼にこれから起こることを告げます。すなわちこの先、悪人や詐欺師たちがますます力をふるい人々を惑わすようになること、またそうした中でキリストに結ばれ信心深く生きようとする者が迫害を受けること、しかし主が必ず苦難のすべてから救い出してくださることです。それゆえにテモテに対しこれまで学び確信したことから決して離れてはいけないと告げます。すなわち祖母や母に倣い、幼い日から聖書に親しみその純真な信仰を受け継いできたこと、パウロからキリスト・イエスの福音を学び按手を受けたこと、そして神の霊の賜物をいただいていることを大切にしてほしいと教えています。
今日は「母の日」です。テモテのようにわたしたちも母や家族から信仰を受け継ぎ、教会で力と愛と聖霊の賜物をいただきました。わたしたちはこれらの「ゆだねられている良いもの」(14)により、苦難の中にあっても神の良き奉仕者としてその生涯をまっとうすることができますし、キリスト・イエスによって与えられる「不滅の命」(10)という義の栄冠をいただくことができるのです。
2026. 5. 3 復活節第5主日(教会創立125周年記念)礼拝

< 今 週 の 聖 句 >
「そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた。 (ヨハネによる福音書20章19節)
「赦され、赦し、赦し合う」
小野 團三牧師(東京山手教会)
< 今 週 の 聖 句 >
「そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた。 (ヨハネによる福音書20章19節)
「赦され、赦し、赦し合う」 小野 團三
(東京山手教会)
前橋刑務所の教誨師を9年間、また府中刑務所の教誨師をして10年ほどになります。前橋刑務所では被収容者の方々と聖書を読み、讃美歌を歌い、お話しをさせていただき、祝祷で終わる礼拝を月に1回守っていました。その中で54年版の讃美歌511(みゆるしあらずば)を毎回歌っていました。
「みゆるしあらずば ほろぶべきこの身、わが主よ、あわれみすくいたまえ」と歌詞は始まり、「イエスきみよ、このままに/我をこのままに 救い給え」。賛美の調べと共に、深い慰めが与えられます。
折々に「悔い改めなさい」と言われますが一体、人はいつ、どこでその事を体験したのでしょうか。本当に悔い改めできた人は、数少ないのではと。何かいつまでも自己保存の頑迷な心は奥にしまい込んだまま、主イエスを求め、神を求めている姿があるような気がします。ありのままの自分がそのような姿かなと…。
あの日の弟子たちは、家の戸に鍵をかけ、後ろめたい気持ち、すっきりしない思いを抱えながら、不安と怯えのなかに置かれていました。何とか外の騒ぎが収まるのを待ち、息をひそめていました。主を見捨て、見放したことを心から懺悔していたわけではなく自分のことで精一杯です。復活の主イエスが突然現れました「真ん中に立ち」、挨拶されました。「あなたがたに平和があるように」と訳されています。爽やかなほど、晴れ晴れとした復活の心です。圧倒的な赦しの心が先にあります。わたしをありのままに受け容れてくださる主の愛を信頼します。もう一度、いや何度でもやり直そうと立ち上がります。手とわき腹の傷は残ったままでした。自分の罪深さに目をそむけるな、わたしがあなたを愛し、いつまでも共にいると永遠の同伴者、キリスト・イエスは言われます。